第2話 赤の万剣の引退を祝おう
赤の万剣の引退を祝うパーティは2日後の夜に盛大に行われた。彼らは行きつけの酒場を貸し切って、関係者を集めたのだ。最後の稼ぎに大いに貢献したということで僕らも招待された。世話になったのはこちらのほうなので、断るという選択肢は無く、僕は友だちと遅くまで遊ぶからと家族に言ってアーリアにやってきた。
アーリアでもっともレベルの高かった赤の万剣の関係者ということで、参加者は冒険者や、元冒険者、それから冒険者ギルドの人が多い。
アーリアが、こちらの世界の基準で大都市とは言っても、日本のそれに及ぶわけではなく、冒険者の数ともなれば限られてくる。言葉を交わしたことは無くとも、顔は知っているという人が多く、安心する。
「なんかお客さんの立場で酒場にいるとむずむずしちゃう」
木製のカップを口に運びながら、メルが呟く。
「そういうもんなの?」
「いま誰か入ってきたらいらっしゃいませーって言っちゃいそう」
「なるほど」
条件反射とでも言うのだろうか。メルは酒場で働くことがすっかり染みついているらしい。メルの働いている酒場とは違う酒場なのだが、そういうもんなんだろう。
メルと料理を突きながら、いつもの感じで駄弁っていると1人の老人がやってきた。
「お邪魔して良いかな?」
「もちろん、どうぞ」
見知らぬ顔だ。かなりのお年寄りだし、元冒険者の人とかだろうか。冒険者特有の粗暴な感じは見受けられず、むしろ上品ささえ感じる。老人は僕らの向かいの席に腰掛けると給仕を呼んでエールを注文した。
「君とは1度話をしてみたいと思っていたが機会が無くてな。今日も会えるとは思っていなかった」
「僕、ですか?」
「そう、君だ。カズヤくん。レザス商会とエインフィル伯に莫大な富をもたらした異邦の商人にして新進気鋭の冒険者。まあ、剣の腕前はそこそこよりちょっと悪いくらいのようだが」
「失礼ですが、貴方は?」
どうやらこの老人は僕について一通り知っているらしい。一方的に知られているというのはなんだか気味が悪いものだ。
エインフィル伯が王国貴族に売り出している鏡について出所がレザス商会で、そこに持ち込んでいるのが行商人というところまでは調べれば分かるだろうが、それが僕であることは秘密のはずである。
「私はルキウだ。冒険者ギルドの長と言ったほうが通りが良いかね?」
「これは失礼しました」
「畏まることはない。無礼講の場だ」
「まあ、そうなんですけども」
今日は無礼講だ、というのは赤の万剣のヘイツさんが最初に宣言している。だが無礼講だからと本当に礼を無くして良いわけがない。酒の席だからと誰もが許してくれるわけではないだろう。そして僕はルキウさんがどういう人なのかをまったく知らない。
「油断しないのは良いことだ。ヤクトルから学んだかね?」
「皆が安心しているときほど気を張れ、と」
「当人はすっかり出来上がっているようだがね」
ルキウさんが店の一角に目線を向ける。それを追いかけるとヤクトルさんが女性に囲まれてご機嫌で杯を傾けていた。
「赤の万剣は引退しましたし」
「そうだ。赤の万剣は引退した。本当なら冬が厳しくなるころに引退する予定だったのが、今まで延びたのは君らのお陰というべきか、そうでなかったら引き留める言葉もあったのにと恨むべきか、正直困っている」
「冒険者ギルドとしては引き留めたかった、と?」
「他のパーティも育ってはきているが、赤の万剣にはまだ及ばない。深層の魔石を得る機会が減る」
アーリアでは魔石は燃料のような扱いだ。主に魔道具の動力源として使われる。地球では魔石から電力や動力を得ることに成功していて、色々な産業で引き合いがある。アーリアで魔道具を買って日本で試してみたら使えたので、この技術が地球に流出すれば、地球での魔石の重要度はさらに増すだろう。
「深層の魔石なんてそれほど使い道がありそうにも思えませんけど」
日常使いの魔道具なら10層までの魔石で十分に動作する。すぐ魔石がダメになって交換が必要だが、浅層の魔石なら安いものだ。電池みたいな感覚である。深層の大きな魔石など、地球における発電くらいしか使い道は思い浮かばない。
「とんでもない。町を守る結界の維持に深層の魔石は欠かせないし、それに武力の象徴でもある」
結界? と聞き返しそうになったが、なんとか飲み込んだ。多分アーリアというか、こちらの世界では常識的なことで、誰もが知っていることなのだろうと思った。
「物騒な話ですね」
武力の象徴というのはなんとなく理解できる。深層の魔石を動力にする魔道具を武力をして使えばどういうことになるか、想像するのは簡単だ。
「平和な時代だ。だがその平和を支えているのは武力だ。今のところ周辺諸国と武力が均衡を保っているから平和なのだ」
「そうなるとバランスこそが肝要なのでは?」
「なるほど。根無し草らしい意見だ。例えば君とそちらのお嬢さんが結婚したとして」
「ひゃい!?」
急に話を振られてメルが素っ頓狂な声を上げる。メルはちょっとややこしそうな話になると聞いているようで聞いていないからな。ルキウさんは微笑して続ける。
「子どもができたとして、その子どもを負け戦に巻き込ませたいと思うか?」
「できれば平和を、そうでなくとも勝てる戦を、ですか」
「そう考えるのは悪いことではあるまい」
「そういうのは貴族に考えてもらえばいいんですよ。僕らは自分たちのことで精一杯です」
「20層のドラゴンを倒すんだったかな。掛けた金額を思えば目標としては幾ばくか小さいように思えるが」
「結局、何を仰りたいので?」
冒険者ギルド長がわざわざ僕のところに足を運んで絡んでくる理由が思い浮かばない。
「よく分からないものが怖いのさ」
ルキウさんはそう言った。
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ものすごーーく間隔が空いて申し訳ございませんでしたあああああああ!!!
以前ほどのペースにはなりませんが、ぼちぼち更新してまいりますので、今後も変わらぬお付き合いをいただけたら幸いでございますぅぅぅぅ。
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