第430話◆最後の昼飯

「よっと、これは帰ってからだなー。もうしばらく潮風に当たる場所で干したかったけど、もう今日でこことはおさらばだし続きは家で干すかー」

 祠の横に作った干物コーナーにブラブラと干しているシーサーペントの干物を回収して、収納の中へと突っ込んでいく。

 長いようであっという間に過ぎた孤島でのスローライフ。それももうすぐ終わりが近付き、お片付けの時間だ。

 時々カリュオンが魔物を連れてくる以外は、平和でのんびりとした理想のスローライフだった。

 そして今日は満月の日。

 像が吐き出した紙には満月の日を待てと書かれていた。

 あれ? 戻れるとは一言も書いていないけれど、大丈夫か!?


 長いと思っていたが、気付けばあっという間に半月が過ぎていた。

 最初のうちはパーティーメンバーのことが気になってそわそわしていたが、どうせ満月の日まで戻れないと思うと落ち着いてきて、帰る方法を探すより、帰った時のいいわけを考えることを優先することにした。

 お説教回避のためのスタイリッシュでエレガントな言い訳を半月かけて考えておくのだ。


 たった半月間ではあったが、少しでも快適に生活しようと思って弄くりまわしていたら、拠点にしている祠がすっかり生活臭に溢れてしまった。

 カメ君が毎日釣りを手伝ってくれて、入れ食い状態なのでつい魚を釣りすぎてしまい、片っ端から干物にした。

 その度に干す場所が足らなくなって、ジャングルの木を切って干物台を追加したため、今では祠の周りが干物台だらけである。

 海が目の前にあるため塩が作り放題。そんなの塩を使った保存食を量産するに決まっている。

 いやー、無人島快適スローライフは楽しいなぁー。あー、いやいや、遭難生活は大変だなぁ。


 そういえば、ある夜トイレに行ったカリュオンが、何を思ったか海に向かって叫んでシーサーペントを呼び寄せてしまったことがあった。

 二階のベッドでぐっすり寝ていたのに、深夜に響き渡った叫びと直後に現れたびっくりするくらい殺気立った魔物の気配に、びびって飛び起きたよね。

 中型のシーサーペントだったので問題なく倒せたが、気分で深夜に叫ぶのはやめてほしい。

 ていうかなんでお前、トイレに鈍器持ち込んでんだ? まぁ、その鈍器のおかげでシーサーペントを倒すのは楽だったけど。それにしてもシャツ一枚でも硬いエルフだな!?

 で、そのシーサーペントを適度な大きさに切って塩漬けにして、その後天日干しにするのにかなり場所をとられてしまい、祠の周りが干物台だらけになってしまったのだ。

 かなりいい感じに仕上がってきたが、もう少しパリンパリンのガッチガチにしたい。


 海藻の類もこれでもかってくらい採取して乾燥させておいた。

 干物も海藻もあまりかさばるものではないので、いくら詰め込んでもよっし!

 海藻といえば、ある日カメ君が海の中から見たことのない海藻を採ってきた。

 鑑定してみると海竜草と見えた。寄生虫をはじめ、生き物の体内に寄生する系の生物を排除する効果があるらしい。

 む? 海竜種の棲む海で繁殖する魔力を含んだ海藻か。これは海藻だけど薬草の類のやつだな。

 戻ったらシルエットに相談してみよう。

 潮だまりや、浅い場所のサンゴにくっついて生えているのか。もしもの時のために持っておくとよさそうな薬草だし、持ち帰れるだけ持ち帰るぞ!!


