第930話◆やっぱり収納スキルが欲しい

「あーあ、クッキーがなくなっちゃった、おかわりはないの? あっつい中走り回って疲れたし、今日はもうこのままのんびりしたいよ」


 顔を上に向け、もう中身がないクッキーの袋に残るクッキーの残りカスをザラーッと口の中に流し込むアベル。

 貴族出身だとは思えない行動だが、俺も同じことつい先ほどやったばかりだ。


 俺は平民で貧乏性だから食べ物をちょい残しするのが苦手だから、お行儀が悪いと思いつつ最後のザラーをついやってしまう。

 アベルも冒険者になったばかりの頃は食に苦労したらしく、貴族出身だが食べ物を粗末にするような行動はあまりしない。野菜以外。

 細かく砕けたクッキーの残りをザラーとするアベルの姿は貴族のマナーとしてはありえないことに違いないし、いい大人のやるようなことでないのだが、それでも食べ物を粗末にしないこいつの行動は親しみを覚える。

 お貴族様には苦手意識はあるが、アベルのことは平気だしアベルのおかげで貴族への苦手意識が少し和らいだのは間違いない。


「おかわりはもうないな。収納スキルが使えないから持ってこれるものは限界があるし、ポシェットには手に入れたものを入れて持ち帰らないといけないから、荷物はギリギリしか持ち込んでない。もしもの時の非常食くらいはあるけど、それはもしもの時のためのものだからいくら今平和でも食べ尽くしたら意味がないからな」

 物欲しそうな目でこっちを見てもダメ。クッキーはもうない。

 非常用のカチカチゼリーは非常食なので非常用に残しておかないと意味がないから、こっちもダメ!


 アベルは貴族のくせに食い意地が張っていて、庶民の手作りクッキーをボリボリと美味しそうに食べる変人貴族。

 ま、そういう奴だから見た目が典型的なギンギンギラギラな貴族でも、初対面の時からあまり苦手意識が湧かなかったのだろう。

 生意気なクソガキだとは思ったけど。


「ケー……」

「チュペもそんな顔をしても、もうクッキーはないぞ。ケサランパトラト君とディールークルム君もな」

「ピェ……」

「…………」


 クッキーのおかわりが欲しそうなのはアベルだけではなく、チュペやケサランパトラト君やディールークルム君も。

 そんな上目遣いをしてもないものはないから。


「おやつはもうお終い! ここは収納スキルが使えないから、食べ物は必要な分しか持ってきてないの! あぁ~収納スキルが使えたらなぁ~、おやつもたくさん持ち込めるし豪華な食事も持ち込むことができるんだけどなぁ~。この箱庭世界は空間魔法系の制限がきついみたいで、外部から持ち込んだマジックバッグも俺の収納スキルも使えなければ、アベルの収納空間系の魔法も遠距離転移のテレポート系の魔法も使えないんだよなぁ。は~、マジ不便だぜ」

 俺が日頃収納スキルに頼りすぎで、収納スキルや大容量のマジックバッグがない冒険者はこんな感じなんだろうなぁ。

 一度便利なものに慣れると、不便には戻れない体になってしまうんだよ。

 俺にとって収納スキルは記憶が戻った時からの付き合いで、あって当然のものだしなおさらだ。


「ねー、空間魔法があって当たり前だったから不便すぎるよ。収納空間が使えれば美味しいお茶だけじゃなくて、ティーセットやテーブルも持ち込んで地べたに座らずにティータイムができるのにねー。それにやっぱグランの収納が使えるとできたての料理がバンバン出てくるじゃん? こんな綺麗で気持ちいい場所だから、美味しいお茶とお菓子でティータイムを楽しみたいなー」

