第695話◆レッサーアースドラゴン達の記憶

 きつい。思ったよりもきつい。

 これは引き返した方が正解だったか?

 いや、まだいける。

 ここがCランクのダンジョンでよかった。

 ランクの高いダンジョンで、何ごともない時ですらAランクの魔物が出るような場所だったらどうにもならなかったな。


「グラン、無茶すんなよ。いざとなったら因果応砲でぶっ飛ばすから、そのつえー魔剣の反動がきつかったら、サポートに回ってもいいぜ」

「いいや、全然いける。こいつら、ダンジョン生物はあまり強い自我や記憶がないようだから、ナナシの反動はそこまで強くない。それよりカリュオンの方が攻撃を受け止めすぎると、ダメージはなくとも疲れが蓄積するだろ。ヒーラーいねーからな、スタミナの管理にも気を使わないといけないな」

「カカーッ!」

「カメ君はとっておきだから、今はサポートに回って力を温存していてくれ。俺の予想だと、この奥にヤベー奴がいる気がする」

「おう、ゴール前でこれじゃあ、最後はカメッ子に頼らないといけないかもしれねーな」


 入り口まで来ていたレッサーアースドラゴンとそのトレインの処理を終え、しっかり素材も回収して進んだ先でまた会ってしまった。

 レッサーアースドラゴン君に!!

 やぁ、さっきぶり!!

 じゃない、再出現はやすぎいいいいいいいい!!!


 ダンジョンのボスは倒しても、ある程度時間をおけばまた現れる。例外はあるが同じまたは一定の法則性のある生物が再びダンジョンによって作り出される。

 それはその辺を歩いているボス以外の生物や素材も同じで、倒したり採取したりしても時間が過ぎれば、再びダンジョンによってそこにあるべき存在が新たに生成される。

 これがダンジョンが資源の宝庫といわれる理由であり、危険な場所であるにも関わらず深い場所まで探索を行う理由である。


 しかし一度倒したものや採取したものが再び作り出されるまでには、個々で差はあるもののそれなりに時間がかかる。

 強い魔物や魔力を多く含んだ素材ほど、再び生成されるまで時間がかかる傾向がある。

 フロアボスクラスになると半日から一日以上、ランクの高いところになれば一週間以上ボスが不在になることもある。

 それがダンジョンボスとなると更に長くなり、中には半年や一年に一回しか姿を現さないダンジョンボスもいる。


 これはダンジョンの生物がダンジョンの魔力により作り出されているためだといわれている。

 ダンジョンの持つ魔力が具現化して内部にあるものを作り出す。

 それは力持つもの、多くの魔力を持つものほど時間がかかる。よって強力な生物や効果の高い素材ほど一度なくなってしまうと、次が現れるまで時間がかかるというのが一般的な説だ。

 そしてダンジョンが外部から持ち込まれた命なきもの、ダンジョン内で命を失ったものを吸収する性質は、それらを分解して魔力に変え自らの糧にしているからだといわれている。


 このダンジョンはCランクで、ボスのレッサーアースドラゴンもBランクほどのため一度倒して再び現れるまでの期間は短めである。

 といっても、通常なら五日から一週間ほどか。

 なので、本来なら倒して三十分も経たないうちにまたレッサーアースドラゴンに遭遇するなんてことは起こらない。

 いやいやいやいや、三十分なんてその辺の雑魚い魔物ですら再発生しない短さだよ!!


 こんなの普通じゃない。

 これがスタンピード発生中のダンジョンなのか?


 かつて王都近郊のダンジョンで小規模スタンピードが起こり、その迎撃戦に参加したことがある。

 Dランクのダンジョンから発生した規模の小さいスタンピードだといわれているのだがそれでもスゲー数の魔物で、その迎撃戦の端っこでチマチマと魔物を倒しながら素材がめちゃくちゃ美味かったことをよく覚えている。

