第429話◆閑話:たぶん非常識な奴ら

 そんなわけで、この閉鎖された空間に現れた異物に何が何でも付いていくことにした。

 幸い赤い方はかなりチョロい。チョロい上に食い物までくれる。人間とは思ったよりも小さい存在にあまい生き物なのだな。

 変な半エルフの方も、変な奴だが箱庭に棲む魔物をボコボコと倒していくので、ヒョロヒョロしているわりには使える変エルフのようだ。

 どちらも小さき存在にしてもいい線をいっているのではないかな。

 こいつらに任せておけば、すぐにここから出られそうだな。

 ふむ、まずは箱庭の中央の神殿に向かうのか。あそこはむかつく石像がおいてあるが、あの神殿の中には俺の力の一部が封印されている。


 っておい、何、道草を食ってんだ! さっさと進め! ドラゴンフロウ? ああ、その辺にたくさん生えているな。

 海の中にいた頃は生えなかったが、この箱庭に閉じ込められてからは陸地部分のあちこちに生えているな。俺様の本体から溢れる魔力の賜物だ、ありがたく採取せよ。

 ドラゴンフロウではないが海の中にも、竜の魔力の影響を受ける海藻があるから無事にここから出たら教えてやってもいいぞ。

 って、そうじゃない! さっさと進め!


 ん? 火竜のおっさんの縄張りに生えているドラゴンフロウより使いやすそう? よし、許可する、いくらでも持っていくがよい。

 そうか好きか、男に言われても嬉しくないが、まぁストレートな好意は悪くないな。ああ、ドラゴンフロウの話だったな。

 ほう、お前ら亜竜系の良さがわかるのか。うむ、よかろう、ここから脱出した後は俺様が安全な場所まで送り届けてやろう。

 おっと、つい言葉を交わせる生き物に会うのが久しぶりすぎて、偉大なる俺が矮小な存在と普通にコミュニケーションをとってしまった。

 今は俺の方が言葉を話せないから、こちらの意思を伝えるのが難しいが、まぁ今までの虚無な時を考えるとこれでも満足だ。



 うむ、少々道草を食ったが順調に神殿に到着したな。

 相変わらずむかつく石像があるな。

 変エルフは海エルフ語が読めるのか? しかもこの文字の汚さがわかるのか?

 よろしい、なかなか違いのわかるエルフではないか。

 そっちの赤毛は移り気すぎな奴だの。なんでもかっこいいといいおって、かっこいいの価値が下がる。

 そうか、変エルフは俺に一目で惚れたのか! 違いがわかるよいエルフだな!

 そうだな、しばらくここに閉じ込められていたからな、外では俺の姿は見られていないだろうな。だいたいあの赤いおっさんが悪い。

 確かここと外では時間の流れが違うと言っていたな。こいつらの話を信じるなら外は数百年程度しか過ぎていないのか?

 うむ、変なエルフはいい奴だから、本体を取り返したらいくらでも見せてやるぞ!


 おっと、つい小さき者達の話を聞いてしまった。

 ここに来るのは久しぶりだし久しぶりにこのむかつく石像でもぶん殴っておくか。

 …………。

 無駄に硬い石像め! 殴ったら手足が痛くなったではないか! やっぱおっさんはクソだな!


 ん? 神殿の屋根の上に上がるのか?

 まぁ、一度くらいお前達のいる場所を見ておくのもいいだろう。

 なんといってもここは偉大なる――ん? おい? 赤毛! なんだその地図は!?

 愚かな亀の島!?

 どう見てもおっさんのきたねー海エルフ文字じゃねーか!?

 誰が亀だ! それにここは……って他にも俺の悪口と、おっさんの自画自賛が書いてあるじゃねーか!


 下の方にすごく適当に俺の封印の解き方らしきことが書いてあるな。おっさんが俺の力と本体の封印を解くには、仕掛けがあると言っていたがこれか。

 そっちの方が重要だろ、常識的に考えて!!

 もう少し綺麗な字で、でかく、わかりやすく書けよ! というか、もっと使用者が多い言語で書けよ!

