第415話◆叫びの大地

 十一階層は温暖な気候の果樹園。

 ここもダンジョンなのに人工的で不思議な階層だった。

 ちょおおおおおっと変な虫や果物が好きな小動物が多くて、果樹園を荒らしたら総攻撃を食らう以外はだいたい平和だった。

 果物大好きアベルがあちこちで転移魔法を使って果物を採ってくるので、その度に虫や鳥の歓迎を受けた。

 なおそいつらも食べられるようだが、鳥はともかく虫はちょっと……。


 十一階層を抜ければ、花畑の広がる十二階層。

 ここはあまり広い階層ではなく、直通なら普通に歩いて一時間程度で抜けられる広さで、この階層の入り口にセーフティーエリアが設けられており、ここが十五階層手前では最後のセーフティーエリアになるためここで一泊。


 セーフティーエリアで一泊した翌日は、予定では今日ついに、このダンジョンの攻略が止まっている十五階層――海のエリアに到着する。

 今日もまた、ギルド職員パーティーと出発が被ってしまい、緊張した一日になりそうだ。

 

 出発してすぐに突入する花畑。花畑と言えばカリュオン大活躍のミツバチエリアでもある。通りすがりにカリュオンにミツバチを押しつけてハチミツ採取。

 これは合法的で誰にも迷惑がかからず効率的なハチミツの採取方法なので、ギルド職員に見られても何もやましいことはない。

 広い花畑のある階層でミツバチ系の魔物が棲息している場所は、冒険者ギルドの養蜂箱が設置されていることが多い。もちろん、この階層にも養蜂箱が設置されている。

 王都のダンジョンでも同じように養蜂箱が設置されている階層でハチミツをたくさん採取したが、そことは違う花が咲いているので、また違ったハチミツが手に入って嬉しいなぁー。

 カリュオンがミツバチを団子にする。ミツバチを狙って現れるスズメバチはゴリラ達が倒す。俺は手早くハチミツを回収する。

 どっからどう見ても非常に効率的なハチミツ回収作業である。




 十二階層でミツバチの巣箱にちょこっと寄り道をした後やって来た十三階層で、俺とシルエットはスーパーハイテンション状態になった。

「ラゴラ! ラゴラ!! ラゴラ!!! 超ラゴラ畑!!!」

 あまりの光景に語彙力が酷いことになってしまったが、これしか言葉がない。

「グラン、よく見てごらんなさい。あれはラゴラではない正統派マンドレイクよ。この階層最高だわ、この階層にセーフティーエリアがないのが残念すぎるわね」

 俺以上の薬草好きのシルエットがうっとりとした表情で十三階層に広がる光景を眺めている。


 十三階層――先の田園地帯、果樹園の階層と同じく、ここも一見人工的な畑が広がる階層。その畑の間を歩きやすく踏み固められた農道が縦に横にと走っている。

 少し汗ばむくらいの気温だが日差しは強すぎず、時々吹き抜ける爽やかな風のせいで、非常に平和で穏やかな気分になる。

 こんな平和な光景が広がるこの階層も、Aランク限定エリアとしての一面を持っている。

 その一面とは、まるで人の手が入っているように整えられた畑の畝に繁る農作物、いや農作物に見えるもの全てが魔物である。


 人工的に見えるダンジョンの畑に生える農作物――それは、マンドレイクとその亜種ラゴラ系の魔物である。

 マンドレイクとは根っこが人の手足のように見える分かれ方をした植物系の魔物である。

 その別れた根っこを動かして自分で地面から抜け出て走り回るくせに、他人に抜かれるとクソうるさい叫び声を上げて、その声を聞いた者を恐慌状態、酷ければ死に追いやるとんでもない魔物である。

 このマンドレイクには亜種が多く存在し、正統派のマンドレイク以外は~ラゴラという名前が付けられ、正統派と亜種とで差別化されている。

 というか亜種が多く存在しすぎて、正統派マンドレイクのほうが珍しい。

 俺が何だかんだで便利に使っている万能爆発系素材ニトロラゴラや砂糖の原料のシュガーラゴラ、大根のようなララパラゴラ、地域限定のサルサルラゴラなど全てマンドレイクの亜種である。

 先日追いかけまわしたルチャキャロットも、ラゴラを名乗らせてもらえていないがマンドレイクの亜種だ。


 抜く時にヤバイ叫び声を上げるものが多いマンドレイク系の魔物を採取する時は、睡眠系または沈黙系の魔法や道具を使って叫び声を出されないようにして地面から引き抜くのが普通だ。

 叫び声を出されても耳に入らなければ平気なので耳栓という手もあるが、その方法は耳栓を嵌めている者は平気だが、周辺にいる無関係な者を巻き込んでしまうので人がいる可能性のある場所では推奨されない。

 また人がいなくても周囲の生き物にも影響がでるので、やはりマンドレイクが叫べない状況にして抜くのが無難である。

 まぁ、ランクの高いダンジョンなら近くにいるのはランクの高い冒険者ばかりで、マンドレイクの叫び声くらい平気な者がほとんどだろうし、対策装備も付けているだろうから、そのまま引き抜いても大丈夫そうだけれど。

 周囲にいる生き物もダンジョン生物だし、ランクの高い魔物だらけだとマンドレイクの叫び声くらい平気そうだ。まぁ、時々マンドレイクの鳴き声に反応して襲いかかってくる魔物はいるので、それは注意しなければならない。


