第823話◆光溢れる世界
それはあまりにも白すぎて、何もない中を歩いているようにすら感じる。
そしてその白さはあまりに眩しく、まるで光そのものの中にいるような気分になってくる。
その中でもう俺は確信していた。
この先にいるのは光属性の強大な竜だと。
壁も床も天井も真っ白な大理石。その全てが光の魔力で満ち溢れている。
まっすぐに伸びる廊下は妙に長く感じられ、その先の階段は妙に高く感じられた。
その先にある巨大な扉も真っ白で、その真っ白の中には扉いっぱいに竜のレリーフが彫り込まれていた。
それは逞しい四肢に一対の翼、長い尻尾を持つ竜らしい竜。
カメ君のいた島にあったシュペルノーヴァの石像をそのまま真っ白にしたような姿。
その姿を見た瞬間、周囲の光属性が急に厳かなものに感じられた。
考えるより先に理由を頭が理解して、本能的にこの扉を開けてはいけないと思った。
だって扉の先で寝息を立てているのは――。
強烈な光属性。竜らしい竜。
いや、そんなわけが。
そんなものがBランクのこのダンジョンにいてたまるか。
いや、Aランクのダンジョンにだっていてたまるか。
だがここは何が起こるかわからないダンジョン。その何が起こるかわからないダンジョンの中の、更に何が起こるかわからない特殊な場所。
カメ君だってAランクのダンジョンにいた。
あのダンジョンにはダンジョンが作り出した古代竜が眠っている気配もあった。
そう思うと、ダンジョンがありえないほど強大な存在を作り出していたとしてもおかしくないじゃないか。
いや、そんなことがあるわけがない。だが、ダンジョンには絶対はない。
正反対の考えが頭の中で繰り返し浮かびながらも、扉の向こうの答えはほぼ確信になっていた。
早く、ここから離れなければ。
扉が開く前に。扉の向こうで眠る竜が目覚める前に。
なのに足が床に縛り付けられたように動かない。
違う。長く感じているこの時間は、実際にはほんの一瞬。
俺達がこの巨大な扉の前に立ち、それに刻まれた純白の竜のレリーフを見上げてからほんの数秒。
数秒で頭は理解し確信したが、体が動き出さなかった。まるで金縛りにでもあったかのように。
その間に白く巨大な扉がゆっくりと左右に開き始める。まるで扉に、扉に掘られている竜に意思でもあるように。
そして扉の向こうの存在――光の古代竜、太陽王アルコイーリスの姿が俺達の視界を支配した。
アルコイーリス、火の古代竜シュペルノーヴァと並び最古であり始祖の古代竜といわれている光の古代竜。
人から見える場所で活動をするシュペルノーヴァと違い、数千年単位で目撃も記録も全く残っておらず、その所在や生死は不明とされて様々な説が唱えられている。
その二つ名の通り世界で一番太陽に近い場所にいるとか、長く生きすぎた故に深い眠りに就いているとか、創世神に変わりこの世界を見守っているとか――。
古代竜の始祖の一隻であるアルコイーリスは、シュペルノーヴァ同様に竜らしい竜の姿をしているという。
そしてその体の色は光属性を象徴する白みの強い金色。
遠くから見れば真っ白に輝く光に見え、空を飛ぶ姿はまるでもう一つの太陽であったと古い文献に書き記されている。
その意味を俺は一瞬で理解した。それと同時に今まで何故これほどまでに強大な存在の魔力を感じなかったかも理解した。
理解した時には周囲の光の魔力が吸い込まれるようにアルコイーリスに収束しており、それが再び光となって周囲を白一色に塗り替えていた。
開く瞬間に見えた扉の向こうに見えた緑溢れ無限に広い庭園も、その詳細を俺が理解する前に白が無限に広がる空間となっていた。
目の前にあったはずの扉も、俺達が歩いてきた白い大理石の廊下も階段も、全てが一度白く輝く巨大な竜に収束した後、白い光となって水の上に広がる波紋のように視界の全てを白だけが広がる空間に塗り替えていった。
そしてこの場の主と俺達以外は白だけが広がる空間。
壁も床も天井も、全てが白に塗り替えられ何もない平坦な空間が無限に広がっている。
俺達の魔法耐性が低ければ、あるいは光耐性が足りていなければ、共に白に塗り替えられていたのではないかという感覚すらあった。
いや、ちっぽけな俺達、ちっぽけな俺達が身に着けているような装備では、この無限に強大な力に対抗することなどできるはずがない。
今はまだ、俺達がここに存在することを許されているだけだ。
これほどの存在を今まで気付かなかったのは光属性だから。
俺達の視界の中にあって当然のものだから、この世は光溢れる世界だから、その中で当たり前のように生きているから。
存在することが当たり前すぎて、その存在に気付かなかった。それがどんなに強い力だろうと。
だから、こんな大きな存在に今まで気付くことができなかった。
だって太陽という次元の違う強大な存在を、俺達は日頃からそこにあって当然の存在だと思っているから。
それが存在する時間は、それに照らされていることを当たり前だと思っているから。
