第30話:つかの間の平穏
強化服を脱ぎ捨て銃をテーブルの上に置いてノエルはソファーに泥の様に崩れた。丸一日と言って良いほどの激戦を過ごし、疲労が溜まっていた。肉体の疲労は回復薬で強制的に癒されるが。精神的疲労や過度の体感時間圧縮によるダメージ、何より精神的疲労がノエルを襲った。
『そのままですと寝てしまいますよ』
『分かってるわ』
このまま襲い来る睡魔に任せて眠りたいという気持ちを何とか押し殺して立ち上がったノエルはそのまま銃の整備を始める。明日に回したかったが明日は装備の注文などそれはそれで忙しいものとなる。銃が少ないのもあり早々に整備を済ませるとキッチンに向かう。
作り置きの食事を冷蔵庫から出してもそもそと食べ始める。あんなに動き回っていて空腹のはずなのに食事が喉を通らない、それでも何とか飲み込み水で流し込む。
「シャワーわ明日にするわ。このまま入ったらいくらシャワーでも眠りかねないから。エイリスに装備の件メールお願い」
『分かりました』
若干朦朧とし始めた意識をせめてベットまでは持たせると言う意思で持たせる。ベットに潜り込んだノエルはそのまま夢の世界に意識を手放した。
早朝全身の筋肉痛の激痛に顔を歪ませながら体を起こす。安い回復薬を飲んで鎮痛効果を期待しながらベットから降りる。
朝食を何時もより多めに作って食べ始める。
「フェンリル何か連絡ある?」
『そうですね…まず一件、昨日の件の報酬が振り込まれています。総額は4500万となっています』
食事をしながらフェンリルからの連絡を聞くノエルは昨日とは違ってしっかりと回復している。
『後エイリスから装備の事よりも負傷に関して心配がありました』
「そう…今日どうせ行くしその時に心配は解消されるでしょ」
食事を済ませ、シャワーを浴び終えたノエルは先日買ったワンピースドレスを着てエイリスの家に向かった。
エイリスの家は都市の東側にあり、ノエルの自宅のある西南側とは殆ど反対である。エイリスの家は防壁の付近であるのでバスなどの交通機関があるがかなり時間がかかる。その為先に別の事を済ませることとなった、具体的に言えば新しいバイクの購入だ。
新しいバイクを購入するためクズハラモーターズにやって来たノエルは早速おやっさんを呼ぶ。
「おーいおやっさーん」
「その声あのバイクの時の奴か!?」
「そうそう、その時の」
「そんで?何の用事で来たんだ?」
「あのバイクが壊れたのよ。新しいのを買いに来たの」
「半月で壊したのかよ…」
「昨日の戦闘聞いてる?あれで使いすぎたのよ…多分」
そう言うとクズハラはある程度納得したようだった。
「あれはそもそも戦闘に耐えられるような物じゃないだろうしな。所詮パーツの寄せ集めだ。壊れたって言うなら仕方ないわな、新しいのが欲しいんだろ?」
「えぇ、新品でシーカー向けのが欲しいんだけど」
「なら予算を聞こうか」
「前と同じくらいの性能で良いんだけど」
「ならまぁ…200万って所だろうな」
「じゃあそれで良いわ」
少し考えた後クズハラはノエルを店の一画に案内した。ノエルが案内された場所はシーカー向けの車両やバイクが並べられたエリアだった。
その中の一台を右腕の義手で軽々持ち上げてノエルの前に置いた。置かれたバイクは所々に軽度の装甲が装着された機種でいわゆるレプリカと呼ばれるタイプの形状だった。
「LP2マルチロール自動二輪だ高級品でもなくそれでいて性能も平均以上の物だな。バイクの扱いに慣れたシーカーなら十分乗りこなせるだろう。バイクに乗って戦闘出来るなら大丈夫だと思うが?」
「多分大丈夫」
「ならこれにするか?他にも見るか?これ以上の性能となると少々値が張るぞ」
『どう思う?私はこれで良いと思うのだけど』
『私もこれで良いと思いますよ?』
「じゃあこれで」
「毎度、乗っていくか?」
「えぇ、そうするわ」
「じゃあ諸々調整とかするから適当に暇つぶししててくれ」
「はーい」
