俺の養女に手を出すな!

杏朱

第1話 ロリコン疑惑を回避せよ!1

その日、いつも穏やかな職場は異様な緊張感に包まれていた。

ここ数日、ネットや週刊誌を騒がしている、とある事件の余波が省内を駆け巡っている所為だ。


<厚生省キャリア官僚による未成年者略取事件>


数日前に発覚した、このスキャンダルは、省内に激震を発生させた。

エリート公務員の肩書きを持つ者が犯罪者となったと云うだけでも大問題なのに、あろう事か逮捕の瞬間、そいつはマスコミの目の前で、こう叫んだのだ。


「俺だけじゃない!省内にも同調者シンパは、まだいるんだ!」


<<やめろボケェ!俺たちを巻き込むんじゃない!>>


それは省内の大半を占める、まっとうな職員の一致した意見だったろう。

だがしかし、すべては後の祭り。

彼の発した言葉は、そのまま電波に乗って、全国のお茶の間へ。

かくして、その小児性愛ペド野郎は、厚生省全体を疑惑の渦に叩き込んだ後、しずしずと警察署へと連行されていった。


それからの流れは、激動の一言に尽きる。


先日の内閣改造によって新たに就任した厚生大臣は、自称人権擁護派の女性議員で、昼行燈と揶揄されていた前任者とは違い、有事の反応は神業のごとく素早かった。

すぐさま幹部会議が招集され、苛烈な<魔女狩り>が始まった……らしい。


小鳥遊たかなしクン」


防衛庁より出向し、そのまま厚生省に居ついた異色のキャリア官僚である、ゴリマッチョ部長から声が掛かった。

筋肉質な巨体から発せられる重低音な部長の声は、重苦しい今の職場の雰囲気を否が応でも増長させた。


「はい、部長」


消え入りそうな声で、下っ端職員の小鳥遊クンは、おずおずと反応した。

椅子からのっそりと立ち上がりつつ、救難要請の視線を周囲に振り撒くのだが、誰一人として目を合わせようとしない。


『助けて下さいぃ! お願いですからぁぁ!』

『こっち見んな! さっさとアッチ行け!』


冷たい職場の人間関係に、小鳥遊クンは絶望する。

だが、同僚を恨みはしまい。逆の立場なら、小鳥遊クンだって同じ態度をとったはずだから。


くだんの事件に端を発する緊急幹部会より戻ってから今日で3日。ゴリマッチョ部長の機嫌は、すこぶる悪かった。

眉間の皺は普段の3倍増しで、ヤクザも裸足で逃げ出す形相。


そんな相手に誰が好んで対峙したいと思うだろうか?

誰だって進んで犠牲にはなりたくない。


そんな怒髪天を衝く勢いな部長の前で、小鳥遊クンは直立不動の態勢を維持したまま、怯えたシマリスの様な瞳でガタガタ、ブルブルと震えていた。


「小鳥遊クンは、子供は好きかね?」

『ひぃぃぃ! やっぱりぃぃ』


小鳥遊クンの背中に冷たい汗が流れた。


今、省内で同調者シンパの炙り出しをしている事は、風の噂で聞いていた。

さらには、小児性愛ペド野郎の交友関係から、自分が疑われるであろう事も、小鳥遊クンは十分に自覚していた。

何故なら、例の小児性愛ペド野郎と自分は同期で親友だったからだ。


新人研修では同室で、その手の話題が大好きな新人OLさんからは、ホモ疑惑を向けられるくらいは親しくしていたし、最近までメールでの遣り取りも頻繁に行っていた。


……少なくとも、彼が文部省に出向する三か月前までは。


だがしかし、誓って小鳥遊クンはロリコンではない。

いたって健全な成人男性であり、恥ずべきことなど一切ない常識人だ。

おっぱいの大きな美人のお姉さんが大好きだし、小さな子供は保護欲の対象にしかならない。


けど、悲しいかな。犯罪者の友人と云うだけで疑惑の目が向く、向いてしまう。

そして最悪な事に、今、小鳥遊クンの職場は、無実の立証に躍起になっていた。


お上の意図は明白だ。

「我が省内にロリコンなど一人もいない」と、可能な限り迅速に納税者の皆様に表明したがっているのだ。


気持ちは解る。

しかし、存在しない事を立証するのは、どう考えても無理がある。


そう、伊達に それは<悪魔の証明>と呼ばれてはいない。

やりたければ悪魔に頼むしかない証明なのだ。


ならどうする?


いない事を立証する事は不可能でも、は可能だ。

そして、トカゲのしっぽを切って、と表明する事ならば、悪魔じゃなくてもやれなくはない。


それは決して、いない事を立証した訳ではないのだが、少なくとも世間様を誤魔化す事は可能だ。

「ご安心ください。我々は膿を出し切りました。もう大丈夫です」と。


いやはや、まったくもって別の意味で悪魔的な考えなのだが、小鳥遊クンは、その矛先が自分に向く事を心配していた。


馬鹿な話だとは笑えない。

今の省内の空気は、下手をすれば、適当なシンパをでっち上げて、吊し上げる可能性を排除できない状況なのだ。


そして過去には、同様のやり方で処理された事案がアレやコレ……

これこそ、まさに伏魔殿!


『今ここで、自分の無実を立証できなければ、社会的に詰む!』

小鳥遊クンは、そんな悲壮な覚悟で部長の前に立っていた。


仮に上手くいって、職場に席を残せたとしても、少しでも応答を間違えれば、ボーナス査定、しいては出世にだって影響を与える可能性だってある。


これは、そう云う状況なのだ。


さぁ、考えるんだ、小鳥遊。

部長の「子供は好きかね?」と云う問いに対する最適解を。

部長は小鳥遊クンの答えを待っている。これ以上の遅延は許されない。

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