#23 告白。そして…
告白するまでもなく、結果は分かっているという現実から目を背けたくなる。
全身に負の感情が纏わりついているような感じがして、一気に食欲やら意欲やらが削がれていった。
そんな意気消沈している私の隣、「ごっそさん。なかなか美味かったなコレ」と、満足気な声を耳にする。
中村さんの、何気ない一声に反応した店主らしき男性が、「嬉しいこと言ってくれるねー。良かったらまた来て下さいねー!」と、話しかけてきてくれたことで、「おう、また来るわー」と、中村さんも、それに対して笑顔で粋な言葉を返す。
下町っ子ならではというか。初めて会った人とでも、こうして昔からの友人だったかのように話せるところが素直に羨ましい。
中村さんと出会うまでは、ずけずけとものを言う人が苦手だったというのに。
「どうした。もう要らねーのか」
「はい。お腹いっぱいになっちゃいました」
( それどころじゃないんですってば……)
「なら、勿体ねぇから貰う」
「あ、良ければどぞ……」
お互いの器を交換させると、中村さんは再び自分の割り箸を手に、残りの麺を
中村さんが無言で食べ続けている間、私はそれでもなお、負けじと告白する機会を窺っていた。
でも、みるみるうちに麺が無くなっていくことに焦ってしまって、結局、私は何も言えないままラーメンを完食されてしまったのだった。
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PM 9:40
その後、私の分の支払いも済ませてくれた中村さんから帰宅を促された。
きっと、今までならそのまま解散していたと思う。けれど、どうしても今日のうちに伝えたい衝動に駆られた私は、中村さんにお願いして、ラーメン店から数件先にあるカフェレストランに付き合って貰っている。
今の時間、空席が目立つ店内は、アメリカ映画とかでよく見るカフェバーのようで、雰囲気のある少し暗めな照明や、レトロ風な洋楽が落ち着ける。
行き交うウェイトレスさんの衣装は、ロング丈の黒ワンピースに白エプロンがとても清楚で、みんな可愛くヘアメイクされて統一感がある。
私たちは、奥にある窓際のカウンター席に並んで腰掛け、それぞれ、ブラックコーヒーと、カフェオレを注文した。
私の右隣、中村さんは、眠そうな顔で何度か欠伸を堪えていて、無理につき合わせてしまったことへの、プチ罪悪感みたいなものを感じながらも、粘り続けている。
「コーヒーのお代わり
「いや、もういい」
「そ、そうですか……」
私のカフェオレも、残り少ない。いろんな意味で、タイムリミットが迫っているとでもいうか。
「あの、カフェオレもう一杯お代わりしてもいいですか?」
「飲むな。とか、俺が言うとでも?」
「いや、なんか無理に引き留めてしまったかなーって、思ったもので……」
「嫌ならとっくに帰ってる」
そう言って、中村さんはほんの少し苦笑して窓の外を見遣る。
椅子の背もたれに寄りかかり、足を組み直して腕組みをしている中村さんの、穏やかな横顔。
私も、大通りを行き交う人や車を見送った。今、中村さんの目に映っているものは、私と同じものだろうか。
どうしたら、この人のように、『頼られる存在』になれるのだろう。
中学時代から始めたとされている、剣道の影響もあると思うのだけれど、自分の信条に向かって、尽力出来る精神を保ち、なんだかんだ言いながらも、他人の為にだって労力を惜しまないというところ。改めて、大好きなのだと思わされる。
ふと、ガラス窓に映った中村さんと目が合って慌てて俯いた。
「で、結局どうしたいんだ?」
「はい?」
「その片思いしてる奴と」
「あー、その事ですね。その、なんて言うか……」
( どーしたも、こーしたも。そんなの決まってるじゃないですかぁ)
やっぱり緊張感から、ややしどろもどろになりながらも、私たちの後ろを通りかかった20代前半くらいの綺麗なウェイトレスさんに、すかさず、カフェオレの追加注文を済ませた。
そして、心の中で再度自分に気合いを入れ直す。
(今度こそ、勇気を1000%出し切って告うんだ! ちゃんと現実を受け入れて、前へ進めるように。)
告白するって、こんなにも勇気のいるものだったっけ? と、改めて痛感している。それに、振られると分かっていて告うなんて、今までの私ではあり得なかったことだ。
いつも、自分に不利だと感じては逃げていたから。でも、これからはもっと自分を好きになりたい。
だから、今度こそ深呼吸してゆっくりとだけれど想いを伝えることにした。
「じつは、私の片想いしている人って……」
そこまで言えた。途端、テーブル脇に置いておいた私のスマホが、ブブーッという鈍い音を放ちながら小刻みに揺れた。
タイミング良すぎ。と、内心思ってしまったけれど、成瀬くんからの電話だと気づき、急いで通話部分をスライドさせる。
「もしもし……」
ふと、中村さんと目が合い、咄嗟に逸らしてしまう。
それからしばらくの間、成瀬くんとの通話が続いた。
その結果、日時はまだ未定だけれど、吉沢さんの自宅にて、ホームパーティ形式で行われることになり。食材などは、それぞれが持ち寄るとして、バースデーケーキに関しては、吉沢さんが用意してくれるという。
成瀬くんにはもう、私が中村さんに苦戦していることがバレバレで。
話しの最後に、「絶対に大丈夫だから、ちゃんと伝えるんだぞ」と、また励まされ、念を押されてしまった。
