第432話◆目覚める島

 息を吐ききるまで法螺貝を吹き続けると、肺の中の空気がへっていくのと同じように魔力も消費されていった。

 周囲に響き渡る大きな音。それは空気を震わせながら、俺の息が切れるまで続いた。

 そして息が切れた時、手にしていた法螺貝が一瞬で長い年月が過ぎたかのように、サラサラと砂の粒になって俺の手から零れていった。


 俺の息が切れ、法螺貝が消えて音は止んだが、音と共に発せられた魔力は周囲の空気を震わせ続けていた。

 震えているのは空気だけではない。

 ビリビリとした振動は徐々に激しくなり、地鳴り、海鳴りの音が響き、地震のように激しく地面が揺れ始めた。

 カリュオンの大丈夫に安心感があるなんてただの幻だったああああああああ!!


「建物が崩れそうだ。カリュオン、外に出よう」

 揺れが激しさを増しこのままでは祠はいずれ倒壊の危険が予測されるため、魔力回復用のポーションを飲みながら、すぐ目の前の窓から外に出ようとした。

 そこで目に入って来たのは、俺達のいる祠がある岬が隆起するように盛り上がり、海の中から新たな地面が現れる様子。

 それにより、海が揺れ波がうねり、津波のようになって島へと押し寄せて来ている。

 地震のように揺れているのは、俺達のいる島が盛り上がるように動いているせい。

 地鳴りはその音。海鳴りはそれによって引き起こされた大きな波がぶつかり合う音。

 海に近い場所は明らかに危険である。カリュオンがどんなに有能なタンクでも自然災害はどうにもならない。

 少しでも高い場所――島の中央の神殿に避難するのがいいだろう。


「まぁ、グラン落ち着け」

 いや、カリュオンが落ち着きすぎでは!?

 津波の危険がある時は海から離れて、高い場所に避難しろって習っただろおおおお!?

 カリュオンを促して避難しようと思ったらポンと肩を叩かれ、カリュオンが面白そうに上を指差した。

「へ? え? うお!?」


 カリュオンが指差した先を見上げると、激しい揺れで壁に入ったヒビから、粉のような青白い光がふわふわと上がっている。

 よく見ると壁が青白い光に変わり、ヒビがひろがっていっている。いや、建物が消失しているという方が正しい。

 ヒビが入った場所からパラパラと落ちて来ている石壁の破片も、空中で青白い粉になって消えている。

 よく見ると、地面からも青白い粉のような光が上がっている。


 俺達のいる場所が消えつつあるのか?

 俺やカリュオンの体や装備から粉はでていない。ダンジョンが作り出したものが消えているのだろうか?

 反射的に胸のポケットに入れたカメ君の形をしたアクアマリンを確認した。

 良かった、青白い粉はでていない。でていたら収納に投げ込むところだった。


「グランは妖精の地図で遊んだことはあっても、地図が作り出したダンジョンの終焉の瞬間を見たことはないのかな?」

「ああ、普通に出口から出たな。一度ダンジョンの中で眠りこけて、その時に時間切れで外に放り出されたようだが、寝てたからダンジョンが消える瞬間は見てないな」

 あれは俺の一生の不覚だな。ラトに釣られて酒を飲みすぎてダンジョンが消えるまで寝ていたやつ。起きていたらダンジョン崩壊の瞬間を見ることができていたかもしれない。

 あの時は地図を使った場所に出されたから、今回もここが消えれば元の場所に出されるのだろうか?

「これはダンジョンを生成してる魔力がどんどん実体化を解かれていっている状態だ。このままこれが続くと、この空間はいずれなくなるだろう。ここはダンジョンの中に形成された、別のダンジョンといったところだな」

 ダンジョン内のどこかに転移したかもしれないという可能性もあるとカリュオンが言っていたな。そのダンジョン内のダンジョンの消失。

 うわー、海上とか海中とかはやめて欲しいな。元の階層の地形からして海上に出される可能性は十分ありうる。

 やべぇ、さすがに収納の中に船は入っていない。今回のことを教訓に、無事に帰ったらもしもの時のための小型のボートを買って、収納に入れておこう。



 話しているうちに俺達のいる祠の屋根と二階部分が全て粉となり、満月の光で明るい夜空が頭上に見えるようになった。

 残っている祠も、俺達の立っている地面も、島の大半を占めるジャングルも、月明かりに照らされる砂浜も、荒ぶる海も、全てが仮初めの存在であることを証明するかのように、サラサラと青白い光の粉になって空中に散っていく。

 たった半月しかいなかった場所だが、すっかり愛着が湧いてしまっていたようだ。

 カメ君もここにいた存在なら、この場所と共に消えてしまうだろう。

 わかってはいたことだが、少し寂しい気分で胸ポケットのある場所を押さえた。


 カメ君は何者だったのだろうか?

