第457話◆冒険者達の休日
冒険者は体力勝負である。
休みたくても休めないなんて当たり前だ。
そのため冒険者をやっていると少々疲れが溜まっても、続けて活動するくらいの体力はある。
いや、いざと言う時のためにそれくらいの体力を残して活動しているのだ。
それ故に余裕がある時はまだいける、もう少しいけるとつい欲張ってしまう時もある。しかし、それはいざという時に必要な体力を使っていることにもなる。
何が言いたいかというと、いくら体力に自信があっても休息は必要!! 休める時に休んで体力をしっかり回復する!!
これも冒険者として大切なことなのだ。
と言うわけで今日は休息日!!
うさ耳メイドちゃんに会った日の翌日からは、調査隊の第一隊が加わり、下見では踏み込まなかったメイン通路以外の区画の調査が開始された。
今後、第二隊、第三隊も来て、複数部隊で担当を決めて詳細な調査が行われるそうだ。
俺達はその第二隊と第三隊が合流するまでここに残って調査に協力する予定だ。
といっても、新区画が見つかる前は普通にダンジョン探索をしていたため、ダンジョンに滞在している期間は十日を超えている。
一度休息日はあったが、それは皆徹夜明けだったためで完全に休日だったとは言いがたい。
ということで、調査隊が調査に入る初日とその翌日は共に調査に参加して、その次の日は丸一日ゆっくりと休もうということになったのだ。
やったーーー!! のんびり釣りができるぞおおおお!!
十五階層に来てからやたらめったらやべー生き物に会うし、歴史の壮大さを噛みしめる体験もして、やや感覚が狂いつつあるので気持ちリセット!!
俺は一般人! ドノーマル!! 普通の人!! 心も体も普通の人!!
体を休めると共に、壮大な存在を感じて狂いかけた感覚を元に戻すのだ。
バハムートの塩漬けやオイル漬けも作りたいし、シーサーペントやクラーケンを干しておきたい。
人がいない時間帯なら燻製とか作ってもいいかなぁ。亀島にいる時にどこでもピッツァ君を、燻製も作れるように改造したんだよな。
あ、やっぱ煙が出るのはダメ? デスヨネーーーー!!
今日は大人しくバハムートを弄って、その後釣りに行こうかなー。
おっと、そういえばもうしばらくダンジョンにいることになりそうなので、留守番組に伝わるように作業をしながら見える場所に、伝言を紙に書いておいておこう。
えへへ、今日はダンジョンでスローライフ気分を満喫するんだ。
――のつもりだったのだが、どうしてこうなった。
「きっ! 亀のくせに素速いなんて生意気だね!! 素直に当たりなよ!!」
「カーーーーッ! カッカッカッッカッ!」
アベルが放った無数に小さな火の玉が降り注ぐ中、器用にその隙間を縫い、避けきれないものは水の盾で弾きながら、カメ君が猛スピードで砂浜を駆け抜けた。
亀ってあんなに素速いの!? いやいやいやいや、カメ君だからかな!?
「なーにが"銀色はどんくさいカメ~"だ! もう手加減しないよ!!」
攻撃に当たる気配がないカメ君に煽られ、アベルが更にムキになっている。その周囲に炎の矢がいくつも現れ、狙いを定めるようにその先端がカメ君へと向いた。
「カーーーッ!!」
「そんな水の鏡なんて蒸発しちゃうもんね!」
カメ君が炎の矢を防ぐために水の鏡を出したが、アベルはその鏡に炎の矢をぶつけてごり押しするつもりのようだ。
ちっこいカメ君相手に大人げないな~。
「カッ!」
炎の矢が発射される直前、水鏡の角度が変わった。
ピカッ!!
「うわ!?」
角度が変わった水鏡が、ダンジョンの疑似太陽の光をアベルの方へと反射した。
「カーカッカッカッカッ!」
その眩しさにアベルが目を逸らした瞬間、カメ君がピョーンと大きく跳んだ。
「くそっ! どこだ!?」
すぐにアベルが前を向くがカメ君はすでにアベルの視界の外――アベルの頭上を飛び越えその後ろへ。
「カッ!」
アベルの頭の上を飛び越えたカメ君は、その進行方向に小さな水の鏡を出し、それを蹴って方向転換。
キョロキョロとカメ君を探しているアベルの背中に跳び蹴りをいれた。
「ぎゃっ!!」
「カーーーーーッカッカッカッ!!」
背中を蹴られたアベルが砂浜の上に倒れ、カメ君はその倒れたアベルの上に乗っかってピョンピョンと跳ねている。
カメ君、やるなぁ……。視界の外に出ることにより、アベルに空間魔法による反撃をさせなかった。
空間魔法って視界依存、相手の位置を把握していないと発動しないものが多いのだよね。アベルお得意の相手の攻撃をそのまま相手に返すやつも、アベルが相手の位置を把握していることが前提らしい。
何だかんだでカメ君とアベルはすっかり仲良しのようである。というかカメ君、アベルを弄るの好きだな!?