 たまたま、海エルフ語なんていう不人気の言語を読めるエルフがいたからいいものの、もしこの変なエルフがいなければ、喋れない俺が地面に文字を書いてでも通訳することになっていたではないか!

 イラッときて地図を破いてやろうと思ったら、赤毛がシュッと隠してしまった。

 くそぉ、その地図を破らせろおおおおお!!

 ……と思ったら、この地図が神殿の扉を開ける鍵だったようだ。あぶないあぶない。


 く、それにしてもこの神殿の中は蒸し暑いな。おっさんの加齢臭のする魔力でいっぱいだし、実に不愉快である。

 アーーーッ!!

 あの燃えてんは俺の力の封印を解く鍵じゃん!

 あの炎を消してパーツを全部集めないとダメなやつだな。

 赤毛が水をかけているが、始祖の古代竜の炎だ。水をかけたくらいで消えるわけがなかろ。

 ここは偉大なるこのクーランマラン様の力でだな、この炎の魔力を吸い取って消してやろう。水は火に強いのだ!

 少し時間はかかるが、できないことではない。今日は朝から魔力を含んだ食事をして調子もいいしな!

 そして、炎の魔力を吸い取れば俺の糧になり、僅かだが俺の力にもなる。


 よっし、ここは俺にませて……ファーーーーーーーッ!?

 雪!? 雪崩!? おい、赤毛!! 何だそれは!?

 収納スキルに雪を詰め込む馬鹿なんているのか!? ここにいいたぞ!! なんでそんなもの持ち歩いているのだ!?

 収納スキルの無駄遣いかっ!?

 あ、火ぃ消えたわ……。


 まぁいい次こそは、ってどうやってこいつらにマテをさせればいいのだ!?

 おい、少し俺の話を聞け!! ん? 休憩するのか? 休憩中に地面に書いたら伝わるか?

 ん? 何だそれは? フェニクックのナゲット? なんじゃそりゃ?

 フェニクックは知っているぞ。不死鳥のくせに飛べないし、歩くのもへったくそなやつか。火属性の魔物だがなんか親近感を覚えるやつだ。

 うむ、俺は高貴な生き物だから、属性なんか気にしないで食えるぞ。なかなか美味いではないか、よきよき。

 ――そういえば、伝えようと思っていたけれどなんだったかな。まぁ、忘れてしまったのならたいしたことではないのだろう。

 長い間他者と関わらなかったせいで、少し忘れっぽくなっておるな。いかんいかん。



 アッ! 思い出した! そうだ、炎! 炎の消し方!!

 ファーーーーーッ! 今度は土砂が出てきたぞ。

 伝えようと思っていたことを思い出した時にはすでに手遅れだった。

 だから! なんで! 土砂なんか持ち歩いているのだ!

 そうか! 俺が知らない間に人間は土砂や雪崩を持ち歩くようになったのか!

 そういえば火竜のおっさんが言っていたな。命が短い者は生活様式が時の流れと共にドンドン変化していき、そのサイクルは俺達の感覚からしたら非常に速いと。

 なるほど、今の人間の生活スタイルか。雪崩、土砂ときたら津波も便利だから入れておくとよいぞ。


 うげっ! 食い物に釣られているうちに他の祠の炎も土砂で消しおったな。おのれ、小癪で大雑把な奴め。

 まぁ、少々変わった奴らだが美味い飯を出してくるし、魔物から守ってくれるし悪い奴らではないな。

 ここを無事出ることができたら感謝して褒めてやるぞ。

 ドラモツカレーというやつはとくに美味かったから、ここにいる間はこの俺様の仲間……いやいや下僕と認めてやろう。

 しかし、万年ぶりに他の者と交流をしたせいか、誰かと共に狩りをするのはなかなか楽しいな。

 いいだろう、必要な時は手伝ってやってもいいぞ。

 ……ここにいる間だけだがな!?