クズハラが店の奥の整備場にバイクを持っていく。ノエルは折角近くにシーカー向けの車両が並んでいるので今後の為にも見ておくことにした。
並んでいるバイクや車両は性能や値段も高いものが多い。一部の車両は必要性を感じない機能が付いていたりとノエルの興味を引いた。
『やっぱり
『性能が良いのでしょう。簡易装甲を付けるよりも格段に防御性能を上昇させられますから。ただの銃撃なら斥力場で弾き返す事すら可能でしょう。高性能な車両の定格出力はそれをなし得ます』
『やっぱりそう言う製品が欲しいわね』
『少々そう言った装備を買うにはお金が足りないかと』
『分かっているわよ』
『ですが次に行こうと思う異跡ならかなり稼げるかと』
『危険な異跡でしょ?』
『私が居れば大丈夫です』
自信満々と言った表情のフェンリルにノエルは少々心配するも、試す価値はあるのだと思い一先ずの信頼を置く。
『頼りにしてるわ』
『えぇ!勿論です信用してください』
その後も暫く眺めていたところでクズハラの整備が終わったバイクが来た。
「エネルギーはまけてやる」
「それはありがたい」
端末で支払いを済ませると制御システムの乗っ取りをフェンリルが始める。
『一分ほどお待ちください』
『はいはい』
その間にノエルはクズハラから今回のバイクについての説明を受けた。
「このバイクはマルチロール…汎用型で癖が無い、逆に言えば特徴も無い。汎用の武装設置アームなんかもデフォルトだと無いから攻撃もできないただのバイクだ。汎用アームはうちでも販売と取付はやってる、欲しかったらまたうちに来い」
「はいはい」
フェンリルのシステム掌握が終了しバイクに跨る。
「じゃ、また来いよ!」
「じゃあね!おやっさん」
13時を過ぎたあたりにノエルはエイリスの家に到着した。
ノエルがインターホンで呼びかければ直ぐにエイリスが出てきて中に通された。バイクをガレージに置き、早速装備の話になった。
最近のノエルは武器を盾にして何とか防ぎきるような超近距離の戦闘をする事が多かった。今後もそんな武器を盾にして防がなければいけないような戦闘が増えるのであればあっと言う間にノエルは破産してしまう。それを考えれば装備を少々考えなければならない。
「ハイベクターは十分な性能だと思うわ。ただ最近は至近距離で戦うことが多かったからそれを銃撃だけで補うのはちょっとね」
「じゃあ実体剣はどうですか?粒子剣であれば粒子を飛ばすことで遠距離攻撃も可能ですよ?」
「やっぱりその結論に至るわよね…昨日の戦闘でもそう言う剣使ってる人は多かったし」
「お姉様が対応した地点でもそんな激戦だったんですか?」
「TSSR対物ライフルの専用弾を至近距離で直撃させても素の装甲で防がれたわね」
「じゃあ特殊装甲とかだったんでしょうか?」
「さあ?それは分からないけど」
「激戦区ではかなりの量のニ脚が普通だったようです」
「私の所より激戦区があったのね…」
話がそれてきたのを自覚したノエルは話を装備の話に戻す。
「私の装備の話に戻しましょ。それで実体剣が欲しいのだけどおすすめは?」
「予算をお聞きしてもいいですか?」
「SS2身体強化服・タボール・ハイベクター・BBA突撃銃の改造パーツ込みの総額から3000万…多くても3500を引いた金額で」
その予算を聞いたエイリスは仮想キーボードを操作し装備の値段・強化服の相場などから今回の装備の総額を計算する。一通り計算し終えたエイリスは商品棚のケースから一本の刀を取り出した。黒い鞘に黒い持ち手の鍔の無い刀だ。
「それならこれでどうでしょう?CSS亜光速粒子刀です。利点は刀身に多くの特殊粒子を保持していられるという点ですね」
そう言ってエイリスが刀を抜くと刀身の真ん中がドーナツの様に空洞になった刀身が現れた。
「遠距離に粒子を飛ばすのは難しいと聞きますが練習すれば便利な攻撃手段になると思います。この刀はそれを何度も放てるようにこの空洞に特殊粒子を貯めておけます」
