第409話◆海が呼んでいる?
海竜王クーランマラン――世界の海のどこかに棲むという巨大な古代竜。
その姿は島と見間違えるほどの巨大亀だとか、恐ろしいサメのような顔をしているとか、美しい衣のようなヒレを持つ巨大魚だとか、船乗り達の間で様々な言い伝えが残っているが、正式な記録として残っている目撃情報はない。
どこそこで大津波を起こし大陸一つ海に沈めただとか、嵐に巻き込まれ難破した船を陸まで届けたとか、ルチャルトラの島に棲むシュペルノーヴァと激しい縄張り争いをして周辺に甚大な被害を与えただとか、真偽のわからない伝承がいくつか残っている。
古代竜なんてどこにいるかわからないものがほとんどだし、普通に生活していたら……いや、冒険者をしていても遭遇することなんてまずない。
むしろ遭遇したら死を覚悟するべき相手だ。
千とも万とも知れぬ時を生きる高等生物が、人間と共通の感覚など持っているわけがない。
伝承の中では温和な性格で人間に友好的な古代竜もいるらしいが、それでも価値観の相違からうっかり怒らせてしまえば、人間などプチッとしてしまえる存在である。
絶対に逢いたくない。
そんな古代竜の名を冠する法螺貝の笛。
試しに吹いてみたらくっそうるさかった。そして何も起こらなかった。しかも魔力をごっそり持っていかれた。
どうみても火山で使うようなものではない気はするけれど、使い道はよくわからない。
ちなみに箱に書いてあった道らしきものも現れなかった。開けた箱は法螺貝を取り出した時に赤い光になって消えてしまった。
もしかして普通に開けた方が良かったのでは!?
鑑定するとレアリティの高いただの法螺貝であることしかわからず効果も用途もさっぱりだ。
鑑定結果はアベルの究理眼でも同じ。
法螺貝を吹くと魔力をごっそり持っていかれるのは気になるが、何も起こらないので吹いても損した気分にしかならない。
うむ、魔力をごっそり持っていかれるから、魔力を増やす鍛錬に使えるか? うるさすぎて近所迷惑になりそうだな!?
何か用途がないか考えてみたけれど、貝殻だけなので食べられない。砕いて粉にするとまぁ調合素材にはなりそう?
あとは吹くとうるさいし笛から出る音は魔力を帯びているから、細かい魔物ならびびって逃げていく?
こんだけうるさい音が出るなら、 スリープ系の解除に使えそうだな。めちゃくちゃ魔力を持っていかれるから、わりに合わないけど。
他は鈍器? 投擲武器? めちゃくちゃ硬そうなのでぶん殴ると痛そう。スケルトンくらいなら粉砕できると思う。
危険を冒してまでレッサーレッドドラゴンの巣の奥まで来て出てきたものにしては、少し物足りない収穫だった。
ただやはり古代竜の名を冠しているのが非常に気になる。
その名からして何か特殊な効果があるのではと思ったのが、鑑定でもわからないし予想もつかないので、戻ってからゆっくり調べようということで、とりあえず俺の収納の中に放り込まれた。
クーランマランの名前が付いているから、オークションに出したらコレクターが高値で買ってくれないかなぁ?
そしてもう一個の宝箱からは釣り竿が出てきた。
釣り竿といっても魔道具にちかいもので、本体は伸縮式で釣り糸を巻き上げるリールも付いている。
鑑定すると本体部分の強化や軽量化の付与もされており、釣りマニアが喜びそうな釣り竿である。
俺はあまり釣りをしないで手作りの質素な釣り竿を持っているだけだが、釣り好きや漁師のための本格的な釣り竿も専門店に行けば買うことができる。
もちろん性能が良いものは値段も高いし、様々な機能付の釣り具もあるので、釣りの沼が深いのは前世も今世も同じである。
そういった釣り具は素材や仕組みこそ違えど、なんとなく前世を思い出すものもあるので、もしかすると俺と同じような存在が開発に関わっていたことがあるのかもしれない。
他のメンバーは釣り竿に微妙な顔をしているが、しょっぼい釣り竿しか持っていない俺はちょっと嬉しい。これは俺が引き取ってもいいかなー?
海の階層まで行ったら釣りもしたいなー。釣り休暇をもらえるようにドリーに相談してみようかなー。
法螺貝に釣り竿。
これは海を満喫しろってことだよな!? 海が俺を呼んでいる気がする!!