 まぁ、無事に俺様の封印を解くための像が元の形になったからよしとしよう。

 どうだ、かっこいいだろう。像は小さいが本体は圧倒的な大きさだぞ。無事に取り戻すことができたら見せてやるから、楽しみにしておけ。

 む? その像の封印を解くには満月まで待てだと? なるほど月が満ちる日は海竜の俺の力が、最も強くなる日だ。この時に封印を破れということか。

 時間に制限のある生き物にとっては少々面倒くさい時間の長さか? 人間にとってはともかくエルフにとっては短い時間だろうに。

 万の時をここで過ごした俺にとっても月が満ちるまでの半月など一瞬に等しいな。

 文明に囲まれて暮らしている者が、半月とはいえ何もないこの場所で暮らすのは苦痛だろうがせいぜい頑張ることだ。俺はここで万の時を過ごしてきた、何か困ったことがあれは指導をしてやってもよいぞ……え?


 ななななな? なんだこれは?

 まるで人間や海エルフの暮らしを覗いた時のような光景になっているぞ?

 どっからそんなものを持ちだしてきたのだ? ああ、人間のくせに収納スキル持ちだったな。俺が知らない間に最近の収納スキルの使い方も変わったのだなぁ。

 俺が知っている頃は、狩りの戦利品や旅道具を入れている者が多かったが、今の時代は日用品も入れているのか。時代とは変わるものよの。

 外に出たら少し世界を見て回るのも悪くないな。

 うむ、驚きはしたがなかなか快適だな。赤毛は少し大雑把なところはあるがなかなか有能な奴のようだ。


 くくく、後は月が満ちるまでの僅かな時間、ここで過ごせば俺は力を取り戻して外に出ることができる。

 ここにいるのは後半月、もう出られたも同然だな!!






 なーんて思っていたら、なんだこいつら!?

 





 満月を待つこととなり、像の頭部のあった祠を奴らが拠点とし一晩明けた翌日は、像の他の部位があった場所をもう一度確認に行った。どうやら、月が満ちる前に脱出できる方法がないか探しているようだ。

 なるほど、雑な奴らだと思ったが、案外まともな行動もするものなのだな。

 俺にとって月が満ちる時間などほんの一瞬だが、少しでも早く出ることができるならそれはそれでありがたい。

 しかし、そんな方法は見つからず諦めて月が満ちる日を待つことにしたようだ。うむ、大人しく待っておれば半月くらいすぐに経つぞ。


 翌日からは赤毛がせっせと生活環境を整え始めた。

 すでに十分快適そうに見えるが、人間とは贅沢なものだな。万の時が過ぎる間、俺は何もないところで過ごしたのだぞ!?

 む、これは先日一緒に獲った魚か。魚の干物は海エルフがよく作っていたのを見ていたぞ。クラーケンや海藻も干物にするのは今でも変わらぬようだな。

 仕方ない、干物が出来上がったら海の味に詳しい俺が味見をしてやろう。


 む? 暇になったから俺の像を磨いて、細かい部分まで修復する? 良い心がけだ。

 赤毛は大雑把だが指先は器用なようだから綺麗に修復できたら褒美をとらせるぞ。

 おそらく綺麗に修復して封印を解いたとしても、たいした意味はないと思うが、やはり自分を模した像が綺麗になるのは気持ちいいものだからな。

 って、おい! 何やってんだ!! 大砲ってなんだ!? ばるかんってなんだ!?

 かっこいい? 俺は今のままでかっこいいから余計なことをするな!

 羽? 空はちょっと飛びた……いや、飛びたくない! 飛びたいけれど飛びたくない! 飛びたくなんかないもん!!

 カーーーーーッ!! 余計なことをせずに普通に綺麗に修復しろ!! いいな!?


 って、赤毛の凶行に気を取られていると、ジャングルの方が騒がしいぞ?

 おい、赤毛! 魔物がたくさんこちらに向かってきておるぞ! なんとかしろ!!

 え? バケツ? あの変なエルフか? 俺はアイツはいい奴だと思うぞ?

 え? アイツが原因?

 ファーーーーーーーーッ!? いっぱい魔物がきたーーーーーーー!!



