第952話◆心配症な彼ら
やっべーやっべー、すっかり遅くなってしまった。
一杯だけのつもりが結構飲んでしまってほろ酔いどころかガチ酔い。
ガチ酔いで気持ち良くなって、ついつい収納からあれやこれや出していたらすっかり遅くなってしまって、箱庭から戻ったのは日付が変わる少し前。
やっべー、早く風呂に入って寝ないと明日の仕事に響いてしまう。
アベル達はあのまま寝ちまったかな?
いや、一度起きたとしても明日のことを考えてさっさと寝ていそうだな。
俺も戻ったらサッと風呂に入って寝よう。
新しい風呂をゆっくり堪能したかったのだが、それはまた明日以降でもでき――。
「はああああああああっ! 帰ってきた! グランが帰ってきたよ!!」
「やっとかぁ、まぁ手も足も頭もくっ付いてるから大丈夫そうで一安心だな」
「ふ、ふえぇ……グランさん、おかえりなふあぁ……」
うおおおお……箱庭から自宅のリビングに戻る扉を抜けたら、俺が箱庭に向かった時点で彼らがゴロゴロしていた場所にまだアベルとカリュオンとジュストがいて、俺の姿を確認するなり立ち上がって駆け寄ってきた。
ただ三人とも服装が寝間着になってしっとりとした石鹸の香りがプンプンとさせているところから察するに、すでに風呂は済ませているが寝ないで俺のことを待っていてくれたようだ。
ものすごく眉間に皺を寄せているが、眉が下がり気味のアベル。ああー……これは心配をしてくれているのだが、この後怒濤のお小言が始まる前の表情だー。
カリュオンの言葉が微妙に縁起でもないのも心配の表れだと思われる。
ジュストは眠いのに起きて、俺の帰りを待ってくれていたんだなぁ。目がトロンとして小刻みに瞬きを繰り返している。
「みんな食べ過ぎて苦しそうだったし、あんまり遅くなると明日に響きそうだけど一日一回限定なら行かないはもったいないしで、俺だけでいってちょこっと畑だけ弄って帰ってきたよ。ちょこっとね」
嘘は言っていない。嘘は。
事情説明は要点を簡潔に。
そして簡潔に説明してさっさと風呂に入って寝よう。明日のために!
「うん、寝ちゃった俺達も悪かったからね、でも無傷で帰ってきてよかったよ、すっごく心配したんだからね? 何も危ないことはしなかった? 高いとこから落ちたりしなかった? 変なものを拾ってない? 変な生きものに好かれてない? 爆発物とか投げてない? ん? お酒のにおい?」
ホント、アベルは心配症だなぁ。俺だってもうAランクの冒険者なのだから、そんなに心配しすぎなくて大丈夫だってば。
今日は畑を弄っていただけで危ないことはしていないし、空の上から落っこちるとかそう頻繁に起こることではないつか一度で懲りたのでもう空の上ではふざけないし、必要なものや金目のものは拾うけれど変なものは拾わないし、変な生きものに好かれるなんて滅多にないし、爆弾はここぞって時にしか投げていない。
って、やべ。酒のにおいが残っていたか。
下がっていたアベルの眉がピョンと上がり、獲物を追い詰める肉食獣のような鋭い表情になった。
帰ってくる前にニュン草の香り付きの飴を舐めて酒臭さは消したと思っていたのだけれど、チュペ達に頼んで浄化魔法をかけてもらえばよかった。
別にやましいことはないのだが、アベルに酒のにおいに気付かれて思わず目が泳いだ。
「無事に帰ってきたんだからいいじゃないか、やっべー酒臭さが少し気になるけど。ま、酒臭かったってことは酒が飲めるくらい平和だったってこった。そもそもついていけなかったのは、晩飯の後すぐにゴロゴロしてうっかり寝ちまった俺達が悪ぃからな。箱庭行きの鍵は一日一回しか使えないっつってたし仕方ねーな。昨日の落下事件の後だったから、心配しなかったといえば嘘になるけどな」
アミュグダレーさんがいるとクソガキみたいになるカリュオンだが、今はいつもの落ち着いた大人のお兄さんモード。
はーい、心配おかけしてすみませーん。おっしゃる通り一日一回でもう時間もあまりなくてカリュオン達は満腹で苦しそうだったので俺だけでサクッといってきましたー。
そして酒を飲めるくらい平和だったのも間違いありませーん。
もうバレたから箱庭で酒を飲んだことは素直に認めることにしよう。
「あれ? このお酒のにおいなんだか懐かしい気が……えぇと、お父さんやお爺ちゃんがよく飲んでたビー……」
おぉっと、ジュストがねむいねむい状態でポロポロしないように、正直者の俺は隠しごとをしないで打ち明けてしまおう。
こういう時に勘のいいジュストめ、というか犬だからにおいにも敏感なのだろうな。
「うん、飲んだ! ちょっぴり飲んだ! 酒を飲めるくらい平和だったというか、別荘の敷地から出てない! 畑を弄ったらいい感じに小腹が減ったのでちょこっと枝豆を食べてちょこっと酒を飲んできただけ!!」
「枝豆? 何それ? あれ? 何か聞き覚えがあるような……ないような……」
あ……しまった、勢い余って余計なことをポロッてしまったかも。
アベルが顎に手を当てて考え込み始めてしまった。
俺はあの時をすでに思い出しているが、アベルにはできればこのまま忘れておいてもらいたい。面倒くさいから。
「ああ~、前にアベルがいない時にちょこっとだけ食べた豆だな~。ソジャ豆とかいう東の方の豆だっけか? そういえば食い物ダンジョンから種を持って帰ってきてたよな?」
おい、カリュオン! 余計なことを言うんじゃねぇ!
