第3話 追求を躱そう

 怖いとルキウ冒険者ギルド長はそう言った。よく分からないものが怖いのだ、と。なんとなく言わんとすることは分かる。だが僕の問いへの返答になっているとは思えなかった。


 ルキウさんは杯を口に当て、中身が空であることに気付くと給仕を呼んだ。


 エールを受け取って、給仕の女の子が遠ざかってから口を開く。


「君は夏の終わり頃に突然アーリアに現れた。最初は文無しの旅人として。その後、一月ほど製材所で働くが唐突に姿を消したかと思うと、わずか数日後には行商人として戻ってきた。最初に持ち込んだのは砂糖と黒胡椒と、ガラス瓶だ」


「よく調べましたね……」


「怖いからさ。エインフィル伯もレザスも目の前の利益に目が眩んでいる。いや、自ら進んで目を瞑っている。それどころか他人の目からすら隠そうとする始末だ。7日に1度? 徒歩の往復6日で何処にいける? 国内から出られるかどうかだ。それどころか、君は町を出てすらいないだろう? いや、部屋からすら出てこない」


 ようやく僕にも分かってきた。何を言いたいのかと聞いた僕に対して、ルキウさんはこう言いたいのだ。お前こそ何者だ、と。僕のことを徹底的に調べ尽くして、その上で問うている。


 緊張に渇きを感じて木製のカップを手に取ったが空だった。それをテーブルに戻す。ぎゅっと左手を握られる。メルが不安そうな顔で僕を見上げている。


「大丈夫。いつまでも隠しおおせると思っていたわけじゃないよ」


 嘘だった。いつまでもこんな日々が続くのだと思っていた。考えてみれば杜撰な隠し方だ。相手が本気になって調べれば簡単に僕が部屋から出入りしていないことは分かる。本腰を入れて調べられるということすら考えつかなかったのだ。


 大丈夫という言葉だけは嘘ではない。僕はメルの手を握り返す。最悪の場合でも僕とメルだけはキャラクターデータコンバートで逃げられる。僕が転移できるのだ、ということは知られてしまうが、今この場で捕まったり殺されることは避けられる。


「ルキウさん。これからする話をこの場に留めておけますか?」


「それは内容による。私にはこの国と冒険者ギルドに対する責任がある」


 ルキウ冒険者ギルド長が僕を探る理由はこれだ、と思った。


「僕には王国や冒険者ギルドに害を為すような意図はありません」


「その言葉に嘘が無いと仮定しても、君の後ろにいる誰かがそうだとは限らない」


「黒幕なんていませんよ」


「限りなく精製された砂糖や、透明なガラス、素材の分からない鏡を提供している誰かがいるはずだ。アーリアに、いやエインフィル伯に力を持たせるのが目的、ではないのかね?」


「はい?」


 予想もしていなかった球が飛んできて僕は受け止め損ねる。


「鏡の販売でエインフィル伯が手にした名誉と金、そして権力は莫大なものだ。地方領主には大きすぎるほどに。これまで均衡を保っていた王権派と、貴族派の力関係が貴族派に傾きつつある。少なくとも西方貴族たちはエインフィル伯が完全に取り込んだと言っていい」


「内乱になる、と?」


「それが君の、あるいは君の後ろにいる誰かの目的だ。そうだろう?」


「まさか、とんでもない!」


 思わず大声を上げてしまい、店内の喧噪が一瞬静まった。


「おいおい、ルキウの爺さん、若いのを虐めて楽しんでんじゃねーよ」


 ヘイツさんがジョッキを片手にやってきて、僕の肩に手を置いた。


「どんな話をしてたのかは知らねーが、せっかくの場に水を差すな」


 言葉はルキウさんに向けられたものだった。


「ここで皆に紹介しておこう。俺たちに湯水のように金を突っ込んでくれたカズヤだ。この年でレベル40だぜ。ビビるよな」


「そりゃパワーレベリングのお陰だろ」


 あちこちで笑いが起きる。失笑ではない。どちらかというと好意的な笑いだった。アーリアではパワーレベリングは富の象徴だ。後ろめたいイメージは無い。


「年のことを言うならニーナちゃんだろ」


 顔を見たことがある冒険者がニーナちゃんを抱え上げて言った。持ち上げられたニーナちゃんは、あわあわしている。


「そうだな。そんなにちっこいのにレベル40だ。うっかり手を出そうとすると痛い目見るぞ」


 またしても笑いが起きる。いや、流石にニーナちゃんの年齢に手を出そうとするのは別の意味でヤバくない? とは思ったが、ニーナちゃんだって立派に働いている。アーリアでは別におかしなことでは無いのかも知れない。


「俺たち赤の万剣は金で雇われていただけだが、最後に面白い経験をさせてもらったと思っている。攻略クランでも立ち上げていればこうだったのかな、とな」


 攻略クランというのはアーリアよりずっと深い、いわゆる大迷宮と呼ばれるようなダンジョンで、最下層を目指すために作られる同盟のようなものだ。若い新入りをどんどんパワーレベリングで最前線に送り込んで、戦力の底上げをしていくものであるらしい。


「まあ、クランメンバーというほどではないが、それなりに仲間意識は持っている。こいつらの後ろには赤の万剣がいると思ってくれて構わない。引退はしたけどな。それじゃ改めて俺たちの引退と、カズヤたちの前途を祝して乾杯だ」


 ヘイツさんがジョッキを掲げると、歓声と共にジョッキが掲げられた。

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