第1062話◆閑話:アルベルト・ドットリーナ――Ⅰ
俺の名前はアルベルト・ドットリーナ。
ドットリーナ公爵家の六男だが、父であるドットリーナ公爵が使用人との間に作った庶子であるため、貴族なら誰しも持っているセカンドネームが付けられることはなかった。
ドットリーナ公爵と血が繋がっていることは間違いなく、息子として認知されドットリーナの名を名乗ることを許されているが、公爵夫人達の息子達とはまったく扱いが違う。
いいや、ドットリーナ公爵家の駒という意味なら同じなのかもしれないが。
あちらが政治的地位のための駒だとすれば、こちらはその裏で暗躍するための駒。
使い捨てても問題のない、しかしドットリーナ公爵家の血が混ざっている駒。
そして俺は使用人の子でありながら、ドットリーナ公爵家の血の特色が強く出ている。そのうえ母方の特色も引き継いでおり、自分でいうのも何だが生まれ持った才能には非常に恵まれている。
それ故に婚外子でありながらもドットリーナ家の籍に入れられ、表向きはドットリーナ公爵家の者として扱われている。
表向きは。
ドットリーナ公爵には三人の夫人がおり、それ以外にも愛人――というより、ただ子を産ませただけの女性が何人もいる。
ドットリーナ家の血が流れる、能力の高い子供欲しさに。
俺の母親もその一人で、俺はその成功例。そして数少ない生き残りだと聞いている。
ユーラティア王国の古くから存在する上位貴族家の多くは、王家から別れた家門、もしくは王家から嫁入り婿入りがあり、そしてそれらの血を引く者が更に他の家門と婚姻すると繰り返し、どこかしらで王家の血が混ざっているといわれている。
竜が創った国という伝説のあるユーラティア王家の。
嘘か真か、建国に関わった竜の血が王家には流れているともいわれており、実際に王家や王家に近しい家門には強力なギフトやユニークスキルを持った者が生まれやすい。
しかしその話が真だとしても血というものは代を重ねれば薄くなっていくもので、古の祖先の片鱗を感じさせるほどのギフトやユニークスキルを持つ者の出現は減少傾向にある。
ただし、王家以外。
王家から別れ出た家門そして過去に幾度も王家と婚姻関係を結んでいるドットリーナ公爵家さえもその例外ではなく、特異な能力を持つ者が生まれてくることがだんだんと減っていた。
そのことに焦り血の濃さだけを求め近親婚を繰り返した結果、身体能力すら衰えの傾向を見せ始めていたのが近年。
そんな中であの悪習が始まったと古い使用人に聞いた。
あの悪習とは、上位の貴族家の故に血統を重視し迎えられる夫人達とは別に、特異なギフトを持つ者や能力の高い他種族や他種族の血の混ざる者を買収し、時には恋愛感情を使って囲い込み、ドットリーナ家の血を引く子供を産ませるというもの。
しかしそれでもやはり、王家や奇人の輩出が多いことで有名なプルミリエ侯爵家に匹敵するほどの者が現れることはなかった。
そして当然のことながらその試みは夫人達やその子供達の反発は強く、結果その悪習で生まれた者は血筋であることを利用した駒とされることとなった。
それが俺が所属するドットリーナ公爵家の血縁で構成される暗部である。
それがエスカレートし胸くその悪い試みを始めたのは先代のドットリーナ公爵――つまり俺の祖父だと聞いている。
ギフトやユニークスキルの発現率の低さや身体能力の衰えに家門の衰えでも連想したのだろうか、特異で優秀な能力に異様な執着を見せていたのが、俺がまだガキの頃に死んだ先代ドットリーナ公爵。
遺伝で才能が現れないのなら、移植はできないかと悍ましい試みが行われることになった。
それが人間のキメラ化の研究である。
キメラ化――それは異種の生物同士を合成、もしくはその一部を移植するという技術である。
遥か昔から多くの国で研究されており、戦闘用以外にも医療や生活に関わるもの、また鑑賞用など多くの場所で活用されている技術である。
すでに技術が確立されおり少ないリスクでキメラ化は活用されている場も多くあるが、キメラ化は非常に困難で危険を伴う行為で、現在の技術は気の遠くなるほど膨大な犠牲の上に存在するものである。
そのような危険を伴う研究、そして生命を使った研究ということもあり、ユーラティアではキメラの研究及び製造には多くの規制が存在し、中でも人のキメラ化は特に厳しく、医療目的以外全面的に禁止をされている。
