第558話◆晴れた日の空気
夜になっても雨は弱まるどころか強さを増し、バリバリという雨音と共に時折ゴロゴロと遠くで雷が鳴る音が聞こえてくる。
どのみち雨で空は見えないのだが今日は月のない夜、新月のため三姉妹達は夕食の後早々と寝てしまい、俺とアベルとラトとカリュオンはリビングで酒を飲みながら他愛のない話をしている。
「ホェー?」
「カカッ!」
その俺の横で毛玉ちゃんとカメ君がコミュニケーションを取っている。
カメとフクロウ、言葉は通じているのだろうか。まぁ、人間にはわからない方法で意思疎通ができているのかもしれない。
アッ! カメ君、毛玉ちゃんにお酒を勧めるのはまずんじゃないかな? 毛玉ちゃんは人間の赤ん坊とフクロウの雛の可愛さハイブリッド妖精だから、お酒は早いんじゃないかな?
少し大きくなったけれど、赤ん坊と雛から大きくなったばかりだから、まだまだ子供だもんなー。うんうん、雨が降っていて少し肌寒いから毛玉ちゃんにはハチミツ入りのホットミルクにしようか。
「お、ありがとうフローラちゃん」
手鍋に入れたミルクをローテーブルの上のホットプレート魔道具で温めていると、空になっていた俺のグラスにフローラちゃんが氷を足してリュネ酒を注いでくれた。
雨も風も強いので、いつもなら外にいるフローラちゃんも今夜は家の中にいる。フローラちゃんは植物だけれど夜も元気なようで、俺達のダラダラ飲みに付き合ってくれている。
うんうん、俺は適当でいいからアベルに酌をしてあげて……いたっ!
アベルに聞こえないようにひやかしたら、蔓の先端で脇腹をつつかれてしまった。
「それでさー、故郷の里に帰って長老の家を燻し……ピザってやつを焼いてたらさ、いきなりバカでかいレッドドラゴンが通り過ぎていってさ、それが実はシュペルノーヴァでびっくり。そのまま近くの森に降りて、そこに棲んでいるテムペスト様とケンカを始めちゃってさ大騒ぎだよ。せっかく長老の家を燻したのにその騒ぎの方が大きくなってあんま面白い反応が見られなかったし?」
いや、くだらない悪戯話の中にとんでもない話が混ざっているぞ?
「ええー、シュペルノーヴァはこの辺りも通過していったけどめちゃくちゃ大きかったよ? テムペストってもっと大きいんでしょ? そんなのがケンカを始めたらやばくない?」
アベルがすごくもっともなことを言っている。あんな巨大生物がガチでケンカを始めたらここいら一帯が焦土になりそう。
「うん、もちろんガチで殴り合うとやばいから、古代竜同士……いや知能の高い竜同士は直接争わず別の方法でケンカをするんだ。今回はあの巨体じゃなくてちっこくなって魔力比べをしてたみたいだから、強い風が吹いたり、暑かったりしたくらい?」
怪獣大戦争よりはいいけれど、近くでやってほしくないケンカだな!?
「あー、ランクの高い竜って無駄に争って怪我をしないように直接攻撃し合うんじゃなくて、別の方法で勝負するんだっけ? そういえばレッドドレイクとグリーンドレイクが後ろ足で立ち上がって前足を上に上げて、背伸びしながら威嚇し合ってるの見たことあるよ。隙だらけだから思わず攻撃しちゃったけど」
平和的ケンカだなぁ。そしてアベルは羨ましい漁夫の利だなぁ。
「そうそう、それそれ。今回は相手も強かったから普通に魔力比べをしてたけど、テムペスト様は温厚だから格下の相手と勝負をする時は、殴り合いじゃなくて謎解きを出してくるんだ。それに答えられたら挑戦者の勝ちで、色々親切にしてもらえるよ。まぁ、めちゃくちゃ難しい問題だから答えられる奴のが少ないけど、答えられなくても縄張りから追い出されるだけだし、無礼なことをしなければ大らかで懐の大きい竜だよ」
「ケーーッ」
カリュオンの話にカメ君が鼻を鳴らしている。
うんうん、鮫顔君もスケールが大きくて大海の驚異と果てしなさを具現化したような存在だったね。
「へぇー、難しい謎解きかー。面白そうだね、そういう話を聞くと一度チャレンジしてみたくなるね」
カリュオンの話にアベルが好奇心を刺激されたようだが、相手は古代竜だぞ!?
