第1060話◆懺悔の洪水

 俺が纏うソウル・オブ・クリムゾンの炎は俺の体を焼くことなく、ナナシに刺されドロドロを溶け落ち始めたリュウノナリソコナイの体の表面だけを燃やしていく。

 肉の焼ける嫌なにおいがしそうな状況のはずなのに、逆にリュウノナリソコナイそのものが発している悪臭も浄化され少しずつ和らいでいるような気がする。

 おそらくシュペルノーヴァ由来の炎が持つ聖なる魔力で浄化されていっているのだろう。


 シルエットが投げたアンリミテッドインフェルノポーションの炎から吸収した魔力を使いきると、ソウル・オブ・クリムゾンは周囲を燃やす炎を急速に吸収し始め、屋内を燃やしていた炎は見る見る間に小さくなっていった。

 その吸収された炎も俺の体に纏わり付き浄化の炎となってリュウノナリソコナイの体から溶け出たものを燃やし、周囲が鎮火し吸収した火の魔力を使いきると、俺が体に纏っている炎もリュウノナリソコナイを燃やしていた炎もゆっくりと小さくなって消えた。


 シルエットが物騒なポーションを投げてからここまでほんの数十秒。

 そして――。



 アアアアアアアアアアア……アルアルアルアルアルア……ゴメンアアアアアアアササササササ……サイサイサイサイサイサササササササササ……サ……サ………………。



 ソウル・オブ・クリムゾンの炎が終息と反比例するように、耳の奥に響いていた声が強烈な慟哭となって頭の芯まで突き抜けた。

 それは激しく自分を責め、ただただ申し訳ないという感情。


 グラリときたのは密室での火災による息苦しさやソウル・オブ・クリムゾンのシュペルノーヴァの強烈な魔力や人に戻りつつあるリュウノナリソコナイの重させいだけではなく、"彼女”から流れ込んでくるあまりに重い感情のせい。

 リュウノナリソコナイの感情と体がずっしりと俺にのしかかり、このまま崩れ落ちてしまいたいほどに気分と体が下に引っ張られているような感覚に陥るが、この状況の中でそうなるわけにはいかない。

 リュウノナリソコナイを抱え込んだ体勢のまま、一度はグラリと揺れて下がっていきそうなった体と心をすぐに建て直す俺の耳にドリーとチュペの声が飛び込んでくる。


「グラン、今助けるぞ!」


「ケーッ!!」


 俺が抱えるリュウノナリソコナイを俺から引き離そうとこちらに手を伸ばすドリーと、俺の肩の上でブレスを吐き出す前兆のように息を吸い込むチュペ。


 俺に抱えられながらグズグズと気持ち悪く動くリュウノナリソコナイは、ソウル・オブ・クリムゾンの炎が終息し人の女性を思わせる形が見えてきたところで変化が停滞し、再び生命の暴走を思わせる無秩序な再生を始め歪な形に体の体積を増やし始め、まだ残るたくさんの口を大きく開きながらそれらで俺に噛みつこうとしていた。

 今までのリュウノナリソコナイよりもなかり手強そうな――ずっと深く昏い懺悔を抱えていそうな”彼女”を元に戻すには、短剣に取り憑かせたナナシではなく本来の姿のナナシでなければ力が及ばないようだ。


 その状況が、俺がリュウノナリソコナイに苦戦し飲み込まれるように見えたのか、ドリーとチュペの声からはピリピリとした感情が読み取れた。

 だが俺は大丈夫だから。


「俺は大丈夫だから、チュペはドリー達と一緒にリュウノナリソコナイが水路に逃げないように動きを封じてくれ。まだ火が残っているようなら、チュペに任せるぞ! この赤くて小っこくて可愛い奴はすごく頼りになる……アチッ! 何で炎を投げ付けるんだ! 可愛くて頼りになるって褒めて……アチッ! とにかく、まだ残ってるリュウノナリソコナイを頼む。俺はこいつをなんとかする、それからリュウノナリソコナイはできるだけ元にも戻す」