 ジャングルに生えているドラゴンフロウも片っ端から採取した。

 これでしばらくポーションには困らないな。たくさんできそうだから大きな町に行って売り捌くかなぁ。

 しかもランクの高い素材だからポーションにしているうちにまた薬調合のスキルが上がりそうだ。

 やー、案外この孤島生活も悪くないなぁ。

 ……いやいや、そろそろ帰らないとやばいことになりそうだしな。少し名残惜しいけれど、帰らないと。


 帰る前に最後の潮干狩りもしておきたいな。ピエモンは海から遠いから海産物は手に入りにくいんだよな。

 しかし、生きている貝は収納に突っ込めないので少し不便である。仕方ないので昨日までに採取したものは干物にしたり、水煮にしたりして収納の中に突っ込んだ。

 今日、採取したものはそのまま籠に入れて持って帰って、貝がたくさん入ったパスタにしようかなぁ。

 潮が引いている時に海岸で貝掘りをするのもスローライフ感があって悪くないのだが、ずっとやっていると面倒くさいし効率も悪いので、収納スキルで周囲の砂を適当に回収すると、生きている貝は回収できずその場に残るので非常に楽だ。

 しかし加減を間違えると、海水がドバーッと流れ込んでくるので注意しなければいけない。

 そして回収した砂を何も考えずに海に捨てると、小規模ではあるが津波のような状態で海水が海岸に押し寄せてくることを覚えた。うーん、物理。


 そういえば、家……いや、祠の横に穴を掘って火山の階層から持って来た温泉水を入れて、海の見える温泉ごっこもやったんだよなぁ。

 カメ君がすっかり温泉を気に入っちゃってずっと浸かっているから、茹で上がらないか心配だった。


 何だかんだでカメ君とはすっかり仲良くなってしまって、情が湧いてきてしまった。

 俺達がここを脱出したらカメ君はまたここで暮らすのかなぁ。ここは、俺達みたいに引き込まれた冒険者が時々来たりするのだろうか。

 それともずっとここでたった一人で暮らしているのだろうか。ああ、魔物もいるから一人ってわけでもないな。

 いかんいかん、ダンジョンの魔物に情をかけすぎてはいけない。

 今日でお別れかな? さすがにそろそろ帰らないとまずい。


「おーい、グランー! 中の荷物は纏めといたぜー! でっかい家具の回収よろしくー」

「了解ー!」

 カリュオンが祠の二階の窓から顔を出して俺を呼んでいる。

 きっと今日が最終日。忘れ物がないようにしないとな。

 まだ日は高い。月が出てくるまではしばらくある。もう少しだけ、最後の遭難ライフを満喫しておこう。





「ついにここで食べる飯も最後かー! 最後だといいなぁ!? で、最後の晩餐ならぬ最後の昼飯は何かな?」

 おい、不吉なことを言うな! さすがに戻らないと、ドリー達に迷惑がかかりすぎる!

「昼飯というか午後のおやつの時間だけどな。この島での最後の食事は海らしい料理にしたぞ」

 祠の中に置いていた使わないものを片付け、もう食卓と椅子しか残っていない。

 この半月ですっかり生活臭にまみれた空間になってしまっていたが、今はほとんど元の寂しい祠だ。


 鮫亀の像が吐き出したメモを信じると、何かが起こりそうなのは満月が出てからだ。

 ボス的な魔物が出てこないとも言い切れない。

 いつも夕飯を食べるくらいの時間だが今日はその時間に夕飯は無理そう、昼食をいつもの時間に食べると今夜何かが起こるのを待っているうちに腹が減りそうなので、昼飯の時間を少し遅らせて午後のおやつタイムくらいの時間にした。