 上流から吹いてくる涼しい風に揺れる髪をアベルが掻き上げる。


 流れる川の水面が夏の陽の光を反射してキラキラと光る光景とサラサラと流れる水の音。

 川の流れに沿うように上流から吹き抜ける涼しく心地の良い風とそれが川沿いの木々を揺らす音。

 ここにいるだけで癒やされているような気分になる。


 いや、実際にこの辺りを満たす自然の魔力によって非常にゆっくりだが癒やされているのだ。

 治癒魔法という形にならなくとも、美しい自然に満たされた場所の魔力には僅かながら治癒効果がある。

 綺麗な水辺に生きものが集まってくるのはそれ故に。


 ほら、川の周辺には小鳥や小動物の姿が。

 おっと、距離は離れているがでっかい熊さんもいるな。幸い、俺達の強さを感じ取って近寄ってこないみたいだから、そっとしておこう。

 今の俺達は休憩中なのだ。


 こんな気持ちのいい場所だからたくさん料理を持ち込んで、ピクニック気分に過ごすのもいいなぁ。

 バーベキューもいいし、みんなでわいわいとカレーを作るのもいい。


 でもなー、調理器具や食材をごっそり持ち込むは大変なんだよなぁ。

 前世みたいに車はないから自力で背負って行くことになり、荷物が増えれば体力を消耗し戦闘にも影響が出る。

 そういう事態を避けるため、冒険者パーティーはポーターと呼ばれる荷物持ち専門の冒険者を雇うのだ。

 王都にいた頃は俺もポーターとしてパーティーに呼ばれることが多かったが、それはすっごいマジックバッグに見せかけた収納スキルのおかげだ。

 やっぱ俺は無意識に収納スキルに頼りすぎなんだよなぁ……攻撃も収納スキルに頼ったものも多いし。


「だなー、せっかく気持ちのいい場所だからたくさん料理や食材を持ち込んで、美味しく楽しくプチパーティーをしたいよなぁ」

 俺が収納スキルに頼りすぎなのは、いつかそのうちちゃんと対策を考えて改善するとして、気持ちのいい場所にくると美味しいものは食べたくなるもんだよなぁ。

 収納がないとあらかじめ作っておいた料理を持ち込むのは難しいが、食材と器具を持ち込んで料理することはできるから、カリュオンとジュストも一緒の時に戦闘や探索は諦めて荷物を減らし、代わりに食材や器具を持ち込んで川辺でプチパーティーをするか。


「ケケッ?」

「ピエピエピッピッ!」

「…………ッ!」


 と、川辺のプチパーティー計画を頭の中に描いていたら、チュペとケサランパトラト君とディールークルム君が何か会話でもしているように顔を見合わせて頷き合っている。

 しかしトカゲ語も綿毛語も植物語も俺にはわからない。

 俺がプチパーティーをしたいといったからそれに参加する計画かな?

 もちろん大歓迎だぞぉ。


「プチパーティーをする時はみんな一緒でやろうな。その時は何とか食材をたくさん持ち込むから、楽しみにしておいてくれ。でもやっぱ、収納スキルがあった方がうちで作ったものも色々持ち込めるからなー、そこがちょっと残念だなぁ~」

 収納スキルに頼りすぎなのはわかっていても、野外で作るのは難しい料理をあらかじめ家で作ってできたてをそのまま持ち歩ける収納は便利でいつだって使いたいんだよ。


「ケッ!」

「ピッ!」 

「……ッ!」


 相変わらずチュペ達が何か話している様子だったが、突然俺の方を振り返り揃ってガッツポーズみたいなジェスチャーをした。

 うむ、何がいいたいのかわからん。

 とりあえず改めてプチパーティーをする時は彼らもやってくるだろうという確信だけはあった。


 彼らの謎の話し合いとガッツポーズの意味など何も気にかけることなく。


 飲み物もクッキーもなくなり、休憩タイムもそろそろ終わり。

 うちに帰る時間まで、キノーを貯めるための素材集めをがんばるか。





 ――と、その前に。

 大事ということでもないけど、先ほどアベルが言っていたこと思い出した。


「で、アベルの愛称だっけ? よっし、任せろ! 俺の最高のネーミングセンスで、超かっこいいあだ名を考えてやるぜ!」

「あ、それやっぱいい。さっきのは気の迷い。やっぱアベルって呼んでくれていいよ」


 思い出してめちゃくちゃ張り切ろうという気持ちになりかけていたのに、ものすごく冷めた表情で言われた。


 お前が言い出したことなのに我が儘な奴だな!!


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