第17話 警察に電話しよう

 1月12日の水曜日、学校の後に自室でいつものように筋トレと勉強を繰り返していると、誰かが帰ってくる気配がした。我が家は誰かいるときは基本的に鍵は開けっぱなしなので、赤の他人が入ってくる恐れもあると言えばあるのだが、田舎なのでそこら辺はなんというかおおらかだ。


 ガチャンと鍵の閉まる音がする。


 おや? この時間に帰ってくるということは水琴なのだろうが、鍵を閉めるのは珍しい。母さんも父さんも鍵を持ち歩いているので困ることはないだろうが、1度はドアをそのまま開けようとしてびっくりするはずだ。


 どういうことだろうと思っていると、水琴と思しき気配は階段を駆け上がり、そして駆け下りてきたかと思うと、僕の部屋をノックした。


「お兄ちゃぁん」


 それは半泣きの声だった。扉を開けてみると実際に目に涙を浮かべた水琴がいる。


「どうした?」


「誰かがずっと付いてくるの」


「怪談か?」


 わたし今あなたの後ろにいるの。みたいな。


「違うよぉ! 多分ストーカーみたいな……」


「今もいるのか?」


「うん」


 メルならともかく水琴にストーカーってなんだか信じられないが、とりあえず立ち上がる。


「2階の窓から見えるのか?」


「うん」


 僕らは2階に移動してカーテンの隙間から家の前の路地を覗う。すると家から程近い電信柱の裏に自転車に乗った誰かがいてスマホを弄っているのが見えた。キャップを被り、人相は分からないが、若い男性のように思える。


「あいつか?」


「うん」


「どこから付いてきたんだ?」


「学校を出てすぐだと思う」


「偶然ってことは無いのか?」


「昨日もだったの」


「父さんとか母さんには?」


「まだ言ってない」


「直接何かされたりはしていないんだな?」


「直接は、ないけど……」


「なにか心当たりがあるのか?」


「その……、怒らない?」


「内容による」


「うー、絶対怒る」


 僕はすぐにピンときた。僕が怒るような理由があるのだとすればそれはひとつだ。


「メルが関係してるんだな?」


「た、多分……」


「どういうことだ?」


 自然と僕の口調は厳しいものになる。


「冬休みに入ってからね、スマホに変なメッセージが来るようになったの」


 要領を得ない水琴の話をまとめるとこういうことだった。


 冬休みに入ってからスマホに水琴とメルが一緒に写った画像と共に、この赤髪の女の子と知り合いなのかを確かめるような内容のメッセージが届くようになった。怖くて着信拒否したらメールで届くようになった。それも迷惑メールとして処理をするとアドレスを変えて何度もメールが届いた。


 メールの口調は丁寧なものから段々乱暴になり、そして冬休みが終わったと思ったら、こうして知らない男がつかず離れず追いかけてきているというわけだ。


「アホ! なんでもっと早く相談しなかったんだ!」


「だって絶対怒られると思ったから……」


「そうやって嫌なことから逃げようとしていることに怒ってるんだ!」


「ふぇ……」


 水琴はぽろぽろと涙をこぼす。泣かそうと思っていたわけではないが、水琴のためにも嫌なことから逃げたらもっと嫌な思いをするということを分からせておかなければならない。


「それでメールは? 見せてみろ」


「怖いから消しちゃった……」


 僕は深いため息を吐く。なんでわざわざ証拠を消すようなことをするのか。


「とりあえず警察に連絡しとこう」


「そんなことして大丈夫なの?」


「こういう時に頼りにしなくてどうするんだよ」


 僕はスマホを取り出して110番に電話する。通話はすぐに繋がった。


『こちら110番です。事件ですか? 事故ですか?』


「昨日から妹が男性に付き纏われているようで、今も家の前にいるんですが、どうすればいいですか?」


『場所はどちらになりますか?』


 僕は自宅住所を告げる。ついでに名前と両親が不在であることも告げた。


『その男性は今も家の前にいますか?』


 僕はカーテンの隙間から外を確かめる。


「はい。自転車に跨がって、スマホを弄りながらじっとしています」


『すぐに警官を向かわせますので、そのまま家でじっとしていてください』


「分かりました。よろしくお願いします」


 僕は電話を切ってもう一度窓から男性の姿を確認する。スマホを向けてフラッシュを焚かないように気を付けて写真を1枚撮っておいた。


「とりあえず警官が来てくれることになったから、事情についてはちゃんと説明しろよ」


「うん……」


 10分ほどでサイレンこそ鳴らしていなかったが赤色灯を回してパトカーが路地に入ってくる。それを見た男性はスマホをポケットに突っ込んで自転車で逆の方向に走り出した。


 パトカーはそれを追いかけるでもなく、家の前に停車する。チャイムが鳴って、僕らは揃って玄関に向かった。玄関の外に立っていたのは警官の制服を着た男性だった。

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