 中心部分はランクの高い冒険者や各地から集まったギルド長達、それに王都の騎士団がものすごい勢いで殲滅していた。

 最後は精鋭部隊が先頭を切ってダンジョンに入り、溢れた魔物を奥まで制圧して無事鎮圧された。

 俺はダンジョン突入時はアベルと共に後ろの方に配置されて、残されている素材を拾うことくらいしかやることがなくて、先頭がどうなっていたかは伝聞でしか知らない。

 Dランクのダンジョンだというのに、最深部はAランクの冒険者やギルド長、騎士団が総出で制圧したらしい。


 そしてこのダンジョンは、かつて俺がちょこっとだけ体験したDランクダンジョンのスタンピードより高ランクのCランクのダンジョン。

 まだ前兆の段階だと思われるが、最深部はすでに想像以上にやばいことになっていた。

 本番に入ってしまえばもっとやばいことになるのだろう。


 それがどんなものか想像するのをやめナナシを強く握り、目の前に迫ってきているレッサーアースドラゴンの頭上に向かって大きく跳んだ。

「カーーーッ!!」

 俺の跳躍に合わせ、肩にいるカメ君から氷魔法が放たれ、レッサーアースドラゴンの頭から首にかけて白く薄い氷に包まれた。

 俺がその首にナナシを叩き付けるようにして切り落として、一匹終わり。

 その仮初めの命が終わる瞬間、レッサーアースドラゴンの咆吼が頭の中に響き、彼らが生まれてから今までの間の僅かな記憶を見せてくれる。


 そう、彼ら。


 レッサーアースドラゴンは一匹ではないのである。

 自分の倒したレッサーアースドラゴンを素速く収納して振り返ると、別のレッサーアースドラゴンやその周囲にいる細々した魔物の突進を盾で受け止めたカリュオンが因果応砲を放っているのが見えた。

 すぐにカリュオンのところに戻り、因果応砲で怯んだレッサーアースドラゴンの方へと跳ぶ。

 そして先の奴と同じように、カメ君の氷魔法でレッサーアースドラゴンの頭から首を凍らせてもらって、それを俺が叩き斬る。

 その間にカリュオンは次に現れたレッサーアースドラゴンの方へと走る。

 無言のうちに型になったこの連係プレイが、先ほどからずっと続いている。


 一匹倒し少し進めばすぐに次が現れ、それを倒し先に進む。

 先に進めば、次が出てくるまでの時間が少しずつ短くなる。

 そして一匹倒し終わる前にもう一匹追加されるように。


 出口への転移魔法陣までもうすぐなのだが、次々と出てくるレッサーアースドラゴンのせいで進行速度は遅い。

 このまま進むとものすごく嫌な予感がするのだが、ここまで進むことを選んだのは俺達だ。見通しが甘かったと思っても今さらである。

 いや、まだ余裕はある。まだ、進める。もしもの時のためにカメ君には力を温存してもらっている。

 できればカメ君の力には頼りすぎたくないのだが、どうしようもなくなったらお願いするしかない。


「カリュオン、腹は減ってないか?」

「大丈夫だ、念のため十階層に入る前に肉を食っておいて正解だったぜ。グランこそ、魔剣の反動は平気か?」

「ああ、斬るよりぶん殴ってるに近いからか、もしくはこいつらが生まれて間もないからか、反動はすごく少ない。反動は少ないが何かしら生まれてからの記憶を残していくな、この異変の原因に関わる記憶を」


 苦痛はあまりない。

 一匹倒すごとに何かを見せられるだけ。

 ただその中に混ざっている強者に対する恐怖心が俺の中に流れ込んできて必要以上の不安を、そしてレッサーアースドラゴン達を作り出している者の感情だと思われる苛立ちと気怠さを俺の心に植え付けていく。

 ああ、何か奥にいるものが不機嫌なんだな。

 最初のレッサーアースドラゴン君が見せてくれた記憶から察すると、安眠妨害をされたようだしな。


 もしかすると、この眠っているものがこのダンジョンの真のボスの可能性もある。

 その場合、この先に未発見の新階層があることも考えられ、これはその階層出現の前兆なのかもしれない。もしくはそれと、土竜の寝返りの両方の前兆かもしれない。


「で、その記憶からこの先にいる奴の手がかりはあったか? レッサーアースドラゴンが次々と生まれて走り回っている原因っぽい奴の」

「ああ、この奥からおそらくこのダンジョンの真の主だと思われる奴の魔力が漏れてる。そいつの魔力が、そいつの眷属であるレッサーアースドラゴンを次々と作り出し、作られたレッサーアースドラゴンは、不機嫌な主の気配にびびって生まれてすぐに生まれた場所から逃げている」

 主の気配――眠りを妨害されて苛立っている不機嫌な主の気配と魔力。

 漏れている主の魔力をどうにかするか、主の機嫌が戻って再び眠ってくれれば、とりあえず町に近いこのダンジョンでの土竜の寝返りはおちつくかもしれない。


「それからもう一つ、これはペトレ・レオン・ハマダのダンジョンで土竜の寝返りが起こる原因だ。この真の主は、ペトレ・レオン・ハマダ内のダンジョン全ての真の主かもしれない」


 何匹目のレッサーアースドラゴンを斬った時だろう。その時に流れ込んできた記憶。

 もしかして、俺ってば土竜の寝返りの秘密を解明しちゃいました!?

 いや、違うな。

 すでに土竜の寝返りという名前を付けた昔の人々は、この地域で同時多発的に起こるスタンピードの原因は"土竜"という複数のダンジョンの真の主であることを知っていたのだろう。


 地の奥底にいる真の主……なるほど確かに土竜だな。

 眠りを妨げられて不機嫌になっている土竜君がもう一度眠りについてくれれば、他のダンジョンでもすでに土竜の寝返りの前兆が発生しているとしても、前兆だけで収束してくれるかもしれない。


 それと同時に、下手をすれば不機嫌な土竜に八つ当たりされる可能性も浮かんだ。


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