第95話 パフェを注文しよう
週末になり、僕は朝からアーリアへとキャラクターデータコンバートした。メルは今日もすでに漫画を読んで待機していた。
日本で買ったガーリーな服に身を包んだメルは僕が出現したのを見て、漫画の表紙を突き出した。20巻目、渡してある分の最後の巻だ。
「これ途中だよぉ。続きが気になるよ」
「100巻までは家にあるから、そこまでは楽しめるよ。そこでもまだ終わってないけど。続きは出てからだね」
「100巻!? そんなにあるんだ。すごい!」
「それじゃあ今日はまず魔石を売りに行って、買い出しをして、パフェを食べて、それから水琴のお願いで水琴の友だちに会ってやって欲しい。構わないかな?」
「水琴ちゃんのお友だち? もちろんいいよ!」
「その後アーリアに戻ってきてベクルトさんのところかな」
「うんうん。それでいいと思う」
「それじゃ早速行こうか」
僕らはいつもの手順で日本へ、そして家の外へと出る。しかし駅に到着すると、早速メルが視線を集めていることに気付く。髪色の派手な外国人ということで、これまでも注目を集めていたが、これまでの比ではない。
僕はリュックサックからパーカーを取り出した。
「メル、その服の上からこれを着てもらっていいかな?」
「えー、せっかくの可愛い服が隠れちゃうよ」
「前にも話したと思うけれど、メルは今すごく注目を集めてるんだ。そのままの格好で、顔を晒して歩いていたら、どんな人が寄ってくるか、まったく分からない」
「それってひーくんの冗談じゃなかったの?」
メルはきょとんとしている。自分が有名になっているなどとはこれっぽっちも思っていない顔だ。僕もメルに説明するのは難しい。世界中がスマホひとつで繋がっているなんて言っても信じられないだろう。
「とにかく着て」
僕はメルにパーカーを羽織らせて、フードを被らせる。後は伊達眼鏡が欲しいところだ。だけど無いものは仕方がない。僕らは電車に乗って大和八木駅に移動する。そこからバスで橿原ダンジョンへ。魔石の買取所でアーリア産の魔石を買い取ってもらう。
魔石は3万円ほどになった。
第4層で順調に稼げばこれくらいになる、ということだ。体感ではあるが第3層と稼ぎはあまり変わらない感じだ。第4層が稼ぎに向いていない階層だということだろう。
僕らは大和八木駅前に戻り、商業施設で仕入れを済ませた。荷物を持って喫茶店に入る。すごくレトロな感じの喫茶店だが、それがいい。
パフェというと喫茶店だよな。ファミレスなんかにもパフェはあるが、個人経営の喫茶店のパフェこそが本物だ。知らんけど。
上品な感じの老夫婦が店主のようだ。お婆さんのほうが水を持ってきてくれる。
「僕はホットコーヒーを。彼女は……」
「私、チョコレートパフェ!」
「だそうです」
「はいはい」
老婦人は注文をメモに取ると、カウンターの向こうへと帰って行く。
「ぱーふぇ、ぱーふぇ」
「子どもか」
いや、子どもだ。まだ14歳で水琴と同い年なんだった。見た目が僕とそう変わらない年に見えるからつい忘れてしまう。僕はなんとなくスマホでパフェについて調べてみた。
「ええっと、パフェって言うのはフランス語のパルフェって言葉を英語読みしたパーフェイからで、意味は……」
「完璧!」
「あ、やっぱり分かるんだ」
「うん。日本語とは違う言語だってことも分かるよ」
「凄いな、異界言語理解」
つまりは万能翻訳だ。ただし自身にとって異界の言語に限られる。キャラクターデータコンバートによって異界に転移した者が言語で困らないようにと運営が用意したものに違いない。こういうことをされると運営の存在をまざまざと感じる。
神は死に、運営が取って代わった。
地球上の宗教はその殆どが教義を見直さなければならなかった。救世主の復活も、運営なら余裕で実行できるのだ。
「そう言えばアーリアに宗教ってあるの?」
「宗教?」
その言葉そのものがメルにはピンとこないようだ。
「神様とか、そういうのは信じないの?」
「創造主と運営がいることは知ってるけど、信じるというより当たり前な感じかな」
「教会とかは無いのかな?」
「多分、ひーくんが言いたいことに一番近いのは聖女ギルドかな」
「聖女ギルド?」
「うん。社会奉仕を目的とするギルドだね。一番偉い人は聖女の称号を持っている人がなるって決まっているから聖女ギルド。私も一時期お世話になってたよ」
「でも称号だって自己申告でしょ」
「聖女の称号持ちは蘇生魔法が使えるからね。使えたら聖女、使えなかったら聖女じゃない。簡単に証明可能なんだ」
「それは逆に言うと聖女の称号持ちじゃないと蘇生魔法が使えないってことか」
地球では蘇生魔法の存在すら知られていない。あるいは秘匿されている。
「いっぱいお金を稼いだから、聖女ギルドに寄付しなきゃなとは思ってたんだよ。今度一緒に行ってみよ。ね」
メルはそう言って笑った。
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