「こんのカメエエエエエ!! 手加減してやってると思っていい気になりやがって!! もう容赦しないぞ!!」
あ、アベルがキレた。
ガバッと起き上がり、アベルの周囲にバリバリと雷属性の火花が散った。
おい!? 雷魔法は近所迷惑になるからやめろ。それに雷はカメ君がこんがりしそうだからやめろ。
「カッ!? カカカッ!!」
「あ! 海の中に逃げるのは卑怯だぞ!! 帰って来い!!」
カメ君がピョンと跳ねて、海の中に飛び込んでしまった。
うむ……、さすがのアベルも海に向かって雷はやらないだろう。というか、やるな。
平和だなぁ~。
「うお!?」
アベルとカメ君に気を取られていた、俺のすぐ横をふっとい腕が掠めていった。
「スパーリング中にわき見をするとは、余裕だな?」
「あ、いや、なんかアベル達は楽しそうだなぁって!?」
「なんだぁ? こっちは面白くないというのか?」
「あ、いや、楽しいっす! めっちゃ楽しいです!!」
「そうだろそうだろう? よっし、そろそろ慣らしは終わりにして本気でいくぞ!!」
「や!? 本気ダメ! スパーリング! 訓練! 模擬戦! 練習試合! トレーニングウウウウウ!!!!」
あっるぇ~~~? 俺、バハムートの塩漬けを作っていたよなぁ。
なんでドリーとスパーリングをしてんだぁ????
そうだよ、午前中は収納スキルさんを駆使して塩漬けにしたバハムートをエリヤ油に漬ける作業をしていたんだよ。
夕飯はバハムートのオイル漬けを駆使した料理を作ろうかなーって?
午後からはのんびり釣りをしようかなーなんて?
そうしたら昼飯の後、暇を持て余したドリーとカリュオンが腹ごなしにスパーリングをするとか言い出して?
何故か俺も巻き込まれた。
アベルは筋トレは嫌いだけれどスパーは好きだからな、アベルまでノリノリである。
しかし、カリュオン以外は魔法使いお断り状態で、アベルはアベルで魔力抵抗の高いカリュオンはお断りとゴネたので、カメ君がアベルの相手をし始めた結果のアレである。
そして俺の相手は何故かドリー。
おおおおおい!! カリュオオオオオン!! ドリーとスパるんじゃなかったのかよおおおお!?
あ、シルエットと遊んでる? うん、シルエットの相手をするくらいならドリーのほうがいいや。
魔法使いの相手とか油断するとこんがりしちゃうからね。模擬戦の相手に魔法使いはちょっと……。
そして現在に至る。
「訓練で全力を出しそれを掴んでおかないと、本番で困るぞ?」
「どわっ!」
再びドリーの拳が飛んできて慌ててそれを避けた。
怪我をしない程度に身体強化を使っての模擬戦で、周囲に被害がありそうな攻撃は禁止。
俺とドリーは日頃使い慣れている剣ではなく拳で模擬戦をしている。冒険者たるものメイン武器の他に体術くらい使えて当たり前である。
が、この条件だと収納スキルや分解スキルを使った戦法が使えない。
土石流も雪崩も津波も使えないし、地面を分解もアウト。俺の主力火力がっ!!
丸太をぶん投げるのはギリギリセーフかもしれないが、取り上げられてそれで殴り返されたらこっちがヤバイ。
蘇るシランドル観光の時のトラウマ。
やっぱ、殴り合うしかないのだが、俺もドリーも魔法に頼らず身体強化で殴るタイプでドリーのほうが俺より圧倒的にパワーがあり体も頑丈だ。
俺が勝てるのはスピードくらい?
普通に殴り合うと、どう考えてもドリーのほうが有利なんだよなぁ。そもそも腕の長さが違う。足の長さは身長の差だからね?
というわけで、俺がボコられる未来しか見えない。
なんだけどぉ~、ただでは負けないもんねー!! 使えるものは何でも使っちゃうもんね~!!