通話を終える。と、ほぼ同時に運ばれてきたカフェオレを目前に、空のコーヒーカップを片付けて去って行くウェイトレスさんを見送り、改めて、一口飲んで息を整えた。
次いで、相変わらず窓の外を見遣ったままの中村さんから、「そういえば、もうすぐだな。誕生日」と、言われ、私は少し照れながら返す。
「はい。25になっちゃいます」
(覚えててくれたんだぁぁ。なんか、嬉しいな……)
聞かれてはいないけれど、今の電話は成瀬くんからで、今月のどこかで誕生日会をすることを伝える。と、中村さんは瞳を厳かに細め、足を組み直しながら残りのコーヒーを飲み干した。
「誕生日で思い出した。
「え、ちょっと待って下さい。斉藤さんが、そう言ってくれたんなら、絶対行かなきゃですよー! というか、私がまた会いたいだけなんですけどね」
去年の誕生日は、日本酒の飲みすぎでかなりな醜態を見せてしまったし、美味しい料理やバースデーケーキまでご馳走になってしまったから、今年はまた祝って頂きながらも、何かを返したい気持ちでいっぱいになった。
「その時は、また……中村さんも、一緒にお祝いしてくれますか?」
そう言って、上目遣いに中村さんを見る。すぐに、少し驚いたような瞳と目が合って、恥ずかしさからまた俯いた。
「……ダメですかね」
返事がない。
告白するのと同じくらいドキドキしている。
「い、忙しいですもんね。なんか、我儘言ってすみませんでし……」
「最初からそのつもりだった」
「……え?!」
あの日、酔っぱらって愚痴ってしまった夜と同じ柔和な眼で、私を見つめてくれていた。
しかも、普段の中村さんからは程遠いと思われる、とても穏やかな声音に勘違いしてしまいそうになる。
「そうしなければ、また
いつもの、口調に戻ってしまったけれど、一瞬でも、まるで私のことを考えていてくれたかのような錯覚を受けた。
中村さんの誕生日には、ご本人はもちろん。私もみんなも忙しすぎて、何も出来なかったから、また一緒に過ごせたらどんなに楽しいだろう。
今だけでもいいから、都合の良いように自惚れていたい。
「でも、その前に……私は、その人に気持ちを伝えたいと思っていて……」
私の中で、「今だ、告え!」と、もう一人の自分が叫んだ。
「じつは……」
( 頑張れ!わたし……!)
「私の片想いの相手って、中村さんなんです!」
とうとう、口に出してしまってから、おそるおそる俯き加減な顔を上げる。と、すぐに呆気に取られたような視線とかち合い、私は恥ずかしくて両手で顔を覆った。
「……マジ、か」
思った通り、戸惑いの声を耳にして、さすがに声も震えてしまう。
「ま、マジです。最初は、その、ただの憧れだったんですけど、気が付いたら……す、好きになっていたっていうか……」
24回目の誕生日の夜から、何となく意識し始めたこと。前回作のイベント打ち合わせの後、タクシーの中で伝えた言葉は、敬愛ではなく恋愛感情だったこと。熱が出て、一人で帰れなくなってしまった時、家まで付き添い、美味しい卵粥まで作って貰えて嬉しかったこと。
何より、まだまだ未熟な私に音響の面白さを教えてくれた、唯一の人だということ。
想いの全てを、ゆっくりだけれど一つ一つ伝え終わると、中村さんは視線を落としたまま、訝し気に眉を潜めた。
「中村さんには好きな人がいるし、私なんかじゃ釣り合わないことも分かっているんですけど、どうしても気持ちだけは伝えたくて……」
喉の下辺りがギューッとなって、
「ちょっと、待て」
「ごめんなさい! あの、やっぱり今までの全部忘れて下さい! ここまで言っておいて忘れて下さいはないと思うんですけど」
「だから、ちょっと待てって。俺にも話をさせろ」
言いながら、中村さんは私の方を向くように腰掛け直し、真剣な眼差しで私を見つめてくる。
私はというと、告白出来たという安堵感と、とうとう返事を聞く時が来てしまった。という、絶望感とが綯い交ぜになって、いよいよ泣きそうになっていた。
「今、お前から告われている間ずっと考えてた。俺の勘違いだと思っていたんだが……」
「あの、ほんとに私、告えただけで十分なんで……」
「水野、俺は……」
「だから、返事はいりません!!」
ただ単に、聞くのが怖かっただけ。改まって断られるのが、嫌だっただけ。もう、中村さんとの楽しかった時間を取り戻す事が出来なくなるかもしれない。と、いう現実と向き合いたくなかっただけ。
「本当にいらないんだな。俺からの返事」
「そんなの、聞かなくても分かってますから……」
「俺の好きな奴がお前だって言ってもか?」
一瞬、言っている意味が分からなくてぽかんとしてしまう。
「はぁ?! 何を言っちゃってるんですか?」
「そっちこそ、何を聞いてた」
「な、何でキレてるんですかぁー?!」
「お前がアホなこと言うからだろーが。もう二度と言わねえから、よく聞いとけよ」
そう言って、中村さんは私の右腕を掴んで引き寄せると、「俺も、お前のことを想っていた」と、少し照れながらも、ハッキリと言ってくれたのだった。
「ま、マジ……なんですか……?」
「二言は
「信じていいんですね!?」
「しつこい」
「じゃあ、ハッキリ言って下さい」
「何を……」
「私のこと、どう想ってくれているのか」
「……お前、言うようになったな」
視線を逸らしながら、ジトっとした目でそう言って、一呼吸する。と、中村さんは、私をじっと見つめ、意を決したように口を開いた。
「好きだ。俺と付き合ってくれ」
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