第9話 とにかく走ろう
メルは厳しかった。ちょっとトラウマになるくらい。なにせ体力が1になるまで走り続けさせられたのだ。
体力の値は生命力の数値では無い。従ってゼロになっても死ぬというわけではない。ただゼロになるまで疲れる、あるいは傷を負うということは、もう動けないという意味だ。
戦闘不能、という表現がぴったりくる。
体力が1になってもメルは足を止めての休憩を許してはくれなかった。僕は今にも倒れ込んで休みたかったが、メルはそんな僕を小突いて歩かせた。
体力がある程度回復してきたら再びダッシュの時間だ。徐々にペースが上がってきていると感じるのは気のせいでは無いだろう。今では僕に出来る全力疾走をやらされている。
汗の乾く暇すら与えられず、しかしそのお陰もあって、僕らは日が沈む前にアーリアの町に辿り着いた。
「ディーさん、ちっす! 途中で死にかけの旅人を拾ったんだけど手持ちのお金を全部無くしちゃったみたいで、私が入市税を立て替えておくから滞在許可証を発行してくれる?」
メルは門番に気さくに話しかける。
「構わないが、払い損にならないように気を付けろよ」
「あはは、大丈夫。魔石を持ってるそうだから、すぐに取り立てるよ」
「それならいいがな。ジャン、手続きしてやれ」
「りょーかいッス。君、名前は書ける? アーリアに来た目的は?」
文字は書けそうだ。アルファベットに似たような文字だが、英語より遙かに理解できる。目的はどうしようか。
「書ける、と思います。目的は、その……観光、です」
とりあえず無難な答えをしておいた。海外旅行の時に目的を聞かれたら観光って答えるだろうし、そんな感じだ。
「じゃあこの紙に名前と目的を書いて」
言われるがままに黒いチョークのようなヤツで、分厚い紙に名前と目的を書く。無事に書くことができたようだ。
「じゃあメルちゃん、入市税を頂くッスよ」
「はい。ジャンさん。銀貨1枚だよね?」
「それでいいッスよ。有効なのは10日だから気を付けるッス」
「あの、書けました」
「よし。じゃあこの半券が滞在許可証になるから無くさないように」
紙の下半分、通し番号らしきものが書かれた部分を引きちぎってジャンさんは僕に渡した。ところで僕以外と僕で対応違くない?
「じゃあ、メルちゃん、ちゃんと返してもらうッスよ」
「大丈夫だって。しっかりしてるってよく言われるし」
「メルちゃんは人が良いから心配なんスよ」
「このまま冒険者ギルドに行って魔石を換金してもらうから大丈夫だって。それじゃあ、ありがとう!」
メルと僕は門番たちの許可を得てアーリアの町の中に入った。滞在許可証は無くさないようにリュックサックのジッパーで閉まる部分に入れておく。
「それじゃ冒険者ギルドまで走って行こっか」
「まだ走るの!?」
「冒険者ギルドは町の反対側だから走り甲斐があるよ。さあさあ、走った走った」
やっぱりメルは厳しかった。
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