 戦闘があるかもしれないため、あまりギリギリに飯を食うと体が重く感じるからな。

 飯を食った直後から絶好調すぎるのはバケツくらいである。


 祠の中にポツンと残った食卓の上にドンッと出したのは、黄色い米粒が印象的なシーフードパエリアっぽいもの。

「これはリュか。久しぶりに見るな、ユーラティアではリュを使った料理はないからな。具は確かに海っぽいものばかりだな!」

 シランドルに行った時に購入したリュという長細い米のような穀物、それからこの島に来てから釣りまくっているクラーケン、昨日掘って砂を抜いた貝、エビっぽい魔物。

 リュを黄色く染めているのはスワローレッドという薬草のめしべを乾燥させたものだ。

 赤い色をしているためレッドという名前だが、水に溶かすと黄色くなるあたりが前世にあったサフランに似ている。香辛料でもあるが、ヒーリングポーションの材料でもある。

 ユーラティアではあまり手に入らないお高い素材なのだが、これも島にたくさん咲いていたのでここぞとばかりに採取しておいた。

 この島に生えているスワローレッドは綺麗な赤なので品質も良いものだ。

 良質の素材だらけの島なので、もう来ることはなさそうだと思うと非常に残念である。


「海で魚は捕れるし、陸には魔物の肉があるしでわりといい場所だったなぁ」

「採れないのは野菜くらいだなぁ。ストックしておいてよかった」

 魚介類と肉、それ以外に海藻や果物も手に入るが野菜だけは手に入らないので、それだけは収納のストックを使うしかなかった。

 もっと長くいるなら、島の内部に畑を作って野菜を育てないと野菜不足になりそうだな。

 それはそれで楽しそうだな。

 パーティーメンバーに心配をかけない状況で、孤島でサバイバル生活は少しやってみたい気がする。

 できれば今回みたいな温暖で気候が安定していて、珍しい薬草がたくさん生えていて、魔物の強さはほどほどで安全な拠点があると最高。

 あまり長いと面倒くさいのでやはり半月か一ヶ月くらい、ちょっとしたレジャー気分で南の孤島を満喫するのも悪くないな。

 次のやりたいことは決まったな!!


「カメッ子ともそろそろお別れかなー? んー? それともグランに餌付けされちまって元の生活には戻れないってか?」

 テーブル上にちょこんと座って、小さな器に俺達と同じように盛り付けてあるミニパエリアに、頭を突っ込んでいるカメ君の方にカリュオンがスプーンを向けてクルクルと回した。

「カーーーーーッ!」

 いったん食べるのをやめて顔を上げたカメ君が、スプーンの動きに釣られて首を動かしながら怒っている。

 食べている時に挑発するのはやめてやれよ。可愛いから止めないけど。サフランの色が頭について少し黄色くなっているのも可愛い。

「そうだなぁ、カメ君ともついにお別れかー。半月って長いようで短かったけど、カメ君がちょっと大きくなってるところを見ると、やっぱ長かったのかな?」

「カッ!?」

 不思議そうに首を傾げるカメ君は、ここに来た初日、俺の服の袖口に張り付いていた時に比べ二回りくらい大きくなり、今では俺のてのひらより大きくなっている。

「グランが高位の魔物の肉を使った飯ばっかり出すから、その魔力を吸収して成長したんじゃね? 成長期あるあるだろ」

「まぁ、生き物は食ったものの影響を受けるもんだしな」

 魔力の影響を受けやすい生き物ならなおさらだな。カメ君は俺が外部から持ち込んだ素材で作った料理の影響を受けてしまったのかもしれない。

 まずいことをしたかな?


 ちなみに人間も食材に含まれる魔力の影響は受けるが、余程強烈な素材でもない限り大きな影響は受けない。長い時間をかけて食生活がジワジワと成長に影響している感じだ。

 それでも長期間にわたって受けた影響は分かりやすく現れるので、子供のうちに将来を決めて英才教育をしているような家系では、食事に気を遣っているとかなんとか。



 食事が終わると残っていたものも全て片付け、あとは日が沈み月が昇るのを像の置いてある祭壇の前でボーッと待つだけ。

 もしかするとこの後、戦闘があるかもしれないのでカリュオンも大人しくマテをしている。


 日当たりの良い窓の前に置かれた祭壇。

 そこで毎日、日の光、月の光、星の光に晒された鮫亀の像は、日が経つにつれ溶岩が冷え固まったような真っ黒でスカスカな岩石から、青みを帯びた岩石に変わり、それが最終日の今日になって海水をそのまま固めたような透き通った宝石――アクアマリンになっていた。


 や、これ貰って帰ったらダメかな?

 痛っ! カメ君、もしかして俺の心を読んだ? 蹴らないで! 持って帰らないから、蹴らないで!

 ちょっと大きくなって蹴りもパワーアップしたのかな!?

 ……尻尾の先端部分だけでもいいんだけど!? いたっ! ゴメン、ゴメンて!


 くそぉ、こんなことなら像に色々オプションを付けて、その部分だけでも貰えないか試してみるべきだった。 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る