第10話 電車に乗ろう
土曜日になって、朝のジョギングを終え、母さんの作った朝食を食べた僕は、出かけてくるとは言わずに自室からアーリアにキャラクターデータコンバートした。案の定というか、アーリアの僕の部屋にはメルがいて漫画を読んでいた。
「おはよう。メル」
「おはよっ! ひーくん! 面白いね。漫画って面白いね!」
漫画のデフォルメされた画調が果たして異世界人であるメルに受け入れられるか心配していたが、この様子ではまったく心配いらなかったようだ。それかメルが特殊なのか、どちらかだろう。
「早速砂糖を売りに行ってダンジョンにって言いたいところなんだけど、忙しくて商品を仕入れられていないんだ。前回の魔石も売れてないしね。そこでメルも一緒に買い出しに来ない?」
「行く!」
即答だった。僕らはパーティを組んで日本へとキャラクターデータコンバートする。こっそりメルを外に出して、出かけてくるよと家の中に声をかける。気を付けてねと母さんの声で返事があって、僕は玄関から外に出た。
メルが一緒なので徒歩で駅まで歩く。駅に着く前に線路の傍を歩くところがあって、そこで電車が走り抜けていった。
「ふぇっ!? なに、魔物!?」
「大丈夫。あれは電車って言って乗り物だよ。凄く大きい馬の要らない馬車みたいなものだね。今からあれに乗るんだよ」
「乗り物なの!? すっごい大きいし、速かったよ! あんなのに乗ったら振り落とされない?」
「ちょっと揺れるけど、立ってられる程度だよ。馬車のほうがよっぽど揺れるよ」
「はえー、そうなんだ。私、馬車に乗ったこともないよ」
「あれ、そうなんだ」
僕はこの前にエイギルさんと一緒に馬車に乗った。メルと一緒に行っていれば喜ばれたのかも知れない。
僕らは駅について、メルの分の切符を買う。僕は交通系ICカードだ。
「そう、そこに切符を入れて」
「ひゃあ、吸い込まれた!」
「大丈夫だよ。あっちから出てきてるから、それを取って奥に進んで」
メルに指示する一方、僕はタッチで改札を抜ける。
「電車が止まるまでそこの白い線から向こうには絶対に行かないこと。電車に巻き込まれたら死んじゃうからね」
「死んじゃうの!? そんなに怖い乗り物に乗るの!?」
「言われてみたら怖いなあ。一歩前に踏み出したら死んじゃうのが当たり前なんだよね」
「事故が起きたりはしないの?」
「いや、あるよ。大抵は酔っ払いとか、自殺だろうけど」
「確かに、酔っ払った人って足ふらふらしてるもんね」
酒場で働くメルにしてみれば見慣れた光景なのだろう。
「とにかく後ろのほうで待っていよう」
「うん!」
僕らのやりとりはアーリアの言葉で行われている。日本語で会話するとメルの現代知識の無さが周囲に知られてしまうからだ。ただでさえ外国人の目立つ田舎なのに、それ以上に目立ってはいけない。
すぐに電車はやってきてメルは恐る恐ると言った感じで乗り込んだ。勝手にドアが閉まることにびっくりする。
「どうなってるの? 魔法?」
魔術じゃないことは構成の有無で確認したのだろう。
「電気って力で動いてるんだ。魔法とはちょっと違うかな」
「はえー。電気。電気って凄いね!」
「日本の生活は電気とは切っても切れない関係だからなあ。例えばこのスマホも電気で動いてるんだよ」
僕はスマホを取り出してメルに見せる。
「水琴ちゃんが持ってたヤツだよね。私たちの姿を映せるの」
「それだけじゃないよ。遠くの人と話をしたり、スケジュールを書き込んだり、色んなことができるんだよ」
「すっごい。私も欲しい! けど、アーリアには電気無いね」
「それにスマホは結構高いからなあ。魔石で稼げるようになれば、メルのスマホを買ってもいいかもね」
実際的に役に立つとは思えないが、例えばスケジュールを書き込んだり、写真を撮ったりはできる。
「いずれ、だね。モバイルバッテリーも合わせて持ち込めば一週間持たせることもできるだろうし」
「ねえ、ひーくん。いつの間にかすっごい速い! 外の景色が凄い速さで流れていくよ!」
メルはドアの窓に食いつくように外に見入っている。
「ドアにくっ付いてるとドアが開くときに指を挟むよ」
「ひえっ!」
メルが後ろに飛び退いて、すぐ後ろにいた僕の胸に背中から飛び込んでくる形になった。
「あ、ごめん。ひーくん」
「いや、大丈夫だよ。でも気を付けてね」
僕は早鐘を打つ心臓を落ち着かせようとしながら、メルの体を引き剥がす。
あっという間に僕らは近鉄大和八木駅に着いた。
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