そもそも粒子剣は特殊な微粒子を
「これが粒子込みでのセット購入で600万ですね。補給はセット内のメンテナンス装置にセットすれば可能です。後汎用資材カートリッジが粒子補給にも使えるのでそれを買うことになるのですが…一個1000万します」
それを聞いたノエルはかなり顔をしかめた。
「ただ。一つでASの整備すら軽度なら出来るほどの物なので粒子補給程度ならかなりの間長持ちします。鞘が空になっても20回程度なら満杯に出来るようです」
「そ、そう…」
ノエルはかなり悩んだ。今後の装備喪失リスクと天秤にかければ圧倒的に買った方が良いだろう。だが少々予算オーバーが過ぎる。ただでさえバイク等で出費している。ノエルは悩んだ末フェンリルと相談する事にした
『買った方が良いのは分かってるけど…ちょっと予算がきついわ』
『ではBBA突撃銃とタボールは買わなくて良いと思います。生身でも使える銃が欲しいならエクシウムでいいではありませんか。それを予算から外せば改造パーツも外れますから1000万くらいは浮くと思われます』
それを聞いて自分でも考えると確かにと納得した。BBA突撃銃に至っては最近は滅多に使うことは無くタボールはハイベクターと射程も被っている。
「タボールとBBA突撃銃を無くしたら資材カートリッジも予算に入る?」
それを聞いたエイリスが再び計算を行う。そうすると予算内に収まることが分かった。
「十分予算内に入りますね。これで確定しますか?」
「それでお願い」
「分かりました。強化服以外は即日用意できます」
「じゃあ配達してもらっていい?」
「分かりました!」
配送の手続きや代金の支払いを含め簡易的なやり取りを終わらせた頃には15時前だった。
フェンリルの案内に頼らずノエルがバイクを走らせる。昼食を取り損ねたので丁度良さそうな店を探している。一応家に帰る帰路からそう外れない程度に良い店が無いかを探す。
小さな路地を入った時だった。クラシックな雰囲気を漂わせるカフェを通りがかった。ノエルはその雰囲気を気に入り店先にバイクを止めると羽織っていた迷彩コートをバイクの上にかぶせて迷彩効果を起動した。バイクのエネルギーと連動しているためバイクがガス欠にならない限りは迷彩効果を機能してくれるだろう。
ノエルがその店内に入るとカランコロンと言う入店を告げるドアチャイムが鳴った。店内の雰囲気は予想通りのクラシックな雰囲気でこじんまりとしていた。珍しい店だと思ったノエルだが一先ず店の奥の席に座るとメニューを取った。
メニューは昼と夜で出る物が違う様で夜はバーになっているようだった。ノエルは一先ずサンドイッチとコーヒーを注文しようと店員を呼んだ。
「注文したいのだけど」
そう言うとグラスを磨いていたカウンターに居たひょろ長の男がノエルの前まで来た。ただ何も言わずメモ帳の様なものとペンを取り出すとノエルの方を向いた。
「サンドイッチのセットをサンドイッチは二人前頂戴。飲み物はコーヒーでサンドイッチと一緒に」
それを聞いたその男はコクリと頷くとカウンターに戻って作業を始めた
『何と言えばいいのかしら?ああいう感じの人を。悪い人ではないのだろうけど』
『寡黙な人でしょうか?』
『そうそう、そんな』
暫くすると大皿にサンドイッチを乗せた男が来た。それをノエルの前においてカウンターから今度はコーヒーを入れてノエルの前に置いた。
運ばれてきたサンドイッチをノエルが一口食べる。
「美味しい…驚いたわ」
ノエルがサンドイッチをパクパクと食べる。最近舌が肥えてきたノエルをして美味しいと声を零した事にフェンリルは驚いた。
『そんなにですか?此処全く無名の店ですが…』
『かなりおいしいわ。コーヒーもね?しかも良心的な値段だもの』
その後もノエルは幾つかの料理を注文し店内に夕焼けが差し込むころまで過ごした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます