第576話◆明星の恩人

 強敵というか、空を飛び回ってひたすら面倒くさいというか、卑怯というか、俺とは最悪に相性の悪い相手ドラグリフを倒した後は、サクサクと採取依頼を終わらせてオルタ・クルイローに帰還。

 面倒くさい相手ではあったが、ドラグリフ素材は性能もよくそこそこ高値で売れるし、鳥肉と竜肉を両方味わえて一匹で二度美味しい。

 ナナシのおかげで思ったより長引かずドラグリフを始末することはできたが、ナナシを使った反動で精神的に疲れてしまい、予定より早く採取作業は終わったのだがさっさと引き上げることにした。


 ナナシで斬れば、その反動として相手の心にある懺悔や後悔が聞こえてくる。

 それを使用者が受け止めれば斬られた者の魂は浄化されるらしいが、使用者にとっては他人の業を無理矢理聞かされるという苦痛しかない剣である。

 まぁ苦痛だからこそ反動といわれ、魔剣のような特殊な武器は強力である代わりに、何かしらの反動が付き物である。


 ナナシ自体はおそらく非常に強いもので、俺やアベルの鑑定でも判明していないことがまだありそうだ。

 現にかなり自在に形を変える能力は鑑定には出てきていなかったし、まさか他の武器に取り憑くように同化し剣以外の形状としても使えるなんて思ってもみなかった。

 しかも取り憑かれた元武器の威力が格段に上がっていた。そこだけ考えると非常に優秀で使い勝手の良い武器である。

 ドラグリフを倒した後は納得したのかシュシュシュッと腰のベルトに戻ったナナシが、ことあるごとにカタカタアピールをするが、便利な武器であってもお前の反動はきつすぎるんだよ!!

 まぁ、今日は助かったといえば助かったので、またどーーーーーーしてもって時は使ってやってもいいけどな。どーーーーーしてもって時だけだ。


 言葉を持たないドラグリフをナナシ憑きの弓で射った時に聞こえてきたのは、リュウノナリソコナイの時と違いただうるさいだけの断末魔のような鳴き声だった。

 言葉ではないぶん精神的なダメージはリュウノナリソコナイよりは軽い。しかし言葉ではないだけで負の感情の込められた鳴き声なのだろう。その声を耳の奥で聞いた後、頭痛や耳鳴りと共に心の痛さのような胸の痛さと、ズンとした精神的疲労がやってきた。

 言葉ではないだけマシだが、それでもやはり気軽に使いたいと思う武器ではない。

 カタカタしてもダメ! 必要な時だけ使う! そう、最終兵器! ここぞという時の必殺剣!






 そんなわけで、ややぐったり気味でオルタ・クルイローに帰って来て冒険者ギルドで報告を済ませ、アベルと合流したら――。



「今日は何をやらかしたの……」



 合流するなりアベルがものすごく眉の間に皺を寄せた。



「何かって? ただ普通に草原で依頼をやっていただけ? ちょっとドラグリフが飛んで来てナナシを使ってぐったりしたくらい? 変わったことってそれだけだよな?」

 アベルに変な顔をされるようなことは思い当たらず思わず、確認をとるようにキルシェの方を振り返り首を傾げた。コテン。


「ええ、午前中はグランさんに鈍器の使い方を教えてもらいながら僕の依頼をやって、お昼ご飯を食べて――あっ! ご飯を食べてる時、可愛いトカゲの妖精さん達が前を通過していきましたよね。妖精さんの持ってた目玉はちょっと怖かったですけど。午後からはドラグリフっていうんです? すごくでっかくてびっくりしました。でもあれでまだ小さい方なんですよね? ええ、僕は木の下に避難して見ていただけですけど、グランさんが倒してくれました。グランさんって弓の扱いもすごく上手いし、すごくかっこいい弓をかっこよく射ってました!! 一号君もダダダッて走ってかっこよかったんですよ! グランさんと離れてたけど三号君が一緒だったので、他の魔物が寄ってきても平気でした」

「いやぁ、それほどでもぉ?」

「グエェ?」

「グギャァ?」

 キルシェにキラキラとした眼差しを向けられポリポリと頭を掻く。

 ワンダーラプター達も褒められたのがわかったのか、機嫌良さそうに小さな前足をパタパタさせている。

 腰でナナシもドヤカタカタしているけれど、お前がかっこよく見えたのは俺がかっこよく立ち回ったからだよ。



 夕暮れ時の赤味を帯びた日の光に照らされるオルタ・クルイローの冒険者ギルド前、眉がキュッと寄っているアベルと、いつものようにニコニコしているカリュオン、そして俺とキルシェ。

 合流してアベルの転移魔法でピューッとピエモンに帰るのかなって思ったら、アベルのこの険しい表情である。

 俺何も悪いことなんかしてないよー?


「妖精! また妖精! やっぱり妖精! グランのことだから、さも当然のようにその妖精を弄ったでしょ!? 昼ご飯の時ってまさか餌付けした!? それにナナシ? その性悪剣を使ったの!? いたっ!!」

 ふぉっ!? 妖精と聞いてアベルの眉がつり上がった。

 そして、性悪剣とかいうからナナシから留め具がアベルのおでこへと発射された。

 ホント器用な魔剣だなぁ。


 キルシェに言われて思い出したが、そういや妖精がいたな。ドラグリフとナナシ騒動ですっかり忘れていた。

 弄ったってほど弄っていないし、俺は素材を回収しようと思っただけなのだ。積極的に関わっていないし、触っていないし、弄ってもない。

 お礼っぽい羽はありがたく貰ったけれど。

「あ、ああ、妖精。そう、妖精! 昼飯を食っている時にトカゲの妖精のご一行が通り過ぎていったな。だが餌付けはしてないぞ。何もあげてないし、全く構ってない。な? キルシェもそれは見てたよな?」

「ええ、グランさんは妖精に何もあげてませんでしたよ。僕達の間を妖精が通り過ぎたのを一緒に見守ってました。そういえば、妖精が通り過ぎている時に蛇が現れてグランさんが倒してましたね。その後に大きな鷹が現れてその蛇を持って行っちゃいましたけど。そうそう、その鷹はトカゲの妖精のお友達だったみたいで、同じ魔法陣に入って消えていきました」

 アーッ! キルシェはよく覚えているな!!

 俺も覚えていたけれど、なんかありがたい羽を貰ったくらいで気にしていなかったぞ!


「そう、妖精。へぇ……トカゲと鷹。ふぅん……」

 アベルが目を細めてこちらを見ている。

 な、なんだよぉ……何もやましいことはないぞ!

「俺はアベルみたいに生き物は鑑定できないけど、なんかグランのふところ辺りから変な魔力は感じるなぁ。というかそこに色々詰め込んでるだろ?」

 普段は大雑把なくせに意外とするどいバケツだな!?

 確かに胸の内ポケットにはオミツキ様の羽とか、リリスさんに貰ったハンカチとか、カメ君のアクアマリンとか、他にも色々と入っている。もちろんさっき拾った鷹の羽も。

 だってゆとりのあるポッケだから細かいものを入れるにはちょうどいいんだもん。


「えぇと、蛇がトカゲ妖精を狙ってそうだったけど、蛇が素材になりそうだなって仕留めたら鷹に持って行かれたみたいな? その鷹はトカゲ妖精の仲間だったのかな?」

「やっぱり構ってるじゃないか。変な称号……いや、これは加護の可能性もありそうだけど、増えてるよ。"明星の恩人"だって、何か心当たりあるでしょ。はー、どんどん称号が意味がわからなくなっているよ、たぶん見えてないだけで他にも変な加護を貰ってそうだし」

「え? 称号? えっ? えっ? ステーごにょごにょ……」

 俺が自身のスキルを見ることができるのはアベルもカリュオンも知っていることだし、キルシェにはバレても問題ない気がするし、どうせステータス画面は俺にしか見えないのだが何となく気持ちの問題でアベル達に背を向け小声でステータス画面を呼び出した。



名前:グラン

性別:男

年齢:19

職業:勇者

Lv:109

HP:988/988

MP:16320/16320

ST:874/874

攻撃:1203

防御:876

魔力:13060

魔力抵抗:2302

機動力:666

器用さ:19470

運:226

【ギフト/スキル】

▼器用貧乏

刀剣99/槍47/鈍器35/体術69/弓60/投擲59/盾68/身体強化89/隠密50/魔術41/変装47

▼クリエイトロード

採取71/耕作49/料理73/薬調合81/鍛冶41/細工68/木工46/裁縫45/美容35/調教55

分解74/合成65/付与65/強化40/美術33/魔道具作成48/飼育41

▼エクスプローラー

検索(MAX)/解体81/探索85/察知93/鑑定41/収納96/取引42/交渉51

▼転生開花

【称号】

オールラウンダー/スライムアルケミスト/無秩序の創/大自然の解放者/明星の恩人



 前回見たのは食材ダンジョンから戻ったくらいの頃だろうか。あの時は"大自然の解放者"って称号が増えていたんだよな。

 あの後はたいして激しい戦いもなかったのでステータスやスキルはほとんど動きがないのだが、称号!!