「テムペストは純粋に知識を溜め込むことが好きで、それを話すのも好きな奴だからな。少々面倒くさい奴ではあるが、この世界で最も物知りな存在であるといっても過言ではない、その勝負に勝てば有用な知識を授けてくれるだろう」
なんか勇者の試練みたいでかっこいいな!
でもその謎解きって難しいんでしょお? 俺には絶対無理だな!
「おっと、カリュオンの話を聞いていたらミルクが熱くなりすぎるとこだった。ほぉら、ハチミツを入れてくるくるっと、火傷しないように気を付けて飲めよー」
「ホッ!」
温まったミルクを器に注いでハチミツを足してくるくるとかき混ぜ、毛玉ちゃんの前に。
「カッ!」
「ん? カメ君もホットミルク? カメ君はお酒入り?」
「カッカッ!」
カメ君が机の上に色々出している酒の瓶を指差しながらアピールをしている。
そうだなぁ、ホットミルクに合う酒かー。あれだな、サトウキビっぽい蛇の魔物ウージの血液から作られるウー酒かな。
ウー酒をホットミルクで割って、少しだけハチミツを入れて、シナモンパウダーをパラリ。ほぉら、体の中から温まるぞぉ。
「フローラちゃんも何か飲む?」
俺が尋ねるとユラユラと揺れるフローちゃん。これは肯定かな?
「そうだフローラちゃんにピッタリのカクテルがあるんだ」
柑橘系の果物とレモンそれからルチャルトラで買ってきた小ぶりなパイナップル、これらを絞ってその果汁を混ぜ合わせる。
お酒を使わないフルーツジュースだけのカクテルだから、酔っ払うことはないぞぉ。
「それにしても、今日俺が王都に行っている間もこっちはずっと雨だったんだよね、よく降るねぇ」
「この時期のこの辺りは仕方ないよなー、そういう季節だ。うちの里の方も結構降ってたよ」
「うむ、しかしこの時期に雨が降らなければ夏が厳しくなるからな。まぁ、この雨は先日古代竜達がじゃれ合った影響もありそうだな」
「カッカー?」
あ、カメ君の目が泳いでいる。
大丈夫大丈夫、このくらいの雨なら降ったくらいが丁度いいから問題ない問題ない。
「夜も遅いし雨も止みそうにないから、毛玉ちゃんもうちに泊まっていくといいよ。フローラちゃんも家の中にいていいからね」
いつも外で暮らしている毛玉ちゃんもフローラちゃんも多少の雨なら平気だと思うが、たまには暖かくて安全な部屋の中でゆっくりしていく日があってもバチは当たらないだろう。
夜もすっかり遅くなり日付が変わろうという時間、窓の外ではまだ雨が降り続いている。
しかし先ほどより少しは弱くなっただろうか?
ゴロゴロと聞こえていた雷の音も今ではすっかり遠くなって、雨の音にかき消されてしまっている。
酒が進むにつれラトとアベルがいつものように煽り合いを始め、そこにカメ君が参戦。
暫く三人で煽り合いながら飲み比べをしていたが、煽り疲れたのか強い酒で飲みすぎたのか、アベルはローテーブルにつっぷして寝落ち状態、ラトはソファーに仰向けになってうとうとしている。その横ではカメ君がヘソ天でコロンと転がり、そのカメ君のそばで毛玉ちゃんも一緒になってスヤスヤとしてしまって今日はもうお開き状態である。
寝落ち組を起こさないように静かに食器を片付け、台所へと運ぶ。
夕食なら後片付けは三姉妹が手伝ってくれるのだが、こうやって夜遅くまで飲んでいる時の片付けは最後まで起きていた者でやっている。
今夜はアベルとラトが酔い潰れてしまったので頃合いを見て俺が片付けに立ち上がると、まだ起きているフローラちゃんそして結構飲んでいるはずなのにピンピンしているカリュオンが片付けに参加してくれた。
俺だけなら洗浄用の薬剤を使って食器を洗わないといけないのだが、魔法を使えるカリュオンとフローラちゃんのおかげで面倒くさい食器洗いから解放された。
くっそぉ、俺も浄化魔法だけでいいから使いたい人生だったな!!
