第599話◆巨大沈没船

 そういえば、この地図に入る時の扉に沈没船が見えた気がするなぁ。

 もしかしてアレがボスだったのか?

 ボスならボスってちゃんとわかりやすく書いておいてくれ!!


 俺達の前に海から姿を現したのは大きな帆船。

 ただしその姿は長い期間海底に沈んでいたと思われるようなボロボロの姿。

 船底部分に大きな穴が空いているのは沈む前にできたものなのか、それとも沈んだ後にできたものなのか。

 沈む前ならば、それが沈む原因になったのだろうと思われるような大きな穴。

 海には魔物、しかも巨大な魔物が多く棲むこの世界での航海の厳しさを思わせられる。


 いや、そんなことよりボスが船!?


 いるんだよなぁ……本来は命も意志もないもののはずなのに、それに関わった者の想いが強すぎてアンデッド化する"物"が。

 俺達の前に現れたこの大型の帆船もその類、ゴーストシップと呼ばれるやつだ。

 ゴーストシップ――つまり幽霊船である。


 生き物そのものではなく、それらが関わっていた物がアンデッドとなる現象。

 よくある事例だと、持ち主の思いが強すぎて死後その魂が入り込んだ人形や作り手が魂を込めすぎて作った武器や防具、また使用者の思いが強い武器、多くの人を殺めた武器等。

 大きなものになると住人が強い想いを残した屋敷ゴーストハウス、多くの人を乗せて沈んだ船ゴーストシップ。更に規模の大きいものなら、一つの町そのものがそういう存在になったゴーストタウンの話もある。

 そういった生き物以外のものが、関わった人の執着や怨念でアンデッドとしてこの世に存在し続ける事例は冒険者ギルドの記録にも多く残っている。

 目の前にいるようなゴーストシップも冒険者として活動していれば、海やダンジョンの海エリアでそういう存在がいるという話を聞くことはたまにある。


 実のところゴーストシップを見るのは初めてである。

 でけぇー。

 元は客船か? それとも交易船か? それとも海賊船か?

 どれにせよ、海に消えていった者の無念の魂を乗せた船だろう。

 つまり船には成仏していないアンデッドが棲み着いている可能性が高い。その証拠に船からは、俺の嫌いな沌属性の魔力をバリバリ感じる。

 楽しいバカンスに突然のホラー系ボス出現は勘弁してほしかったな。



「カカカカッ! カカッカーーーッ!!」

 毛玉ちゃんの背中からカメ君が俺の方に向いてものすごい勢いで捲し立てているのだが、残念ながらカメ語はわからないカメよ。

 たぶん突然でてきた船について説明してくれているのかな?

「"非常識な赤毛が怪しい妖精の羽を使ってボスを呼んだカメ~""赤毛はもう少し人間の常識を学ぶカメ~"だって。珍しくチビカメと意見が合うね」

 おい、アベル。俺がカメ語をわからないのをいいことに適当なことを言っていないか?

 え? カメ君、満足そうに頷いてる!? アベルと意見が合ってもいいの!?


「すごいですわ。こんな大きな船初めて見ましたわ」

「やっぱり大きいものは迫力があるわね。私はこういうのは好きよ!」

「でっかい船にも一度乗ってみたいですねぇ」


 ボスだと思われるバカでかい船、しかもどっからどう見ても幽霊船という名が相応しいようなボロボロの船を前に、三姉妹のテンションが上がっている。

 これが女神の末裔という強者の反応か!?

 というかクルのその発言、変なフラグじゃないよな!?


「うっわ、あの船こっちにきてない?」

「まぁ妖精の地図だからなぁ、水深とか関係ないだろうなぁ」

「ここにいると波を被りそうだ、下がるぞ!!」


 クルの言葉がフラグだったかのように、海底から姿を現した大型船が、どう考えてもその大きさの船が進めるだけの深さがない海を、俺達のいる海岸に向かってスイーッと進んできた。