 それから月が満ちるまで、毎日、四六時中騒がしい日々が続いた。



 だから! 像を魔改造するな!! 変な大砲も車輪も付けるな!!

 俺はそのままで十分かっこいいのだ!!

 

 潮干狩り? ああ、貝を掘るのか? 面倒くさいから砂を収納すれば、貝は生きているから収納できずに残って楽だ?

 まぁ、確かに効率は良さそうだな、って海岸の砂を収納したら海水が押し寄せてくるのは当たり前だろ!! アホかっ!!

 で、回収した砂を一気に海に戻せば、そりゃプチ津波が起きるのは当たり前だろ!!

 わかる、わかるぞ!! 赤毛、お前は後先を何も考えていないだろ!?


 ん? 地震? はて? 今までここで暮らして地震など一度もなかったが?

 んえ!?!? あの半エルフかっ! 棍棒を使った技!?

 ふぉおおおおおおおお!? また魔物がいっぱい来たぞおおおおお!!!

 海の津波はなんとでもなるが、魔物の津波はやめろおおおお!!!

 変エルフ、お前はなぜ一人で帰宅しないのだ! 知らないお友達を家に連れてくるな!!


 ん? なんだその穴は? なぜ地面に穴を掘って湯を入れているのだ?

 火山エリアで汲んできたオンセン? なるほど風呂か。確かに気持ちがよいな。

 気に入ったぞ、毎日オンセンとやらを所望する。

 火山のある場所ならオンセンがありそうだと? 俺がよく知っている火山はルチャルトラだな。

 あれは、ダメだな。あの火山は加齢臭がする。


 お? 半エルフは夜に鍛錬をしているのか? 赤毛は早朝だな。

 何? 見られていると恥ずかしい? 努力をしているというのは恥ずかしいことではないぞ。

 うむ、それを知られるのが恥ずかしい気持ちは少しわかるな。

 俺も混ざり物がある身だからな、少しでも弱みを見せるとつけ込まれる。常に完璧で強くありたく思う。


 だがそれも疲れるのだよなぁ。そうそう、愚痴るのも弱さを見せるようで恥ずかしくて、つい溜め込んでしまうのだ。

 わかるぞ、誰もいないところで吐き出すと少しはスッキリするよな。まぁ、実は俺が聞いているのだがな。

 お前のエルフと人間の能力の融合はお前の努力の賜物だろ? 誇るがよい。

 そうだ、混ざり者には混ざり者にしかない強さがあるのだ。劣等種ではない、混血は可能性がある種なのだ。

 俺やお前のように、混ざることにより長所が増えるのだ。

 うむうむ、自信を持ってよいぞ。


 ふお!? 話したらスッキリして叫びたい気分になった?

 おい、やめろ!! この数日で学んだぞ! お前の叫び声には挑発効果があって魔物がよってくる!

 本来は森に棲むエルフが歌声で動物や精霊を操る時に使うやつだよな!? どうして、そうなった!? 修行の成果!? 努力の賜物!?

 方向性ーーーーーーーーー!!!

 アーーーーーーーッ!! シーサーペントが来ているぞおおおおおおお!!

 この騒ぎに赤毛が起きてきて、共にシーサーペントを始末したが、半エルフに巻き込まれて俺まで説教をされた。


 



 毎日何かしらトラブルがあり、退屈をしないうちに月が満ちていった。

 無限の時間を生きる古代竜にとって月が一度満ちるだけの時間など、本当に一瞬の時間なのだ。

 一瞬すぎて名残惜しいとも思えてくるが、きっとすぐに忘れてしまうだろう。

 どんなに名残惜しく感じても、俺と奴らの住む世界は違うのだ。長い時間の中、一瞬で通り過ぎていくだけの存在。

 おっと、俺らしくない。俺は俺だけで十分だ。今までずっとそうだった、これからもそのつもりだ。





 なのにどうして、こんなに名残惜しいのだろう。




 この者達とならずっとここにいるのも悪くないと思ってしまうのだろう。








 ……きっと久しぶりに食べた飯が美味かったからだ。


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