「くらえ! 砂かけキーーック!!」
こちらに向かって踏み込み拳を振るう体勢のドリーから距離を取るように後ろへと下がる。そして右足のつま先をグッと砂浜に埋め、左足で踏ん張る。
バサァッ!!
砂の中に突っ込んだ右足で砂を掬い上げるように前に蹴り上げた。
「ぐお!?」
俺が蹴り上げた砂はドリーの顔に当たり、いい感じの目潰しになる。
ふははははは、魔法が使えない脳筋でも殴り合うだけが戦いではないのだよ。
ドリーが怯んだ隙に一発いれてやろう。
勝敗に明確な基準はないが、地面に倒れたり、完全にホールドをされたり、動けなくなったりすると終了だ。
まぁドリーの体格だといくら身体強化を乗せていても、俺程度が殴ったり蹴ったりしたくらいではほとんど効かない。
「うおらああああっ!!」
ならば、全力タックルだーっ!!
「あまいっ!」
腰を下げて突進の体勢に入った俺の顔面を狙うように、ドリーの直蹴りが飛んできた。
もう目潰しから回復したのか? いや目を閉じたままだな!?
見えていないのにほぼ正確な位置に蹴りが飛んで来るとは、恐るべし筋肉熊! これが野生の勘? いや、筋肉の勘か!?
突進を諦め体勢を戻して蹴りを避けると、ドリーは蹴り出した足を地面につき、そこから今度は体重の乗った右の拳が繰り出された。
俺は半身になりつつそれを躱し前へ出てドリーとの距離を詰める。
それと同時に前に出されたドリーの右腕を掴み、ドリーの懐に踏み込みながら時計回りに自分の体を回転させて、ドリーに背中を向けるような体勢になりながら、掴んだ腕の下に肩を滑り込ませ担ぐような恰好で腰の力を使い前へと引っ張った。
ドリーが拳を突き出した方向と俺がそれを掴んで引っ張った方向は同じ。ドリーの拳の勢いに、俺がその腕を引っ張る力が加算される。
俺がドリーを背負うような体勢になり、自分の腰を跳ね上げるように勢いよく前に曲げる。その力とドリーの拳の勢いに任せ、自分の体重を乗せながら掴んだ腕を前に引っ張った。
力任せでは無理だが、ドリーの体重を乗せたパンチを繰り出す勢いを利用し、その方向に腕を掴んで力を逃がすと、さほど力を必要とせずドリーの巨体を投げることが――。
ガクンッ!
あれ? 止まった。 うっそ!?
ドリー自身の勢いを利用して、ドリーを投げてやろうと思ったのに止まってしまいびくともしない。
うっそーーー!! あの勢いで急に止まれるのかよ!? 何それ!? ゴリラは急に止まれるの!? 筋肉ブレーキかな!? しかもこの感覚、がっつり踏ん張ってる!!
ていうか、やば。密着状態で背中向けて固まっているとかやばっ!
あっ! 腰に腕が回ってきて掴まれた! やば! 持ち上げられた!!
「惜しかったな!!」
足が地面から離れた感覚と共にものすごく嫌な予感がした。
や、すごく惜しかった!! もう俺の負けでいいからその先はやめよう!!
「待った! ギブ! ギブギブギブギブーーーー!! ああああああああああっ!!」
やっぱりゴリラは急には止まれないじゃないですかああああああ!!
爽やかに晴れた青い空がぐるんと回った。
俺を持ち上げたドリーがそのまま後ろに倒れながら、俺を投げ飛ばしたのだ。
投げっぱなしかよ!!
ドサリと背中から落ちたのが砂の上でよかった。
砂の上で大の字になりながら見上げた空は青く、夏っぽい熱気を含んで吹き抜ける潮風は、この階層にあんなやべー城があるとは思えないほど心地よかった。
「グランー大丈夫ー? ちょっとドリー! 模擬をするのはいいけど危ない技は使わないのよ!」
リヴィダスが俺を心配する声とドリーにお小言を言っている声が聞こえてきた。
あー、あっちの方ではバケツが大炎上している。シルエット容赦ねーなー。バケツは平気そうだけど。
フルプレートバケツを超火力で燃やすとかどっかの拷問具か!? それがほとんど効いていないバケツもやべぇ。
平和だなー。
ちょーっとエキサイティングな砂場スパーリングだったが、怒濤のような日々の中、気持ちのリセットはできた気がする。
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