第700話◆閑話:お行儀の悪い留守番

「ふああああああ……やっと終わったみたいね。今日は月がないからすごく眠いわ。しかもあのカメカメ呪文のせいで更に眠くなっちゃったわ」


「今日は月がないせいで、日が落ち始めてからは眠いだけではなく力が弱まってしまって、あの方が起きた原因までは覗けませんでしたわ」


「でもマグネティモスさんは寝直したみたいですしぃ、もうダンジョンの住人さんが増えすぎることはなさそうですねぇ。グラン達は今日は帰ってこられなそうですねぇ。冒険者というのは、本で読むよりずっと大変そうですねぇ」


「うむ、今日は帰って来ぬようだが酒の相手にドリュアスの長老ミッシィアニエルを呼んでおいたので問題ない。グランと食を共にするようになって以来、すっかり酒の相手がいる生活に慣れてしまったな」


「なんじゃ、突然呼びつけたと思ったら一人酒が寂しかったのか。まぁ、酒というものは一人で飲むのもよいが、誰かと飲むのも楽しくてよいのぉ。それにしてもその水鏡の先はペトレ・レオン・ハマダのダンジョンですかえ?」


「そうそう、グランが突然普通探しにダンジョンへいくって出かけていったのよね。そこでトラブルに巻き込まれてるけど、よく考えたらグランにとってはそれくらい普通のことかもしれないわね」


「ふむ……ペトレ・レオン・ハマダのダンジョンは訳あり故、寝相の悪い土竜殿が突然寝返ってもおかしくない場所じゃのぉ。妾も冒険者をやってみた頃にあの地方で起こったスタンピードの始末に参加したことがあるぞえ。人間の機関というものは柵も多い故に、物事への対応のための段取りも多く時間がかかるのが面倒じゃのぉ。彼奴らも今日明日には戻って来られぬかもしれんな」


「あそこは休眠期のマグネティモスが過ごされている場所でしたわよね。といっても休眠期の方が長い御方だと記憶しておりますが……前回目覚められた時から千年は過ぎましたかしら?」


「うむ、そのくらいか? あいつはたまに人のふりをして人の社会に紛れ込むが、すぐにあそこに引き籠もって眠りに就く。情が移った者が先立ち悲しみにくれ地の底に引き籠もり長い眠りに就くが、目が覚めると再び人恋しくなって人の社会に紛れ込み、そしてまた――を繰り返している奴だな。その眠りが人間の寿命より遥かに長い故に、少し起きて人に紛れまた長く眠るというのを繰り返しているのだ。しかし強大な存在故、寝相が悪いと周囲に大きな影響が出るのだ。古代竜という存在も難儀なものだな」


「寝ている間は魔力の制御が甘くなりがちですからねぇ。ラトもお酒を飲み過ぎてそのまま寝ることが多いので気を付けてくださいねぇ。そういえばマグネティモスさん、一度起きてしまわれましたからこのままお目覚めになるかもしれませんねぇ」


「む、私はマグネティモスと違って酒には強いし悪酔いもしないぞ。それに奴のように寝相は悪くない。それにしてもカメめ、この辺りでは手に入らぬ酒を隠しもっていたか……しかも酒に弱いマグネティモスにくれてやるとはもったいないもったいない。あれは南の暑い地方の酒か……ふむ、シュペルノーヴァの馬鹿野郎が手土産に持って来たら、そろそろ森で火を吹いたことは許してやるか」


「ホホホ、確かにあの土竜殿は酒には弱い方じゃったのぉ。最後に見かけたのは、皇帝竜殿が『一つの大きな力にいつまでも頼ることで成り立つ国は、澱み怠惰になり未来を失う』と言ってあの国を離れた頃か? 覚えておるぞ、土竜殿と皇帝竜殿が辛気くさい顔をして森竜殿のとこにいっては酒を飲んで、しつこく絡まれた森竜殿がなんとも面倒くさそうな顔をしておったのを」


「それでも奴らは何だかんだで仲は悪くなかったようだな。一時期はカメもその中に混ざっていたようなないような。ラグナロックもマグネティモスもあの国が今の国になった頃は見かけていたが、ここ数百年はどちらも噂すら聞かないな。各地にある樹の者との話でも奴らのことは聞かない故、おおかたどちらも休眠期なのだろう」


「休眠期か……今の時は目覚めておる古代竜が多いよの。これほどまで目覚めている者が多いのは、皇帝竜殿がその名を冠したあの騒動の時以来か。久しぶりに賑やかな時代になりそうじゃのぉ」


