第37話 女の記憶①
-美優-
健太君と一緒に水を汲みに行き部屋に戻ると阿比留さんに呼ばれた。
「佐宗さん。恐らく林さんの中に霊が潜んでます。ですから私が合図したら林さんの背中を気合い入れて叩いて下さい」
「えっ私がですか?」
「はい。林さんには気付かれないで下さいね。林さんが気付くという事は、霊も気付くという事ですから」
「わかりました」
そう言って健太君の横に戻る。
健太君が何か気にして聞いてきたがさすがに言えないのでなんとか誤魔化した。
恐らく不安になってるであろう健太君にちゃんと教えてあげられないのは心苦しいが仕方なかった。
暫くしてお祓いが始まると健太君が苦しみだす。
やはり自分が好きな人が苦しむのを見るのは辛い。
程なくして阿比留さんから合図を受け全力で健太君の背中を叩く。
「え~い!」
『ビシッ!!』
あまりに全力で叩き過ぎたのか健太君は悶え、私の右手は激痛が走った。
しかし全身全霊の一撃を放ったおかげか、女の霊が姿を表す。
「出たよ健太君」
そう言って私は女の霊と対峙した。
女の霊は無表情のまま目を見開き、私を見た後健太君を見ている。
すかさず阿比留さんが呪文を唱え、私も九字を切る。
女の霊は苦しみながらも健太君への執着をみせる。
「絶対に健太君は渡さない!絶対に!」
霊に対して言葉が通じるかはわからないが思わず叫んでしまった。
すると女の霊は私に向かって迫ってきたかと思うと一瞬で女の霊の記憶や感情が流れ込んできた。
私はあまりの情報量に立っていられなくなり、ふらつき倒れそうになったが、すぐに健太君に支えられ抱きついた。
女の記憶をほんの少し垣間見れたが、それは切ない物だった。
彼女は生前、会社に勤める普通のOLだった。
そして勤め先の5つ年上の上司と恋に落ちた。
それまで恋愛らしい恋愛をして来なかった彼女にとって、彼と過ごす時間は至福のひとときだった。
だがしかし、彼には既に家庭があった。
俗に言う不倫だ。
しかも職場恋愛。
絶対に周りにはバレてはいけない関係だった。
仕事が終わったら別々に会社を出て、待ち合わせはいつも、隣り街の少し外れにある木の下だった。
そうやって人目を避けながら愛を育くむしかなかった。
はじめはそれでも良かった。
好きな人と共に同じ時間を同じ場所で過ごす事で心が満たされていた。
しかしその時間が終わると彼は、奥さんと子供が待つ自分の家庭へと帰って行く。
彼女は1人、誰もいない、真っ暗なアパートの一室に帰って行く。
彼女の心はゆっくりと、だが確実に
半年程そんな関係が続くと彼女の不安定な心は表面化してくる。
「なんでいつも私ばっかり寂しい思いしなくちゃならないの?お願いだから今日だけはここにいて!1人にしないで!」
帰ろうとする彼の腰に抱き付き泣きながら懇願する。
「お願いだからそんな我儘を言って俺を困らせないでくれ。俺が愛してるのは君だけだから。それにもう少し我慢してくれたら堂々と一緒にいられるようにするから」
そう言って彼は彼女の頭を優しく撫でる。
「俺だって君と一緒にいたい。だから時が来たらあの木の下で君にプロポーズするよ」
最近はそう言って離婚をほのめかし、自分との結婚を匂わせて、彼女を落ち着かせていた。
そんな関係がさらに半年程続き、関係が始まってから、季節は一通り巡った。
「ねえ。いつ離婚するの?本当に離婚するよね?」
彼女は目を見開き微笑んでいる。
「い、いや。あと少しだけ待ってくれ。勿論君の事を愛してるが子供と約束があってそれまでは待ってくれないか?」
なんとかはぐらかしながら今の関係を続けようとする彼。
「あと少し。あと少し。もうちょっと。もうちょっと。一体いつまで待てばいいのよ!?教えてよ!私は一体いつまで待てばいいの!?」
突如激昂し取り乱す彼女。
もう彼女の精神状態はギリギリだった。
そして彼女は一線を越えてしまう。
彼の家に『貴女の旦那様は不倫してますよ。早く別れた方がいいですよ』そんな手紙と一緒に自分と彼との不倫の写真を送り付けたのだ。
そして彼女と彼と彼の奥さんとの3人での話し合いが開かれる事になった。
「貴女!ウチの夫の会社の人らしいわね?どういうつもりかしら?」
奥さんが高圧的に問いかける。
「どういうつもりも何も、私と彼は愛し合ってるんですよ?邪魔してるのは貴女なんですよ」
彼女は不敵な笑みを浮かべながら堂々と言ってみせる。
「へぇ~。貴女やっぱり少し頭がおかしいみたいね。貴女ずっと私の夫を誘惑して付きまとってたらしいじゃない。相手にされてないのがわからないの?」
「貴方の奥さん理解力がないの?そっかだから離婚の話しも進まなかったんだね」
「いい加減にしなさい!このクソ女!!」
我慢の限界を超えた奥さんが彼女に掴みかかる。
そしてそれをただ見ているだけの男。
汚い言葉を使っていいのなら、反吐が出る。
こんな感じでは話し合いなどまとまるはずもなく平行線を辿る。
ここまで来ると事態は大きく動き出す。
次は奥さんが会社に訴えたのだ。
「あの女を今すぐ辞めさせて。辞めさせないなら訴えます」
会社は即座に聞き取り調査を行った。
その結果、彼に厳重注意をし彼女を自主退社に追い込んだ。
彼女は仕事を辞めさせられる事よりも彼に毎日会えなくなる事を悲しんだ。
当時は勿論、携帯電話などは無く彼女から連絡を取る手段は限られ、彼からの連絡を待つしかなかった。
ずっと鳴らない電話を1人アパートの一室で待ち続ける日々。
1週間が経ち、2週間が経った頃、彼女の心はついに壊れてしまった。
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