 ソウル・オブ・クリムゾンのおかげでシルエット投げた業火なポーションも建物の火災も沈静化したが、俺が抱えているリュウノナリソコナイ以外にもリュウノナリソコナイが徘徊していて、水路に繋が排水口に逃げられると厄介である。

 それにまだ階段の上には火の気配が残っているため、それも速やかに消さなければ呼吸にも支障が出てきそうだ。


 そちらを優先して欲しいことを告げると、人見知りが激しそうなチュペにペチペチと小っこい炎をぶつけられた。

 もー、模擬体とはいえ古代竜のプライドもあって俺以外の手助けをするのは嫌なのか? いやー、チュペは俺に懐きすぎだなー?

 だから、炎を投げ付けんなって! 今はドリー達を援護してやってくれ!

 俺はその間に”彼女”を鎮めるから。


「……わかった、だが絶対に無理はするな。リヴィダスはグランに付いてくれ、何かあったらグランの安全を優先しろ。それと当時に屋内の空気の清浄化も頼む。俺とシルエットはこの軟体生物の対処と、現場の保存と証拠の収集だ」


 渋い表情になりながらも俺の意見を受け入れてくれるドリー。

 ドリーとしてもできればリュウノナリソコナイを生かして確保したいはずだ。

 ただこの火災とリュウノナリソコナイの性質から生け捕りに拘るとパーティーに負傷者が出る可能性が高いため、安全を優先して生け捕りは可能ならばという方向なのだろう。


 立場上必要なことであったとしても、いざという時は確実にパーティーの安全を優先するのがドリーらしい判断である。

 たとえそれで自分に責任が発生しようとも何よりもパーティーを大切にするドリーだからこそ、ちょっと頑固で厳しくて融通が利かなくてゴリラでもみんなドリーをパーティーリーダーとして認め従っているのだ。


 このリュウノナリソコナイ達は、彼らの発生の手がかりであり証拠である。

 その大元が転生開花が示す嫌な予感だったしても、貴族屋敷の敷地内にいるということはリュウノナリソコナイの生成に貴族が絡んでいるということだ。

 手がかりを生きて残した方が事件の解決と今後の対策に繋がるということに加え、俺自身もこいつらをできるだけ生かしてやりたいから頑張るよ


「ナナシ、一度戻って元の姿になれ!」


 一度溶け落ちた体の表面をゴボゴボと沸き立たせリュウノナリソコナイが再び無秩序な再生を始めて質量を増し、スライムの捕食行動のように体を広げる姿を目の前で見ながらナナシに命令する。

 広がったリュウノナリソコナイの体に埋まるギョロギョロとしたいくつもの目に見つめられるが、それに怯むことなく俺は左手で"彼女”を抱えたままで右手の短剣を”彼女”から引き抜き腰の鞘に戻す。

 その時にはもうナナシは短剣から離れ、俺の手が短剣から離れると同時に俺の手の中に収まり煌びやかなクリスタルの剣の姿となった。



 それでリュウノナリソコナイの体を貫き――いつものように、いつも以上に流れ込んできた。



 ゴゴゴゴゴゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ………………ウンウンウンウンウン……デデデデデデデ…………ウンデ……マッテ…………ウンデシマッテゴメンナサイ――アルベルト。



 え?



 と思った瞬間、これまでにないほどに胸の痛みで呼吸すら困難になった。




 ウンウンウンウンウンウンウンダダダダダダダダダダダダダ……カラククククククククルクルクルク……ルクルシメクルシメメメメメタタタタッタッタッタッタ……ッ!!

 ウマナケレバナケレバナケレバババババ……バッババババババババ…………クルシメナカ…………ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイサイサイサイサイサイサイサイサイサイ――アルベルト。



 洪水のように懺悔の言葉が流れ込んできて、押し流されそうになった。


 彼である確証なんてないので、彼女の言うアルベルトがあのアルベルトだという確信めいたものがあったのは、流れ込んできた懺悔とそれに伴う記憶のせいだろうか。

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