 船が進めば、その時に発生する波が海岸へと押し寄せてくる。

 今いる場所では船が動く度に大きな波が押し寄せてきて危険だ。

 促しながら自分も海から急いで離れる。

 下がりながら着替え用のテントと置いていた荷物を回収。

 あってよかった、収納スキル。

 ジャングルの手前まで下がり振り返ると、海岸に巨大幽霊船が砂浜に大きく乗り上げ、先ほどまで俺達がいた場所に波が押し寄せてきているのが見えた。

 はー、せっかくのバカンスなのに幽霊船空気読め。


「ふむ、せっかく気持ち良く酒を飲んでいたというのに、不浄の者に邪魔をされるのは不愉快だな。海の中ならばカメに任せるつもりだったが、陸に上がったなら私がやる方がはやいだろう」

 さっすが番人様、頼もしい。

「フンッ」

 カメ君は少し悔しそうだが、陸の上だとカメ君の実力は出し切れないかもしれないからね、ここは番人様に任せようね。

 たまには番人様のちょっといいところを見てみたいしな!

「日頃飯と宿の世話にもなっているからな、新たな果実酒でいいぞ」

 飯の世話になっていると言いつつ、果実酒の催促か!

 まぁ、こんなくそでかい船と戦うのは面倒くさそうだし、果実酒でこれを何とかしてくれるなら安いものだ。

 あ、中に財宝があるなら回収できる倒し方にしてほしいなぁ~、チラッチラッ! 信じているぞ、番人様!!


 バーベキューのために人型になっていたラトがシャモアの姿へと戻る。

 やはり本来の姿の方が力を十二分に発揮できるのだろうか。


 シャモアの姿に戻ったラトが俺達とゴーストシップの間に立ち、前足を大きく上げて後ろ足で立ち上がった。

 そのラトの頭に生える二本の角がバリバリと白い魔力の稲妻を発し、それが角を這うようにラトの頭上へ移動して眩しい光の塊となる。

 聖属性の魔力の塊。

 その魔力は圧倒されるほど強大で、心の底から畏怖のような感情がわき上がってくる。

 これがラトの本気か?

 いや、本気かどうかなんてラトしかわからないことだ。もしかするとまだまだ本気ではないのかもしれない。

 いつもうちでゴロゴロしているイメージだが、やはり広大な森の番人、神格を持った存在であると改めて思い知った。


 ラトが大きく上げた前足をドンッと地面につくと同時に、頭上にあった聖の魔力の塊が稲妻となってゴーストシップへ向かって放たれる。

 聖魔力の稲妻はゴーストシップの船首で炸裂し、船全体を包むように白い稲妻が広がっていく。

 そして弾けた。

 視界が真っ白になるほどの光が巨大な帆船を包み込み、その眩しさに目を細めた。


「さっすがラト、やったか?」

 ラトの後ろ姿を見ながら声をかける。

「む……」

 しかしその返事は微妙で、少し嫌な予感を覚えながらまだ白い光に包まれるゴーストシップの方へ目を向けた。


 ゴーストシップを包む白い光が徐々に弱まり、光の向こうに黒い影が見えた。

 リッチクラスでも消し飛びそうな聖属性の稲妻に見えたが、あの巨大ゴーストシップはその攻撃を耐えたのか。

 いや……耐えたどころか――もしかしてほとんど効いていない?


 ゴーストシップは元からボロボロだったため、今更どこか壊れていてもわかったものではないのだが、白い光が消え現れたその姿はラトの攻撃を耐えきっただけではなく全く効いていないように感じた。

「へぇ、外部からの攻撃は無効ってところかしら。仮初めの存在のくせになかなかやるじゃない」

「あらあら、箱庭を弄くりすぎて箱庭からの産物にも力を与えてしまったのかしら?」

「これはこの船に乗り込んで中心となっているものを壊さないとダメかもしれませんねぇ」 

 後から三姉妹の会話が聞こえる。

 ヴェルは何だか楽しそうだし、ウルの言葉にはあまり危機感はない。

 クルは早速フラグ回収かな?


 ガコンッ!


 砂浜に大きく乗り上げた船からタラップが地面に下ろされたのが見えた。

 そして船の中からそのタラップにわらわらと集まる人影。

 人……いや違う。

 見た目は様々な服を身に着けた人間。だがよく見るとその服はボロボロで、それを身に纏っている者の体もボロボロで、体が大きく傷ついていたり、一部が欠けていたりしており一目で生者ではないとわかる。

 幽霊船から降りて来ようとしている者、それは――。



 ゾンビだああああああああああ!!










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