第143話 目指すものを決めよう


 僕らはアーリアのダンジョン、21層から25層を構成する砂漠地帯で足踏みをしていた。


 戦闘自体はシャノンさんとエリスさんが安定していて、ニーナちゃんの回復魔法がそれを支えていることで盤石だ。

 おそらく僕らがこの辺りで遅れを取ることはない。


 そんな確信があったが、僕らは先に進んでいない。僕とロージアさんの熟練度が足りていないからだ。


 メルは中衛として立派に仕事を果たしているが、僕は斥候としての技能が足りているとは言えない。

 何度か奇襲を許した。斥候としてあってはならないことだ。

 剣もステータスの暴力で上手く扱えるようになったが、剣術と言えるようなものではない。おそらく僕は攻撃を考えるより、斥候に集中した方が良さそうだ。


 ロージアさんは攻撃に参加できていない。水属性の攻撃魔法の最適な使い方は遠距離攻撃魔法ではない。水魔法使いは攻撃対象に触れ、その体液を操作することで、一瞬でその意識を刈れる。接近戦魔法だ。

 しかしロージアさんは接近戦が得意でない。一応、休みの日を使ってシャノンさんとエリスさんから手ほどきを受けているらしいが、上達しているとは言いにくい。まあ、僕が言えた義理ではないんだけど。


 だがロージアさんが役立たずということではない。戦闘開始まで時間に余裕がある場合、シャノンさんとエリスさんに強化魔法をかけている。強化魔法を受けた二人は向かうところ敵無しだ。

 つまり如何に敵を早く発見できるかがこのパーティでは肝になる。


 その僕が優秀な斥候とは言えないから、先に進めていないのだ。


 ヤクトルさんからお前は斥候に向いているとお墨付きをもらっている。普段から周囲の気配を探っている、と。

 それって単に僕が周囲の目が気になる陰キャってことなんじゃないかなあ?


 だけど、たとえそれが原因だとしても、それが僕の積み上げてきたものになるというのなら、使わない手は無い。人の目を気にするように、モンスターの気配に気を払うんだ。


 だけどそう簡単に上手く行くわけではない。今も僕はサンドワームの縄張りに足を踏み込んでしまい、パーティが丸ごと囲まれるという失態を犯した。


「シャノンさん、あっち!」


 メルが素早く指示を出す。パーティリーダーだからというだけではなく、中衛の彼女は戦況を見極めての指示出しが上手い。元から上手かったわけではなく、僕がヤクトルさんから学んでいたように、ヘイツさんのことを見ていたのだと思う。


「一点突破、包囲から脱出するよ! エリスさんは後衛を守って! ひーくんは私としんがり!」


 メルの判断は正しいと僕は思う。シャノンさんとエリスさんは重装というほどではないけれど、重い武器を扱っている。彼女たちを先行させて退路を作り、軽装の僕らが敵を攪乱しつつ後衛陣が脱出する時間を稼ぐ形だ。


 もっともメルの判断が間違っていると思っても僕は従う。戦闘状況においては、統率者の指示は絶対だ。パーティというのは、ひとつの生き物だ。頭の指示に手足が逆らっていては生き残れない。


 人間を丸呑みできるくらいの大きさがあるサンドワームだけど、その名前に反して、実は砂に潜るのはあまり得意ではない。

 こいつらは砂の上に横倒しになって、体を振動させて砂に埋まっていくのだが、完全に砂に埋まりきる前に振動を止めてしまうことが多い。なのでサンドワームがいるところは、サンドワームの背が見えているか、砂の小さな山ができていて、比較的分かりやすい。


 まあ、僕は見逃しましたけどね。


 なんとか逃げ切った僕らは周囲を見回せる砂の丘で休憩を取ることにした。砂漠地帯を中心に訓練を行えているのはロージアさんの水魔法があるからだ。彼女が水を生み出すことができるから、僕らは乾くことがない。


 ダンジョン攻略において物資の輸送は常に問題だ。特に飲み水は重量があって大量に持ち歩けない。だけど僕らはその飲み水の供給をロージアさんに任せることができる。


 やっぱりこの階層に留まっている最大の原因は僕だな。


「ごめん。今のは僕のミスだった。サンドワームの数を見誤った」


「いいっていいって。あんま気にすんなよ」


 シャノンさんに豪快に肩を叩かれる。


「風紋と見分けつきませんよね」


 ニーナちゃんは丘の上から周りの光景に目を凝らしている。


「ただの砂溜りを回避させられるよりゃマシだわな」


 と、エリスさん。


「これでもうカズヤさんはサンドワームを見逃しませんよね。だからいいんではないでしょうか?」


 ロージアさんも僕を庇ってくれる。


「うーーーん」


 メルだけが喉を鳴らして、言葉を選んでいる。


「ひーくんは、今の失敗がどうして起きたと思う?」


「そう、だね。サンドワームの習性に対して思い込みがあった。サンドワームは砂に潜りきれないって。だから想定以上の数が潜んでいる場所に案内してしまった。もっと注意深く周囲を観察していれば防げたミスだと思う」


「以後、気を付けるよーに!」


「分かった。注意するよ」


 このパーティはメルがリーダーだが、スポンサーは僕だ。だから皆は僕に対して注意がしにくいだろう。だからメルにはその辺をはっきり言ってもらうようにお願いしてある。

 本当はもっとキツいことを言われるべきだと思う。


 ダンジョンで誰かの失敗は、命にかかわる。


 そう、死ぬのだ。


 それだけはいけない。メルは責任を感じてしまうだろう。たとえそれが僕のミスに端を発するものだったとしてもだ。


 知らなかったでは済まされない。気付かなかったでは済まされない。


 誰も死なせない。僕も死なない。

 そのために僕は僕の持てるものをすべて使う。


 平凡ではもう足りない。


 僕は一流を目指す。

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