 形状からしてクーランマランに関係した存在と考えるのが自然だろう。

 俺達をここまで案内するための存在だった? いや、ついてきていただけで何もしなかったな?

 ただ単に脱出するためだけの鍵だったのか? カメ君は俺達を脱出させるための存在だっただけか?

 その割には妙に感情が豊かで、ダンジョンに棲む仮初めの命だということを忘れてしまいそうだった。


 気になるのは消えたクーランマランらしき像と、それを封印するかのように配置されていた祠に、シュペルノーヴァの像が置かれた神殿。

 それに亀の形をした島。

 詳細はわからないが、この場所が古代竜に関係ある場所、もしくはその存在を模した場所であることには間違いないだろう。



「見ろよ、グラン。この島……いや、この空間の主が姿を現すぜ」

 俺達が半月の間暮らしていた祠は青白い光の砂となって消え、周囲の光景がよく見えるようになった。

 地面やジャングル、海はまだまだ残っているが、その全てから青白い光の粉が上がっている。

「あれは……」

 俺達がいる岬――亀の形をした島の首から上の部分は、頭部の辺りで直角に右に曲がった形をしている。

 いや、地図だけ見てここが首でその先は頭だと思っていた。

 俺達が過ごした祠があったのはそのちょうど曲がった部分。


 地面がグラグラと激しく揺れ、亀の頭だと思っていた部分が大きく隆起し、その先の海面も合わせて持ち上がった。

 最初に海の中から飛び出したのは薄い、だが大きな三角形の板状のもの。

 その正体に気付いた時には、三角の付け根とそれより先の部分、左右にひろがったもの全てが姿を現していた。

 そしてその上に乗っていた地面がバラバラと砕けて海の中に落ちていく。海の中に落ちた地面は海水とまざり、共に青白い光の粉となって空中へ。

 空中へ舞い上がった光の粉は、まるで吸い寄せられるように、水中から姿を現した巨大なそれに吸い込まれていった。


 地図上では頭のような形だった場所。俺達が生活していた祠の先。そこが持ち上がり海の中から現れたその姿の全て。

 最初に海中から最初に現れたのは背びれ。俺が頭だと思っていたのはその背びれの少し後ろ、背中の一部。

 胴体から横に伸びる長細い三角の胸びれ。胸びれの付け根のすぐ上に並ぶエラの切れ込み。

 鋭い牙が並ぶ口に三角に尖った鼻、深淵の闇のような真っ黒で無機質な丸い瞳。


 どう見ても超巨大鮫。


 その体は後ろの方へいくにつれ、カメの形をした島と繋がっている。

 俺達がいるのは背びれと島の中間辺り。

 これは俺でもわかるぞ! あの像と同じ形だよな!? この島が亀の体から鮫が生えた像の形をしてるんだよな!?

 つまり、この島は動く。いや、島じゃない。

 クーランマランの体だあああああああ!!!

 俺達が島だと思っていたのは、クーランマラン、もしくはそれを模した巨大生物の上に作られた島のような場所だったのだ。

 そりゃドラゴンフロウもたくさん生えているわけだよ!!

 魔力を隠し全く動かない状態ならその気配を感じなくてもおかしくはない。

 このクーランマランは本物か? それともダンジョンが模して作ったものか?

 模して作ったものなら勝ち目があるか? いや、ないな? やっべー、どうすりゃいいんだ!?


「グラン! ここも、地面が剥がれ落ちそうだ、移動をするぞ!」

「どこに!?」

 安全なのは島の中央か?

 この辺りはクーランマランが動き出せば体の上に乗っている地面が海の中に滑り落ちてしまう。

 島の中央部分なら安全かもしれない。とりあえず安全な場所に行って次の行動を考えよう。


 祠を順番に回ったら帰れるって地図に書いてあったんじゃないのかよおおお!!

 カリュオンの翻訳に従って、ちゃんと順番通りに回って、その後の指示されたこともちゃんとやったぞおおおおお!!

 なのにナンデ!? あっるえええええええええ!?


「背びれの方に行くぞ。甲羅の上のジャングルも、本体が動けば全部振るい落とされるんじゃねーかな?」

「うげ、確かに」

 島の中央と思ったが、確かにカリュオンの言うように背びれの方が安全かもしれない。

 超巨大鮫の顔はめちゃくちゃ怖いけど!!

 鮫っつっても島の岬サイズだしな。海に潜られない限り大丈夫か?

 振り落とされて、パクッとされたらどうしようもないが、それはどこでも一緒か。

「指示通りやったら帰れるって信じようぜ」

 そ、そうだよな!? 余計なことをしないで、指示を信じていいよな!?


 俺達が背びれの場所まで移動して間もなく、首から下の部分が立ち上がるように持ち上がり、背中の上に乗っていたジャングルが海の中へと崩れ落ちていき、その姿の全てが現れた。


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