逆にいうと、医療目的なら許可をされるということである。
そしてドットリーナ公爵家はそれを行うだけの財力と権力を持っている。
こうして祖父の代からドットリーナ公爵家は医療用のキメラ研究に力を入れ始め、その裏で異種族や魔物の特異な能力を人間に移植する方法の研究を始めた――実際の人間を使って。
しかしその先代は俺がまだちっこいガキの頃にポックリと死んだ。
それはユーラティア人の平均寿命よりずっと早く、だがその見た目は年齢のわりにかなり老けていたのと何となく覚えている。
その先代を間近で見て育ち、先代が優秀な能力と竜に血筋に執着しながらも急速に老いて死んでいった現実を目にした現ドットリーナ公爵――俺の父親は、先代よりも更に特異な能力に執着するようになり、それと同時に寿命というものに強烈な恐怖を抱くようになった。
それは俺がアベル――エスクレントゥスのところに、間者として送り込まれてしばらくした頃だった。
普通の子供なら物心つくかつかないかの年頃だったが、体は人間の年齢通りの子供でありながらも頭の方は恐ろしく早熟で、その歳ですでに自分の立場と役目をはっきりと理解していた。
その立場とか役目っていうのは、あの胸くその悪い場所で刷り込まれたものだったのだが。
公爵家に勤めていたという俺の母は、魔族の血を引いていたとかで祖父に目を付けられ、祖父の命令で父との間に子供を作った――それが俺である。
俺の記憶がはっきりしたのは、まだ一歳にもならない頃だったと思う。それはさっぱり理由のわからない激しい苦しみの後だった。
詳しいことはよくはわからないが、後に聞いた話によると早熟の種族とのキメラ化に成功したとかなんとか。
だから俺にはその頃からの記憶が残っている。
今にも死にそうな爺がキメラ研究の進展に喜びを露わにする姿も、同じく歳のわりに老けている父が自分の名を知らなかったことも、そんな父に施設の研究員が俺がアルベルトという名であると教えていたことも。
だけど何故か思い出せないのが母親の顔。
そりゃそうだ、俺は生まれてすぐ母親と引き離されキメラの研究施設で育った。
生き残ればドットリーナ公爵家の駒となる実験体として。
母親は金を貰って俺をこんなところに産み落としただけの女、思い出す必要もない。
母親のことはさっぱり憶えていないが、いつも俺の世話をしてくれていた女性の研究者はよく憶えている。
繰り返されるキメラ化の試みと、その苦痛。
俺の記憶がはっきりをしていることが認識された瞬間から始まった、公爵家の駒となるための刷り込みと厳しい教育。
その中で、唯一それ以外のことをたくさん教えてくれた人だった。
言葉の勉強といって、たくさんの本を読んでくれた。
音を聞き取る訓練といって、たくさんの歌を歌ってくれた。
たくさん眠った方がよく成長すると、いつも寝かし付けてくれた。
毒を知るためには毒ではないものも知らなければならないと、よく菓子をくれた。
新たなキメラ化が成功する度に、成功して良かったと抱きしめてくれた。
しばらく会っていないが、彼女はきっと今でも公爵家の施設で働いている。
体調不良という理由で施設に顔を出せば、検査をしてくれるのはだいたい彼女だった。
ここのところ色々バタバタしていたせいで一年くらい施設には顔を出していないけれど、今回の仕事が終わったら体調不良を理由に会いにいこうと思っている。
見た目は人間のキメラとなった俺は幾度ものキメラ化の成功だけではなく、ドットリーナの血筋から発現したと思われるギフトに加え、魔族の血を引く母親譲りだと思われる魔力量と魔法への適性も合わせ持っていた。
そのことでドットリーナ家の六男として名字を与えられた俺は、馬車事故で母親が行方不明になったばかりのアベル――エスクレントゥスのところへ、将来の側近候補という名目で間者として送り込まれた。
キメラ研究施設という狭い世界で育ち、その中での数少ない成功例、そして庶子でありながらドットリーナ家に迎え入れられるだけの能力を持っているという自負があるガキだった俺は、送り込まれた先で本物のバケモノ達に出会うことになった。
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