当たり前すぎて気付かなかった存在が、扉が開き溢れ出し全てを塗り替えその存在を知らしめた。
近付いて始めてその強大さを思い知る。
それは決して近付きすぎてはならない存在。
開けてはいけない扉だった。辿り着いていけないボスだった。
そう思ったがもう遅く、今はそれを悔やむことより次に取れる行動を考えなければならない。
戸惑いを感じている時間さえ無駄だと頭の中から斬り捨て、白い空間にまだ慣れない目で正面にいるこの空間の主役達を凝視した。
主役達と俺達の間にはまだ距離があるはずなのに、もうすぐ目の前にいるように錯覚する。
白だけが支配する空間の巨大すぎる存在故に、距離感がおかしくなるのだ。
強大すぎる主役達――目を閉じて眠る白く輝く金色の鱗の竜と、その竜が寄り添っている大きな樹の幹。
元は大きなものだと思われる樹は枝分かれする手前でポッキリと折れた状態で、すでに枯れてしまっているのか残った幹の部分には葉も新芽のようなものも見えない。
その樹を守っているのか、それともそこで居眠りをしているだけなのか、金色の鱗が自らの光の魔力によって白く輝いて白金に見える巨大な竜が、幹だけとなっている巨木に巻き付くような体勢で眠っている。
「アルコイーリス……」
無意識にその竜の名が口から漏れた。
そんなわけがあってたまるかという願いと、そうではないかという予感。
ダンジョンが模して作り出した存在で本物より遥かに弱いとしても、人間とは次元の違う存在。
その予感が思い過ごしであって欲しいと思うが、肩の上にいるカメ君がキュッと俺の髪の毛を強く握り、そこから伝わってくる緊張感で俺の出した答えが間違っていないのだと確信した。
「アベル、究理眼は使うなよ。今は眠っているようだから、刺激をするな」
「大丈夫、わかってる。究理眼を使わなくてもわかるよ…………アルコイーリスで間違いない。……古い文献で見たアルコイーリスの特徴に全て合致しているから。ええ……ダンジョンってそんな存在まで作り出してしまうの……」
カリュオンの声には全く余裕がなく、いつもなら何でもかんでも即究理眼を使うアベルが今回はそれをしていない。
だがアベルも、このやっべー魔力の感じと持っている知識で、この竜がアルコイーリスを模したものだと確信しているようだ。
「すみません、勉強不足でアルコイーリスというのは初めて聞くのですが、この竜がやばいのは僕にもわかります」
この世界のことをあまり知らないジュストは、古代竜という存在のこともまだ学んでいないのだろう。
だが目の前にいる存在のやばさはすでに感じているようで、耳も尻尾もシオシオと垂れてしまっている。
光属性のボスという可能性を考え、道中で拾った対光属性用の装備を付けてきたが、さすがにアルコイーリスをダンジョンが作り出しているとは予想外すぎる。
もはや次元が違いすぎて、多少光耐性を上げたところでどうにかなるような相手ではない。
先ほどまで張り切っていたカメ君達なら何とかなるのだろうか。
俺の髪をキュッと握りながら、わざとなのか無意識なのか尻尾の先端が俺の首筋に触れたまま動かなくなっている。
そこにあるのは戸惑いと動揺か。それとも不安か。
ただ先ほどまでの元気がシュンと萎んでしまったような気配だけは感じた。
それは苔玉ちゃんと焦げ茶ちゃんも同様で、困惑したようにチビッ子達同士でお互いの顔をチラチラと見ている。
これは俺達は戦ってはいけない相手だ。
本能的にそう感じ、カメ君達の様子を見て彼らに力を借りることも断念した。
戦わない決断をしたら、次はここから速やかに撤退しこの空間から脱出する方法を探る。
壁も天井も扉も真っ白に蹂躙され、主役と俺達以外は白だけが広がる空間。
視界の端っこに眠るアルコイーリスを入れたまま周囲を確認すれば、遠くに赤い光が浮かび上がって見えた。
方向的に撤退時に利用しようと思っていた脱出用の転送魔法陣だ。
この竜を起こすことなくあそこまで退けば、無事に帰ることができる。
そしてもう一つ。
俺達の正面、眠るアルコイーリスとそれが巻き付いている樹の幹のすぐ斜め後ろに、紫色に光る魔法陣が見えた。
紫色は出口への魔法陣。
同じ外に出るにしてもこの階層を踏破したということになる魔法陣。
まぁ、踏破したからといって何があるわけでもないで、赤と紫どちらから脱出しても構わない。
近いのは紫。
ただし眠るアルコイーリスの横をすり抜けなければならない。
赤は遠いが、このままアルコイーリスと距離を取りながら向かうことができる。
アベルの転移魔法で行けばいいが、魔力の動きに気付いて目を覚まされる危険もあるため、転移魔法を使うにしても少し距離を空けたい。
こちらの方が安全だとは思われるが、魔法陣まで移動する時間にアルコイーリスが目を覚まさないとは限らない。
どちらにする?
もはや素材とかお宝とかいっている場合ではない。
とにかく全員で生きてここから脱出することが最優先だ。
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