 アベルに指摘された通り見知らぬ称号が増えているぞおお!?

 明星って何だ!? 昼にあった妖精達のことか!?

 いや、大鷹はそこそこ強そうだったが、トカゲの方はそうでもなかった。結果的に助けたことにはなったが、称号になるほど感謝されるようなものではないし、それほど力を持った妖精とも思えない。

 しかし明星か……前世では金星という、地上からは明るい星に見える惑星のことを指していたな。金星……金……アーーーーーーッ!!


「目玉! 金色の目玉! トカゲが箱に入った金色の目玉を運んでた! 確かにちょっと変わった目玉だったけど、箱に邪魔されたのか目玉そのものが正体を隠していたのかで、妙な魔力をちょっと感じただけだったんだよな。目玉だし気味悪いしで、関わらないようにしたんだけど……」

「ふーん。キルシェちゃんの話と合わせると、その妖精が通ってる時に現れた蛇をグランが倒したと。へぇ、結果的に助けちゃって感謝されたってことだねぇ。まぁ、恩人なんていう称号だから悪いものじゃないと思うけど」

 後ろからアベルがポンと俺の肩に手を乗せた。振り返るまでもなくものすごく胡散臭いアベルの笑顔が想像できる。

「連れて帰ってきてないだけマシな方じゃないかー? もしかしたら恩返しがあるかもなぁ? ま、妖精感覚だと何十年も先かもしれないなぁ」

 続いて反対側の方にカリュオンが手を乗せた。

 カリュオンよ、マシって何だマシって!? 俺がいつ何を連れて帰ってきたっていうのだ!! 野生の妖精なんか拾ってません!!

「そうだな、悪い称号じゃないからセーフ! セーフよりのセーフ!! 極めてセーフ! 妖精感覚の恩返しなんて人間の寿命のうちにあるかどうかもわかんないしな! 何なら些細なことすぎてすぐに忘れてそう!」


 そうそう、妖精なんて気まぐれだから、俺も気まぐれで蛇を倒しただけだしお互い様。大鷹君が置いていった羽だけで十分だよ。

 妖精感覚の恩返しとか加護とか、パッと見ありがたいものだとしても何か落とし穴がありそうで怖いしな。

 あっ! 失せ物が見つかりやすくなる効果! 失せ物じゃないけれど薬草はやたらよく見つかったしな、うっかり高級素材が欲しいとか思ったらドラグリフが飛んで来たな?

 いや……あれは失せ物じゃないからきっと偶然。うん、偶然。うっかり欲を出したら魔物が突っ込んで来るような恩返しはちょっと遠慮したい。

 鷹がくれた羽の効果だろうか。それなら、あまり大きくない羽だし一時的なものかもしれない。

 でも怖いから収納に入れておこうかな。


「借りを作ったままだとムズムズしますからねぇ。いつか恩返しに行きますよーって目印かもしれませんね。僕もグランさんにいつもお世話になっているので、いつかちゃんと恩返しをしたいと思ってますし」

「確かに借りを作ったままだと気になるな。でもキルシェは張り切りすぎて無茶なことはするなよー」

 キルシェの恩返しは大歓迎。無理をしない程度に頑張ってほしいし、夢を成し遂げて元気な姿を見せてくれるだけでも十分だ。

 ま、妖精の気まぐれな恩返しなんて考えても仕方ないし、いつまでもギルドの前で立ち話していると迷惑なので帰って飯だ飯。


「グランも気になったからって正体のわからない生き物を構い過ぎないようにするんだよ。それで無茶なこともよくやるんだからー、ホント気を付けてよねー」


「うぐっ、わかってるよ。今日のはちょっと服を着たトカゲが可愛かったからー。おっと、そんなことよりこんなとこで話し込んでないでお家に帰ろう」


 やべー、アベルのお小言は始まる前におうちに帰ろうー!


 カリュオンもうちにくるみたいだし、夕飯の支度が大変そうだなー!


 アベルのお小言を聞いている暇はないぞー!



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