第43話 エピローグ②

 -健太-

 美優ちゃんと普通にデートを楽しんでいたはずなのにいつの間にかお父さんに挨拶する流れになってしまった。


「いや、やっぱりいきなり行くのは失礼なんじゃない?日を改めたほうが良くない?」


『彼女のお父さんに初めて会いに行く』

 これは世の男性がぶち当たる最大のミッションだと思う。

 勿論これからも美優ちゃんとずっと一緒にいるつもりなら必ず超えなければならない壁ではあるが、いきなりなんの準備もしてないままそんな難関ミッションに挑まなければならないのか!?


「え、そんなに私のお父さんと会いたくないの?私の存在ってそんな物なの?」

 美優ちゃんは少し目を潤ませて上目遣いでこっちを見上げる。


「だからそれは卑怯だからやめなさいって」

 思わず笑いながら注意する。


「ふふ、本当はこういうのも好きなクセに」

 美優ちゃんはいたずらっぽく笑う。


「そんなに緊張しなくてもいいって。本当に少しだけ。一目会ってくれるだけでいいから、ね」


 なかば強引に美優ちゃんの家まで連れて来られた。


「せめてお土産ぐらいは持って来た方がよかったんじゃないかな?」


「そんなの用意したらウチのお父さんまで緊張しちゃうからいいって。顔見せぐらいだからさ、『こんにちは』ぐらいでいいから」


 美優ちゃんは簡単に言うが俺からしたらとんでもない。

 第一印象は極めて大事だ。

 今日の一語一句が今後の美優ちゃんとの関係を左右すると言っても過言ではないはずだ。


 そんな俺の思いとはうらはらに美優ちゃんは軽いノリで家に入って行く。

「ただいまー。お父さーん。健太君連れて来たよー」


『連れて来たよー』って・・・

 いや、正に連れて来られたけど・・・


「えっ、今来てるのか?本当に?なんで?」

 奥のダイニングから男性の戸惑った様な声が聞こえてくる。


「ほら、健太君早くこっち。お父さんも待ってたみたいだし」


 絶対嘘だ。

 今、明らかに戸惑ってたし『なんで?』って聞こえてきたぞ。


 しかしここまで来て今更引き返せる訳もなく、心を決めて歩を進める。


 ダイニングまで行くとテーブルに座るお父さんと横に美優ちゃんがいた。


「は、はじめまって」


 か、噛んでしまった。

 まずい。とりあえず自己紹介をしなくちゃ。


「は、林健太っす」


 深々と頭を下げる。

 完全にやらかしてしまった。

『林健太です』

 と言う所を焦って『健太っす』って・・・。


 どうかやり直させて下さい。

 出来れば今日、起きたあたりから。

 もしくは夢であって下さい。

 前まで見てた悪夢のようにハッ、と起きたらソファの上とか・・・。


 そんな願いも虚しく、やり直せる訳もなく、これは現実である。


「あ、み、美優の父親です。い、いつも美優がお世話になって・・・」


「いえいえ、お世話になってるのは自分の方でしてこの前もご飯を食べさせていただいたりして、大変お世話になった次第でござりまする」


 もう既に敬語なのかなんなのか、滅茶苦茶な日本語になってしまっている。


 そして横を見ると美優ちゃんがとても意地悪そうにニヤニヤしていた。


「あはは、ごめん。もう無理だわ。なんで2人共ガチガチになってんの?お腹痛い」


 お母さんが奥でお腹をかかえて笑っている。


「こ、こら母さん。美優の彼氏が折角挨拶してくれてるのに失礼じゃないか」


「もうお母さん我慢しててよう。もうちょっと見てたかったのに」

 美優ちゃんは残念そうに笑っている。


「ははは、だって笑うでしょ。さぁさぁ2人共慣れない言葉使いしてないでリラックスして座ったら。珈琲用意するから」


 そう促されて着席し、初めは静かな時間が流れる。

 途中からいつもの調子でお母さんが明るく喋りかけ、美優ちゃんが軽くツッコミながら徐々に笑いも増えていき、最終的には和やかな雰囲気の中、4人で談笑する事が出来た。


「お母さんのおかげで助かったよ。お父さんにもとりあえず挨拶出来たし」


 美優ちゃんの部屋でようやく一息をつく。


「えっ、私も結構援護してたと思うんだけど?」


「いや、勿論美優ちゃんも助けてくれてたよ。たまに意地悪そうに笑ってたけど」


「だってこんな時しか楽しめないんだし仕方ないじゃん。怒ってるの?」

 そう言いながら笑顔でこちらを覗き込んでくる。


「別に怒ってません」


「あ、怒ってなかったんだ?怒ってるならちょっとお詫びしようかと思ってたけど」


「やっぱり実は怒ってます。・・・お詫びって何?」

 ちょっと邪な事を考えてしまう。


「ねぇ、なんかちょっと変な事考えてないよね?」


「いやぁ、まぁその~、あははは、ほら、この前顔が腫れるぐらいビンタされたしなぁ」


「ええ、それも込みなの!?・・・ふう、じゃあどうしたらいい?」

 美優ちゃんが優しく微笑みこちらを覗き込む。


 色々あった1日だったが最終的には素晴らしい1日になった。




「ねぇねぇ。ボーっとしちゃってどうしたの?」

 美優があの日と同じ様に優しい笑みを浮かべながら覗き込んでくる。


「ああ、ほら出会った時の夏の事を色々思い出してた所」


「ああ、・・・赤い服の女の霊や連続した悪夢。除霊や火事。それに初めて一緒に過ごした夜。色々な事が一気に起こった夏だったね。もう2年経つんだね」


「そうそう。あとビンタ事件とかね」

 俺は頬を撫でながら笑って言う。


「まだそれ言うの?その後ちゃんとお詫びしたでしょ」

 美優はそう言いながらも特に困ったような様子もなく楽しそうに笑っている。


 あれから高校を卒業し、俺は地元の工場に就職し、美優は大学に進学した。

 あの夏から2年が経ち俺達は今ノブと朱美ちゃんと4人でキャンプに来ていた。

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