第15話 ケンカを買おう
冬休みが終わり、始業式の日になった。夏休みデビューならぬ冬休みデビューを果たした僕であるが、だからと言って周りの僕に対する扱いが変わるわけではない。いつものようにひとりぼっちだ。
退屈な始業式を終えて、帰ろうと自転車置き場に向かった僕を待っていたのは、檜山たち3人組だった。
「ちょっとツラ貸せよ」
問題児である彼らではあるが、流石にもう校内で問題を起こすつもりはないらしい。
「やだよ。帰るし」
チキ、と金属音がした。小さな音だったが、僕の耳には届いた。檜山は周りから見えないように手の中にカッターナイフを持っていて、その刃を出したのだ。
「急にパンクしちまうかも知れないな」
「はぁ、分かったよ。付いていけば良いんだろ。で、どこまでだよ」
「舐めた態度を取っていられるのも今のうちだぞテメエ」
檜山たちに囲まれながら僕は学校の裏門から外に出る。学校の裏手を流れる川の土手沿いを他の生徒が向かわない方向に進む。少し進んで人目が無い辺りまで来ると檜山は足を止めた。
「柊ィ、おめぇはなんだ?」
「なんだと言われても人間だけど?」
「ちげぇだろ。おめぇはクソザコナメクジなんだよ!」
檜山がいきなり殴りかかってくる。刃物を使わなかったのは自分の方が優位だと信じているからだろう。確かに以前の檜山よりその拳は鋭く力強い。冬休みの間に橿原ダンジョンに通い詰めてレベルを上げたのだろうと分かる。
赤の万剣に感謝しなければならない。第41層への挑戦に当たり、彼らが僕らのパワーレベリングをしてくれていなければ僕は一方的にボコボコにされたことだろう。だけど僕のレベルはすでに21で、いくら檜山たちが橿原ダンジョンに通い詰めたと言っても追いつけるレベル差ではない。
それでも僕は敢えて1発目は食らった。例によって正当防衛を成立させるためだ。自分に対する言い訳のようなものだが、しないよりはマシだろう。歯を食いしばって頬への打撃に耐える。
檜山の拳は驚くほどに軽かった。いや、僕の耐久が増したのだ。ベクルトさんのところではレベルに応じた相手と乱取りをさせられていたから気が付かなかったけれど、低レベルの相手の打撃では僕にダメージはほとんど通らないらしい。
僕は小揺るぎもしなかった。頬で檜山の拳を受け止めた。ダメージを受けた振りをするべきだとは思ったが、檜山の拳が想定より軽くて演技が間に合わない。
「弘樹ィ!」
「応よ」
後ろから伸びてきた久瀬の手を僕は振り払う。レベルの上昇による補正値の面白いところは力加減が完全に分かるところだ。筋力が5倍になったからと言ってドアノブを破壊するようなことは起こらない。今も久瀬の手を払うのに必要な最小限の力でそうすることができた。
以前なら回復役である相田から倒す必要があった。そうしなければ勝ちの目が無かったからだ。だけど今は違う。相田が積極的に攻撃してこないのであれば、放っておく。まずは檜山と久瀬だ。
蹴りを回避し、拳を払う。ベクルトさんのところで鍛えられた今、攻撃を受ける必要すら無い。手ぬるさすら感じるほどだ。せっかくの砂利道なのだから、蹴り上げるなり、掴んで投げつけるなりあってもいいはずなのに。
しかしながら葉山が選んだのは刃物だった。ポケットに隠し持っていたカッターナイフを抜いたのだ。僕は素早く檜山に接近してその手を捻じり上げた。刃の出たカッターナイフが地面に落ちる。僕はそれを川に向かって蹴り飛ばした。
「刃物を出したらケンカじゃなくなるぞ」
「このクソザコナメクジがッ! 偉そうにッ!」
檜山が手を振り払おうとしたので抵抗せずに払われておく。
「おめぇは! 俺の! 奴隷なんだよ!」
一言毎に振り回される腕を回避し、払う。久瀬が横やりを入れてくるが、それも払える。相田までかかってきたら流石に面倒だが、2人の連携の取れていない波状攻撃ならどうにでもなる。
「クソがッ! なんでだ!? レベルは2つ上がったんだぞ!」
それは凄い。檜山たちは3人で第3層にいた。まだレベルの上がりやすい頃とは言え、2週間の冬休みでレベルを2つ上げるのは中々の苦行だったはずだ。
「……さては、てめぇ、金でレベルを買いやがったな!」
「別に禁止されているわけじゃないと思うけど?」
どうせ檜山たちには隠しおおせない。これでも手加減はしているのだけど、僕のレベルが大きく上昇していることは殴り合えば嫌でも分かる。
「それじゃそろそろ僕からも行こうかな。覚悟はできてるんだよな」
檜山が息を呑む。僕のレベルがどれくらいかまでは分かっていないだろうが、戦って敵わないことはすでに分かっているはずだ。3人がかりでも檜山たちは勝てない。クソザコナメクジだと侮っていた僕に負けることは檜山のプライドが許さないはずだ。つまり――、
「クソが、このくらいにしておいてやるよ」
檜山は撤退する。勝てないケンカをするような勇気は檜山には無い。
「おい、待てよ健次。俺はやるぞ。レベル差ができたからってこいつがクソザコナメクジなのに変わりはねぇだろうがよ!」
代わりに気炎を上げたのは久瀬だ。僕に対する油断は消えたのか、脇を締めたボクシングスタイルで接近してくる。ジャブジャブストレート。全部躱して、空いた胴にブローを叩き込む。もちろん手加減して、だ。
それでも久瀬は体をくの字に折って悶絶した。久瀬のレベルも上がって耐久が上がっているのだろうし、内臓破裂とかはしていないはずだ。最悪でも死んでなければ相田の回復魔法がある。
「クソッ」
久瀬は地面に膝を突いて歯を食いしばる。相田が駆け寄っていって回復魔法をかけ始めた。
「まだやるか?」
「やるに決まってんだろうがよッ!」
それから久瀬の心が折れるまで僕は戦い続けた。それほど長い時間は必要としなかった。
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