「複数の古代竜達の活動が活発になれば、世の魔力がバランスの取れた状態で豊かになり、この森の――樹もよく育ち根も深く広く広がることだろう。いつの日か元の樹ほどの力をもてば、私も三姉妹も森から離れ外の世界を見ることができるようになるだろう」


「昔に比べれば随分広がりましたけど、まだまだ外の世界を見るほどではありませんわね」


「でも今はグラン達が外の世界を見せてくれて、話を聞かせてくれるから楽しいわよ。その分、外の世界が更に気になるようになったけど」


「私達には時間はたくさんありますからぁ、いつか見ることができますよぉ。でもできればグラン達と一緒に見たいですねぇ」


「そうですわね、グランと出会ってから生活が急に賑やかになりましたわね……あの頃みたいに。あの頃も力のある古代竜の皆様が次々に休眠期を明けられて、ガーランドやヴァッサーフォーゲルの周りに集まってきて、森が賑やかだったのを思い出しますわね」


「あの頃は妾はまだ若木だった故に怖いもの知らずで、あまりに外の騒ぎが楽しそうでついあの者達に絡んでしもうたのぉ。冒険者をやってみたのも、彼奴らの影響じゃの。懐かしいのぉ……あの銀髪と赤毛を見ていると彼らを何故か思い出すのぉ」


「ああ、グランはヴァルに色味が似ているし、同じ勇者だからな。アベルはなんというかあの粘着質で面倒くさそうなところと、ひねくれているわりにはどこか間が抜けているところがガーランドの小僧を思い出させるな」


「あ、思い出したわ。ヴァッサーフォーゲル――ヴァルだわ、ガーランドが仲良かった人間の名前。ええー、そんな似てる? 顔は全然印象に残ってなくて、髪の毛はグランよりずっと鮮やかな赤だった気がするけど? ああ、グランみたいにうっかりじゃなかったわ。他には、えーと……私は昔のことを思い出すのは少し苦手なのよね」


「確かにグランよりずっと落ち着いてましたわね。でもやらかす時はガーランドと二人揃って相乗効果になっていたのは、グランとアベルに似てますわ。ほら、今日もグラン達がやっていた、ダンジョンで魔物をたくさんひっぱってきて纏めて倒すやつはガーランド達も大好きでしたわ」


「さすが、ウル。昔のことまでよく覚えてますねぇ。私も昔のことを思い出すのは苦手なので、ガーランドとヴァルのことは懐かしいですがぁ、お顔や声、細かい出来事は思い出せないですよぉ。でもあの時みたいに古代竜の皆さんも次々目を覚まして、それ以外の古い方々も出てきてまた賑やかになるかもしれませんねぇ」


「古代竜どもはともかく、古い奴らが出てくると面倒くさいな。そのほとんどが神捨て場に大人しくしているはずだが……こちらに残っている明星はその眷属がそろそろ――あぁ、いや何でもない。む、そろそろ日も完全に落ちて随分経つから、子供は寝る時間であろう」


「失礼ですわね。樹から離れているからこの姿なだけであって子供ではありませんことよ。でも確かにそろそろ限界ですわね……ふわぁ……」


「ええ、すごく眠いけどぉ、ここを片付けてから寝ないとこの状況をグランに見られたら行儀が悪いと言われてしまいますぅ。もう少しだけ頑張って片付けをしましょうぅ」


「そうね、お菓子とお酒のおつまみばかりの夕飯を、リビングの床で水鏡を覗き込みながら食べたことをグランが知ったら、お行儀が悪いっていいそうね。普段は大雑把なくせに、そういうところは意外と細かいことを気にするのよね。ふあぁ……眠いけど片付けてから寝ましょ」


「ふむ、水鏡を見ながらの食事は中々悪くないな。しかし床で鏡を囲んでとなると少々飲み食いするには不便なので、壁に掛ける鏡でも用意して普段から食事をしながら遠くの光景を見ることができるようにするのも悪くないな。試しに渡り竜の足にでも遠見の目の魔道具を付けてみるか」


「ほぉ、水鏡で遠くの景色を見ながらの晩酌か……悪くないのぉ。それと片付けは晩酌がお開きになったら妾がやっておきます故、守護者様方はもう休まれてくださいませ」


「やった、ありがとうミッシィアニエル。満月の日にたくさんお礼をしにいくわ……ふわあぁ……」


「限界が近かったのでありがとうございます、とても助かりますわ……ふあぁぁ……」


「でもラトもミッシィアニエルさんも飲み過ぎたらダメですよぉ……ふあぁ……」




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