第94話 拡散を止めよう

 インスタのバズりはついにインスタを飛びだして他SNSや、まとめサイトへの転載にまで広がった。


 僕の削除申請は手遅れだったというわけだ。


 1度拡散を始めたらもう止められない現代ネット社会の闇を感じる。そのほとんどが好意的な、つまり善意の拡散だから、尚のこと性質が悪い。拡散を止めるほうが悪意を持っているという感じの雰囲気になっているのだ。


 幸いなことにメルの個人情報を暴き立てようという流れは起きていない。流出する個人情報が日本にはこれっぽっちもないのだから、流出しようが無いということもある。だがこのままブームが続けば、そのことの不自然さに気付く誰かが現れるかも知れない。


 ありがたいことに大衆は一緒に映っている僕にはあまり興味を持たなかったようだ。手を繋いでいるところを撮られていたら話は別だっただろうが、偶然映り込んだ男みたいな扱いを受けている。


 それでも学校では学年男女を問わず何度か接触があった。画像に写っているのは明らかに僕なのだから、僕を見かけて声を掛けてくるのは分かる。まあ、僕が「こんなに可愛い女の子と知り合いなわけないでしょ」って言うと、なるほどなーって感じで去って行くのだけど。ありがたいけど納得いかない。


 しかしこれだけバズったらお店のほうの宣伝効果も凄いんだろうな。タダより怖いものは無いとはよく言ったものだ。タダでは無かったけど。こんなことならタダにしてもらえば良かった。


 愚痴っても仕方がないし、メルの画像を追いかけてばかりいるわけにもいかない。実際、勉強と運動で時間は余っていないのだ。さしあたっての目標は12月の始めにある期末テストまでに勉強を追いつかせて赤点を取らないことである。


 今のペースで行けばギリギリ間に合うかどうかというところだ。脇目を振っている暇は無い。もちろん土日は空けての計算だけど。


「ねえ、お兄ちゃん」


 機嫌を損ねていたはずの水琴が突然声を掛けてきた。


「メルさんが今度家に遊びに来るのっていつかな?」


「なんでそれがお前に関係あるんだよ」


「友だちに話したらメルさんに会いたいって言うから……」


「安請け合いしたのか」


 僕はため息を吐く。


「それだけだな? 画像をインスタに上げたりしてないな?」


「それはしてないよっ。したらお兄ちゃんめっちゃ怒るでしょ」


「はぁ、しょうがないな。メルの都合にもよるけど、次の土曜日、お昼前くらいに連れてくるよ。でも友だちにも釘を刺しておけよ。メルがいいって言ったら画像は撮ってもいいけど、ネットに上げるのは絶対禁止。いいな」


「分かってるって。お兄ちゃん、ありがとう!」


 本当に分かっているのか、水琴はルンルンな足取りで部屋に戻っていった。早速友だちに報告するのだろう。


 僕は週末が迫っていることを思い出してため息を吐いた。どうにも今週末は簡単に終わりそうにない。

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