第35話:失った時の事

 翌日ノエルはセルタスモールで手に入れた工具を持ってクズハラモータースに来ていた。工具やそれに類する物であればここに持ち込めばそれなりの金額で買い取ってくれると思ったからだ。バイクのカスタムも含めてやって来たノエルは早速クズハラに声をかける。


「おやっさーん。いるー?」


 呼びかけながらノエルが店の奥に向かうと、恐らく誰かの車両と思われる車を整備していた。


「ん?また壊したのか?」


「私をなんだと思っているのよ…今日は異物を売りに来たんだけどちょっと見てみない?」


「うちはシーカーオフィスでも異物買取業者でもないぞ?」


「まぁまぁ。折角だから見て言ってよ」


 そう言ってリュックを下ろしたノエルは幾つかの異物を近くのカウンターに並べていく。それを見たクズハラは驚きながらも製品の具合や品質を始めとした様々な要素を確認していく。


「…此処じゃなんだ。奥に来い」


 真剣な表情のクズハラはノエルを店の奥に案内した。案内された場所は作業場のようで、様々な工具や整備中の大型車両が並んでいた。


「此処は本格的な整備をする作業場だ。完全防音で外には漏れねぇから安心してくれ。単刀直入に聞くがこれを何処で拾ってきた?異跡の場所だけでも良い、言える事を教えてくれ」


 クズハラが真剣な表情のままそう言った。流石にこんな状況になったノエルは何か不味い事をしたのかと考え答えるのに躊躇した。


『何か不味い事言ったかしら?』


『一先ず異跡の名前は言って良いと思います。方法は秘匿するとしてもそれくらいは大丈夫かと』


 フェンリルと軽く相談を行ったノエルは一先ず異跡の名前を告げることにした。


「…セルタス商業区異跡」


「お前がか!?」


「えぇ…そんなに変?」


「こう言っては何だが……強そうには見えん」


「そ、そう…それはこの際どうでもいいのよ。この異物たちの買取はどうするの?」


「こいつらをシーカーオフィスに売った場合の相場なら5000万から7000万って所か…一つ8000万でどうだ?小型発電機は9000万でエネルギーパックは一個600万って所か。どうだ?これ以上はちょっときついぞ」


「十分よ。それで構わない」


 そう言ってノエルは携帯端末を出す。それを見たクズハラは視線操作でノエルの端末に送金を行う。暫くするとノエルの端末に入金があったという通知が届いた。それは取引が完了した事を示していた。


「この前までひよっこだったお前が。こんな大金をすまし顔で受け取ることになるとはな」


「私なんてまだまだよ…」


「何を基準にそんなこと言ってるかは知らんが…とっとと高性能な装備に乗り換えろよ。どんな手段でこの異物持って来たかは知らんし、聞きたくもないがな。何かに特化したものはそれが失われた途端崩れ去るものだ。出来る努力は出来るときにすべきだぞ?シーカーなら装備と訓練だな」


 それを聞いたノエルは反論できなかった。

 ノエルは完全に一点に特化した戦闘スタイルだ。それはTSSR対物ライフルと言う尖った銃と迷彩コートの性能に甘えて出来たものだ。それが失われた時の事など全く考えていなかった。


「心に刻んでおくわ」


「そうしとけ。だが個性は大事だから無理してそれを捨てる必要は無いと思うがな」




 その後ノエルは一度自宅に戻り、異物を持って再び家を出た。エイリスとの約束があった為だ。

 エイリスの向かっている最中もノエルはクズハラからの言葉が頭の中でずっと反響していた。TSSR対物ライフルや迷彩コートでは無く、もしフェンリルが消えた時の事を考えていた。

 現在フェンリルは依頼で私の味方をしてくれているが、もしフェンリルがノエルを見限り他の強力なシーカーの味方をしたら。もしそのシーカーがノエルを襲ったたら。それでなくともフェンリルが消えたら自分は今までの実績を、生活を。維持していられるのか。そう考えていた。


『あまり気にしすぎないでくださいね』


『そうもいかないわよ。今の私は貴女が居なくなっただけで崩壊するのよ?その事を考えたら私は夜も眠れなくなってしまうわ』


『そうですか?少なくとも私は十分な戦闘技術を持っています。それにノエルは美人らしいですからそれをメインにして生活できるかも知れません』


『そう簡単には行かないわよ…』


 そうこうしているうちにノエルはエイリスの家の前まで来てしまった。何とか考えを整理して若干無理矢理装備と異物買取の事にシフトする。

 エイリスの案内のもと何時もと同じ様に家の中に通された。異物売却については後回しとして先に装備の購入をすることになった。


「まだ異物を買い取る企業が来ていないんです。先に装備の話をしましょう!」


「え、えぇ。じゃあ私が欲しい銃なんだけど。あの機関銃をくれない?」


「わかりました、CVE汎用機関銃ですか。お姉様はやっぱり連射する銃がお気に入りなんですか?」


「どうなのかしら…気にしたことなかったわ。それと幾つか注文とお願いがあるのだけど」


「お願いですか?」


「ええ、オーダーメイドの強化服や防護服を作っているところを紹介して欲しいのよ」


「オーダーメイドとなると…工房製となりますよ?お姉様は確かに最近かなり稼いでおられますが…かなりの金額を要求されますよ?」


 工房というのは企業とは別に都市や三大企業から認可された職人のいる工房をさす。とりわけ高性能で全てがワンオフであるため会員制や紹介が無ければ門前払いを受けるのが当たり前だ。その代わりに性能は既製品の数段上の性能を発揮し一流のシーカーなら誰もがそのワンオフの製品を持つほどだ。


「無理?」


「恐らく可能…です」


「ならお願いね。お金なら何とか出来るから」


「何かあったんですか?」


「……大丈夫、何もないわ。それに前々から欲しいなって思ってたから。大丈夫よ、大丈夫」


 ノエルはエイリスにでは無く自分に言い聞かせるようにそう言った。恐らくエイリスにはノエルの瞳が暗く澱んでいるように見えただろう。


「そ、そうですか…他に入用な物は無いですか!?」


「じゃあ…あれが欲しいわね」


 ノエルが指さした先にはアームガードに装甲が付いたようなものがあった。アームガードと言うよりもガントレットと言える少々分厚いそれは、ちょっとやそっとの衝撃では壊れそうに無い硬質さを見たものに与えた。


「アームマウントですか?強化服と一体化する製品で人口斥力場発生装置アーツリパルシブフィールドを搭載してるので盾の様に出来ますよ」


「いくら位なの?」


「あれはノーマルなタイプですので…今回の件で稼がせてもらいますし私からのプレゼントでいいですよ」


「いいの?結構高いんじゃないの?」


「大丈夫です。収益はちゃんと黒ですし」


 早速両腕に装着したノエルは使用感をある程度確かめた。強化服と一体化し、強化服の電源が付いている間は外れることは無くなった。ノエルが初めての人口斥力場発生装置アーツリパルシブフィールドを体感し、ツンツンと突っついていると来客を告げるインターホンが鳴った。


「来たようですね」


 エイリスが真剣な表情になった事に、想像していたよりもエイリスにとって大きな取引なのだと直ぐに察し。釣られてノエルも緊張してきたのだった。

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