「片付けを手伝ってくれたおかげで楽ができたよ。片付け終わったら俺らだけでこっそり夜食でも食うか」
片付けを手伝ってもらえてありがたかったのと、そのことで嬉しくてご機嫌になってしまい、酒を飲んだ後の締めが欲しい気分になってしまった。
「おぉっと? 食えるものなら食うぜぇ? その後の片付けも浄化魔法でパパッとやっちゃうぞぉ」
「あんまでかい声を出すとアベル達に気付かれるからこそーっとだぞ」
まぁ気付かれてもアベル達のも作ればいいだけだけど。
「あれはもう朝までダメそうだけどなぁ」
アベルとラトとカメ君はめちゃくちゃ飲んでいたからな。ラトとカメ君はともかくアベルは明日の朝二日酔いになっていそうだ。
カリュオンの言葉にフローラちゃんがうねうねとしている。
だらしないアベルも悪くないとでも言いたいのかな?
まぁイケメンは何をやってもイケメンだからな。くそ、イケメンずるい、魔物のうんこ踏め。
片付け組でこっそりと食べるのは――収納から出してきたほかほかの米を深い器によそって、そこに焼き魚のほぐし身や刻んだ海苔、そして梅ぼ……いやリュネ干しを載せ、魚ベースの熱々スープをかけたもの。
最後にワサビっぽい薬味のアオドキを少しだけ添えて真夜中のお茶漬けが完成。
お酒の締めといったらやっぱお茶漬けだよなぁ! 簡単! 美味しい! 酒ばかり詰め込んだ腹にツン辛が気持ち良い!
フローラちゃんはお酒は飲んでいなかったけれど、それでも真夜中のお茶漬けは美味しいと思うぞぉ。
真夜中の台所で作業机を囲みはふはふと熱いお茶漬けを口に運ぶ二人と一株。
酒で荒ぶっている腹を温かいお茶漬けがなだめてくれているようだ。
「最近アベルは随分変わったよなぁ。酒を飲んでテーブルで寝てるとこなんて初めて見たなぁ」
ポツリとカリュオン。
「まぁ、うちに住み憑くまでは宿暮らしだったし、こういう飲み方をすることはなかったしな。それに今は休暇中だし?」
言われてみると王都にいた頃はアベルが飲みすぎているのは見たことがなかったな。
宿や店での飲みばかりだったし、それに冒険者としての活動が控えている時は深酒ができる環境でもなかったのもあるだろう。
うちに来てからはちょいちょいラトと一緒になって俺もアベルも飲みすぎている日がある。ベッドが近いことや周りを気にすることなく落ち着いて飲めるせいか、つい飲みすぎてしまうんだよなぁ。
いや飲みすぎは体に良くないからほどほどにしておこう。肝臓大事に。週に一日は休肝日!!
「グランも随分変わったよな」
「え? 俺?」
なんか変わったかな?
冒険者としての活動を中心にする生活をやめ好きなことを優先するようになり、ダラダラすることを覚えて自堕落な生活に傾いているのはやや自覚がある。
「なんだろうな、王都にいた頃に比べて湿度が下がった?」
「湿度ってなんだ湿度って!?」
おっと、思わず大きな声を出してしまった。
カリュオンの言うことは時々わかりにくい。
「うーん……なんだろう、楽しそうだなって? なんか悔しい気もするけどグランもアベルもグランが王都を離れた後、晴れた日の空気みたいになったなって?」
なるほど、わからん。
「王都にいた頃も楽しかったけど、確かに今はすごく楽しいな。カリュオン達と一緒にどこかに行く機会は減っちまったけど、ここに引っ越して来てよかったなって思ってる」
王都の友人達とは少し疎遠になってしまったが、それでも新しくできた縁は短い時間で俺にとってとても大切なものになっている。
そして、今のこの穏やかな生活がどこまでも続けばいいと願う。
ん? 何? フローラちゃんはなんでそんなにユラユラ揺れているの?
「ああ、ここはいいところだなぁ」
「うん、念願の俺の城だ。気に入ったならいつでも遊びに来てくれていいんだぞ」
「おっおっ、お許しが出たから遠慮なくこれるな! 俺も冒険者に飽きたらここに住み付くかぁ?」
食費と家賃を払うなら考えてもいいぞ。素材払いでもいいぞ。
一人で静かな田舎に引っ込みたいと思ってここに来たのに、新しくできた友人、古くから繋がっている友人、そのどちらも自分にとって手放しがたい縁だったと改めて思う。
そして今はもう、一人になりたいとは思わない。
翌朝、雨が上がりの気持ち良く晴れた空を見上げ、ふと昨夜のカリュオンの言葉を思い出した。
胸いっぱいに吸い込んだ空気は、降り続いた雨で綺麗に洗われたかのように澄んでいて気持ち良かった。
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