えへへへへ、十五階層まで行ったら一日休みをもらってのんびり釣りをするんだ。
レッサーレッドドラゴンの巣にあった宝箱の中身は少し残念だったけれど、リュウノコシカケが山のように手に入ったし牛からも炎牛鉱が出たし、今日一日の儲けはけっして悪くない。
帰りはアベルの転移魔法で楽してセーフティーエリアまで戻ったしね。
アベルの転移魔法がなかったらこんな危険な場所まで来なかっただろうし、それでこの結果だったらものすごくへこんでいたと思う。
そして釣り竿は、みんないらないって言うから俺が貰った。
せっかく釣り竿を手に入れたのだから、海の階層まで行ったら大物を夢見ながら釣りをしよう。
炎牛鉱とリュウノコシカケはメンバーで等分して、いらないという人からは俺とシルエットが買い取った。
調合スキルが上がったらあれやこれや作ってみるのだ。その時まで収納のすみっこで大事大事の保管だ。
「あーーーーー、足湯最高ーーーーーー!!!」
レッサーレッドドラゴンの巣から戻って夕食を済ませた後は、セーフティーエリアの片隅にある温泉で桶に湯を汲んできて、椅子に座ってその中に足をつけてだらける時間。
追加されたレッドドレイクや、ヴォルケニックルーラーの解体もしないといけないのだが、今日はなんだか疲れたので少しだらだらさせて欲しい。
過酷な登山で疲れ果てた足に温泉の湯は最高に気持ちよくて、気持ちも体も表情も緩んでしまう。
「やっぱり温泉はいいわね。ダンジョンだからお風呂じゃないのが残念だけど。ねぇグラン、ここのお湯を少し持って帰れないかしら。この先雪原の階層もあるし、温泉は必須だと思うの」
温泉から汲んで来た湯の入った桶に、俺と同じように足を突っ込んでとろけた表情になっているリヴィダスが言った。
「お、そうだな。後で汲んでおくよ」
そうなんだよなぁ、この先に雪原もあるんだよなぁ。
温泉の湯をたっぷり持ち帰って、雪原の後に風呂に入りたいけれど無理だよなぁ。
テントの中に浴槽代わりになるものを用意すればいけるな?
最悪ダンジョンの床を分解して穴を掘って、合成スキルで表面を固めて湯を張ればかなり風呂っぽくなりそうだ。
どうせダンジョンだから少々穴を掘っても元に戻るし?
よし、念のため多めに湯を貰っておこう。風呂に使わなくても毎日足湯に使えばいいや。
「あー、体を動かした後は温かい湯に足をつけるのはやっぱり気持ちいいねぇ。この後は荒野に雪原だったよなー、きっついエリアが続くねぇ」
食後のだらだら足湯会にはカリュオンも参加している。
火山の次は荒野、その次は雪原。確かに厳しい環境が三連続だ。
「そこを抜けたら楽になるけどね。十五階層の海を除いたら、七階層から九階層が今のところこのダンジョンの難所だからねぇ。ところでグラン、これのおかわりないの?」
足湯会にはアベルも参加している。ローブとズボンの裾をまくり上げて桶に足を突っ込んで、バシャバシャとやっている姿は貴族としてはあり得ない光景なのだろうが、顔がいいせいで無駄に絵になっている。
そして、アベルがパリパリと食べながらおかわりを要求しているのは、フェニクックの皮の唐揚げ。
俺の記憶では夕飯のレッサードラゴン焼き肉を、焼き加減で大揉めしながらもりもり食べていたはずなのだが、その後しばらくして小腹が空いたと言いだして、フェニクックの皮の唐揚げを作ったのだ。
だらだらとしながらレモン汁をかけて食べる、フェニ皮のパリパリ唐揚げは最高である。
「また夜にこんな悪魔みたいな食べ物を……ホント酷い男だわ」
湯に足をつけてだらだらしている俺達の近くで、シルエットがポーションを作りながら時々フェニ皮の唐揚げを摘まみに来ている。
シルエットもめちゃくちゃ肉を食べていた気がするけど?
「うむ、鶏肉は筋肉にいいと聞いたことがあるしな」
少し離れた所で筋トレをしていたドリーもフェニ皮を摘まんでいるが、それは皮じゃなくて、ささみとかじゃないのかな!?
「ここにあるだけで終わり! しばらく動きたくないからおかわりはなし!!」
足をつけている湯が冷めるまでは絶対に動かないという強い意志。
これ以上フェニ皮の唐揚げを食べていると酒が欲しくなってくるから、ダメだダメだダメだ。
俺はこれから解体作業をしないといけないし、明日は荒野と雪原っていう過酷なエリアの連続だし、今日は酒はなし!!
湯が冷めたら解散!!
そう明日が荒野と雪原、アベルも言っていたが今いる火山を含め難所といっても過言ではない過酷な環境のエリアが続く。
八階層の荒野はこれといっためぼしい素材も魔物もいないので最短ルートで九階層の雪原へと向かう予定だ。
その雪原を抜け十階層の入り口にあるセーフティーエリアが明日の目的地だ。
雪原は氷耐性の高い素材や脂肪をたっぷり付けた魔物がいるので心惹かれるのだが、厳しい環境のエリアなのであまり無理はしない予定になっている。
この二つの階層は抜ければ、少し楽な階層になるらしい。
確か田園地帯や果樹園という人工的な雰囲気のエリアだったはずだ。
なんでダンジョンにそんなとこがあるのだろう。まぁキノコ君のダンジョンにも畑があったしな、気にしない、気にしない。
えへへ……、厳しいエリアはさっさと抜けたら、次の楽ちんボーナスステージで楽して素材をたくさん集めるんだ。
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