「枝豆!? 枝豆ってあの枝豆ですか!? 僕、枝豆大好きです!!」
枝豆というワードに眠そうだったジュストの目が見開いて、尻尾がブンブンし始めたああああ!!
わかる、わかるぞ!! 日本人ならその反応は仕方ないことなのだ!!
「あ、思い出した。カリュオンが故郷から戻ってきた日だったかな? 俺が仕事から帰ってきた時にはすでになくなってたやつ。三姉妹の話だと確か豆……また、今回も食べられなかった……また……しかも箱庭の中にグラン一人ってことはきっとアイツらも一緒に豆を食べたに違いない……きっとグランだけだからアイツらを甘やかしまくって、アイツらもグランがチョロすぎるから調子に乗って……俺すらまだ食べたない豆を……」
やば、アベルの目からハイライトが消えどんどん曇っていって、何かブツブツ言い始めたぞ。
たかが豆如きで闇落ちしそうになる大人の男ってどうなんだ!?
とりあえず枝豆はたくさん持って帰ってきたからいつでも食べられることを話して、面倒くさい男と化しているアベルを落ち着かせないと……。
「カーーーーーッ!」
「うお!?」
闇堕ちしそうなアベルに気を取られていると、視界の隅っこからカメ君が俺の肩の上にすっとんできて浄化魔法をシュッシュッと乱射し始めた。
カメ君達は俺が箱庭に入った時と変わらずヘソ天で寝ていたのが見えていたのに、俺達が騒いでいるから起きちゃったかー。そして浄化をするほどビール臭かったか。
「キーッ!」
「モーッ!」
「ゲ……」
カメ君に続いて苔玉と焦げ茶ちゃんまでやってきて、めちゃくちゃ浄化魔法をかけられた。
そりゃあもお、この後風呂に入らなくてもいいくらいピカピカになるまで。
サラマ君だけはため息をついて一度シュッと温風系浄化魔法を飛ばしてきただけだった。
そしてラトは――寝てた。
この大騒ぎでも爆睡しているのは、マイペースなラトらしくもある。
きっと森の番人様がこんなにも無防備な姿で爆睡するのはうちが平和な証拠なんだ。
この後、箱庭の畑と新商品の話をして闇堕ちしそうなアベルをひっぱり上げて、明日の夜はデザートに枝豆をたくさん湯がくことを約束して追及を躱しきった。
そして一晩明けて、今日はリリーさんの実家、プルミリエ侯爵家で家庭教師の日だ。
すっかり慣れた先生モードのスーツにも、最初は緊張していた侯爵家のお屋敷にも慣れ、一週間ぶりにリオ君の部屋に踏み込んで即顔が引き攣った。
俺も、アベルも、カリュオンも、そして異世界歴の浅いジュストもそのことは訓練施設で習っていたようで小さな声でウワァと漏らしていた。
確かにウワァ……。
そしてウワァの視線の先には超笑顔のリオ君と、リオ君の肩の上にピッタリくっ付いているラピスラズリスライムのラピ君。
そう、ラピ君。
そう、名前。
一週間ぶりに会ったリオ君からの最初の報告は、ラピスラズリスライムのラピ君の名前だった。
ああああああああああーーーー、スライムに固有の名前を付けるという発想がなさすぎて、リオ君に”名付け”について全く教えていなかったーーーーーー!!
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