第16話 いつもの取り引きをしよう
ファストファッションのお店の前で待っていたメルは服装が一新されていた。というか、一目ではメルだと分からなかった。新しいパーカーのフードを被って帽子にサングラスまで付けていたのだから仕方ない。フォーマル寄りになった僕と対照的にメルはストリート系だと言えるだろう。ボトムスもスキニーなジーンズになっていた。
「どうかな? 似合ってるかな?」
サングラスをずらして上目遣いで聞いてくるメルは当然可愛い。メルの特徴を消したファッションで、僕としては安心できる感じだ。
「よく似合ってるよ」
「そっか。良かったあ。こういう格好初めてだからよく分かんないんだ。ひーくんも服買ったんだね。似合ってるよ」
「そ、そう? ありがとう」
僕たちのやりとりを両親はニマニマと見つめていた。そんな両親を押して車に戻る。結構時間が過ぎてしまったがレザス商会には行っておきたい。しかし混み合ったショッピングモールは駐車場から外に出るにも渋滞だ。
家に帰り着く頃には夕方の入り口くらいに差し掛かっていた。
「お父さん、お母さん、今日はありがとう」
「ありがとうございました!」
「どういたしまして。メルシアちゃん。娘ができたみたいで楽しかったわ」
「いや、水琴がいるだろ」
「あの子は最近自分で服を買うんだもの」
「それじゃ僕らは部屋に引っ込むから。後でメルを送っていくけど、夕食までには帰ってくると思う」
「分かったわ」
僕らは僕の部屋に入って一息吐く。
「メル、お金はどれくらい残ってるの?」
買い出しに行くことが決まってメルには2万円を渡してあった。
「えーっとね、これだけ」
メルが差し出した手には一万円札が乗っかっている。
「あれ、思ったよりも安く済んだ?」
「ううん。ひーくんのお母さんが半分出してくれたの。払いますって言ったんだけど。後でひーくんからもお礼を言っておいて」
じゃあ2万円か、もうちょっとくらいか。ファストファッションにしては結構かかったほうかな? 上下ワンセットに帽子やサングラスまで買っているんだから、そんなもんかも知れない。
「とにかくいい時間になっちゃったから、あっちに行こう。レザスさんのところに行かなくちゃ」
「そうだね」
僕らは靴を取ってきて、僕はリュックサックと靴を、メルは着ていた服の入ったショッパーと靴を手にアーリアに転移する。早速レザス商会に向かった。
後はお決まりの取り引きだ。鏡は10枚が金貨500枚になって、砂糖がガラスポット込みで金貨10枚、チョコレートが2枚売れて金貨2枚、ボールペンが銀貨10枚。鏡とチョコレートは手数料を引いた額が手元に来る。ビーズは前回持ち込まなかったので今回は当然売り上げも無しだ。
「緑茶はご婦人方が、コーヒーはエインフィル伯がお気に召したようだ。だがエインフィル伯の財政状況はあまり良いとは言えない」
「鏡を他の貴族に売って儲けていらっしゃるのでは?」
「それはまだこれからだ。もっともらしい型に填めて高級感を出して売る予定だから時間がかかる。今後も鏡の仕入れは続けるのだろう? しばらくエインフィル伯の財政はそちらにかかりきりになる」
「それじゃあまり高値はふっかけられない、と」
「いや、待つ」
レザスさんはニヤリと笑う。ちょっと、いや、かなり怖い。
「待つ?」
「そうだ。実際に鏡が売れ出せばエインフィル伯や、ご婦人は社交の場に引っ張りだこになるだろう。そこにお茶やコーヒーと言った飲料があればどうなる? お前が持ち込んでいる砂糖をふんだんに使った菓子と共に、だ」
「場が盛り上がる、んですかね?」
「この辺りでは飲み物と言えば湧水の魔術を使った水か、あるいはワインだ。だがワインは夜会ではともかく、昼の社交の場ではあまり好まれない。酩酊する馬鹿が出てくるからだ。緑茶やコーヒーはそこに割り込める。エインフィル伯にしてみれば、国内に市場が溢れかえっている状態だ。絶対に高値でも買う」
「具体的にはいくらくらいを予定しているんですか?」
「緑茶は一袋で金貨10枚、コーヒーは一瓶で金貨15枚を考えている。今すぐに肯定の返事は来ないだろうが、エインフィル伯は必ず買う。それもあるだけ買うだろう」
「それじゃあ仕入れの量を増やしますか?」
「そうだな。時期がくれば今の2倍を仕入れてこれるか?」
「それくらいなら問題ありません」
「良し! 後は俺に任せておけ。必ず儲けさせてやる」
緑茶もコーヒーも3割の手数料の契約だ。高く売れたほうがレザスさんも儲かるのだからしっかりやってくれるだろう。それを信じよう。
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