 マンドレイク系の魔物は植物なので葉っぱや根を切った程度では死なないが、核となっている魔石が葉っぱと根っこの境目にあり、それを取り出すか破壊すれば倒すことができる。

 また、この魔石を残した状態で葉っぱだけもしくは根だけ切り取れば、切り取った部分は時間が経てば再生する。

 マンドレイク系の魔物のほとんどは、根の部分が利用価値のある素材であるため、魔法で眠らせ魔石を残して根だけ切り取って上の部分は地面に戻しておく採取方法が主流である。

 発芽して採取できるまで成長する期間より、切り取られた根が再生する期間のほうが短いため、こちらのやり方が短いサイクルで根を採取できるからだ。

 ちなみにマンドレイク亜種の中にはニトロラゴラのように引き抜いても泣かない類のものもいる。引き抜いたら……いや、振動だけで爆発するニトロラゴラがかなり特殊なだけだが。


 そんなマンドレイ君達だが素材としての需要は非常に高い。

 種類によって独特な効果を持つ亜種のラゴラ系はもちろんのこと、正統派のマンドレイクもまた高価な調合素材である。



 ギョエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!



 畑の方から耳の奥に響く不快な叫び声が聞こえてきた。

 マンドレイクの鳴き声だ。これだけマンドレイクとマンドレイクの亜種が生えていれば、抜きたくもなるし、たまに失敗して叫ばれることもある。

 俺達のいるメインルート沿いからかなり離れた場所で引き抜かれたマンドレイクの声だ。

 遠くのマンドレイクの声がこれだけうるさいなら、この階層にセーフティーエリアを設置したら、マンドレイクの鳴き声がセーフティーエリアの中まで聞こえてきそうだ。

 ランクの高い冒険者なら離れたマンドレイクの鳴き声くらいなんともないだろうが、休んでいる時に聞こえてくる騒音は不快なものである。

 稼ぎの良さそうなこの階層にセーフティーエリアが設置されていない理由がなんとなくわかった。


「グラン、私達もマンドレイクを抜きに行きましょ」

「おう。ドリー、ちょっとだけマンドレイクを採取してきてもいいよな?」

 シルエットと俺は有能な調合素材である正統派マンドレイクを回収したくてソワソワしている。

「うむ、マンドレイクは価値があるからな。この階層にしばらく滞在しても、今日中に十五階層に到着するだけの時間は十分ある。昼を目安に次の階層に移動することにしよう」

「ということで職員サン達は先に行っちゃって。俺達はここでのんびりマンドレイクと遊んでいくから、また十五階層でね~」

 アベルが見るからに胡散臭い笑顔をしながら、俺達と同じペースで移動していた職員パーティーに手を振っている。

 前の階層では俺達がハチミツを採取しているのを、休憩しながら見学されていて少し緊張したからな。

 悪いことはしていないのだが、やはり見られていると緊張する。


「むぅ、そうですか。休憩は先ほどとったばかりですし、では我々は先に行かせてもらいますね。ではまた後ほど」

 どうやら今回は先に進むようだ。職員さん達もいつまでも俺達のパーティーに付き合ってのんびりというわけにはいかないだろうしな。

 よっし、これで気が楽になるな。

 マンドレイク畑の前で立ち止まった俺達のパーティーと別れて、先に進んでいく職員パーティーを見送った。


 純正マンドレイクの根の表面はやや黄土色でザラザラとした皮に覆われており、皮を剥くと中は白っぽく、この部分がポーションや薬の材料になる。

 その効果はさすが正統派マンドレイクと言ったところだろうか、単体だけで外傷の回復と体力の回復の非常に高い効果があり、混ぜ合わせた素材によって効果が多様に変化していく。

 調合次第では毒になることもあれば、媚薬にもなることがある。そして、眉唾臭いが不老長寿の薬の材料とも言われている。

 実際ちょっとしたアンチエイジング効果があり、お年頃のマダム達に大人気である。

 そして亜種のほとんどがDからCランクである中、マンドレイクはC+、成長した個体でB-と亜種よりやや強い。

 つまり、叫び声の効果は亜種より若干強烈だが、まぁランクの高い冒険者や装備を調えている者にはたいした脅威ではない。


 そんな亜種とは一線を画す正統派マンドレイ君の素材はもちろんお高い。

 お高い素材なので、畑の中でマンドレイクを抜いている冒険者の姿も見える。

 Aランクのガチ装備の冒険者達が畑で農作業をしている光景は違和感大爆発でとても平和でのどかな光景である。

 さぁ、俺達もマンドレイクを抜きに行こう。


 ギョエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!


 またどこかでマンドレイクが叫んでいる。

 Aランクの冒険者は案外脳みそ筋肉が多い。ドリーのパーティーが脳筋すぎるというわけではない。

 他のパーティーも程度は違えど強いパーティーは脳筋傾向がある。ドリーのとこは他のパーティーより頭一つ抜けて脳筋かなってくらいだと思う。

 脳筋なのでマンドレイクが叫んでも細かいことは気にしない。長く冒険者をしていればそういう事故もある、

 Aランクともなるとマンドレイクの声くらいどうということはない。細かいことを気にせずおおらかに活動するのもまた高ランクの冒険者の威厳というものなのだ。


 ギョエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!


 ギョエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!


 うるせーぞ!! Aランクの冒険者ならマンドレイクくらいちゃんと抜け!!


 物事には何事にも限度というものがある。マンドレイクを叫ばせまくっているのはどこの脳みそ筋肉パーティーだ!?

 マンドレイクは近所迷惑にならないように抜かなければならない。



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