第380話◆予習は大事

 ドリー達との待ち合わせはオルタ・クルイローの冒険者ギルド前。

 昼間はすっかり汗ばむ季節だが、早朝はまだしっとりとした空気が気持ちのいい時間。


 この季節のオルタ・クルイローは、北にある険しい山脈から吹き下ろしてくる風で比較的涼しい。

 これが夏になると南からの暖かい空気が流れ込み、北からの冷たい空気と混ざり不安定な天候が増え、じっとりとした気候になる。

 また霧も発生しやすく、旅慣れぬ者はこの町で何日も足止めをされる事もある地域である。

 不便な環境にも見えるが、こういった環境のため東部の防衛の要にもなっている都市だ。



「来たか。グランとはパーティーを組むのはシランドル以来だから約半年ぶりか? 元気そうだな」

 オルタ・クルイローの冒険者ギルドに到着すると、ドリー達がすでに集まっていた。

 そっかドリーとパーティーを組むのは半年ぶりか。なんかまた少しスッキリした気がするけれど、筋トレと一緒にダイエットでもして引き締まったのか?


「はぁい、王都のダンジョン以来かしら? よろしくね」

「やっほー、久しぶり。今回も肉々しい飯を楽しみにしているよ」

 王都のダンジョン以来のリヴィダスとカリュオンは相変わらずだ。

 今回はドリーがいるから、カリュオンの暴走は見られないかもなぁ。ヒーラー様激怒は回避できるかもしれない。


「グラン、久しぶりね。急にいなくなったからびっくりしちゃったわ。最後に会ったのは一年以上前かしら? 確か王都の近くのダンジョンだったわよね。今回もよろしく」

 すごくすごく久しぶりのシルエット――真っ黒なローブに大きな鍔付の三角帽子、真っ黒でストレートのつやっつやロングヘアーと真っ赤な瞳が印象的な、細身で長身の巨乳セクシー美女である。

 白いローブで白い毛並みで小柄で華奢な猫獣人のリヴィダスと並ぶと、色と体型が対になっているように見えてしまう。

 おっと、これ以上はいけない。 

 パッと見でいかにも魔女みたいな見た目のシルエットは、実際魔女である。そしてアベルと並ぶとんでも火力の魔法使いだ。

 遠距離から二人でばっこんばっこん魔法を撃つと、俺なんかホント出番がないんだよ。

 そんな状況でも魔法が飛んで来るより先に突っ込んで敵を殲滅していくドリーとカリュオンもたいがいである。

 やっぱ俺の出番はなさそうな気がする。

 今回も素材の回収と食事の提供とその他雑用頑張ろう。


「久しぶり、今回もよろしく頼むよ」

 ドリーのパーティーに呼ばれる時はこのメンバーと一緒の事が多かったので、王都にいた頃を思い出し懐かしい気分になる。

 俺のちょっとしたトラウマだが、それでも楽しかった思い出。

 いつか彼らに追いつきたいと目標にしていたけれど、うすうす無理だと気付き始めた時の挫折感。

 火力は足りないかもしれないが、俺は俺のやり方であの頃より彼らに近付けただろうか?

 そして俺はずっと抱えていた小さなトラウマを乗り越えられたのだろうか。

 決意してAランクになった。バルダーナにも教えられ、前向きになれたと思っている。

 このダンジョンで、このメンバーの中で俺は俺の仕事を成し遂げたい。


「久しぶりのダンジョン楽しみだねー、それじゃ忘れ物なければオルタ・ポタニコへ飛ぶよー」

 アベルの軽い声が聞こえ再会の挨拶もほどほどに、指パッチンでダンジョン最寄りの町オルタ・ポタニコへと飛んだ。





 俺達の目的地であるオルタ・ポタニコはオルタ・クルイローから北へ、ワンダーラプターでも二日はかかる距離だが、今回はアベルの転移魔法でピューなので楽ちんだ。

 険しい山々が連なる山脈の奥地にある町オルタ・ポタニコ――標高の高い場所にある山の中にある小さな町だが、新たに高ランクのダンジョンが発見されたため、探索が十分におこなわれていないダンジョンでの一攫千金を狙い、ランクの高い冒険者が続々と集まって来ている。

 オルタ領にドーンとある険しい山脈には大小多数のダンジョンがあり、このオルタ・ポタニコの周辺には小規模で低ランクのダンジョンも存在している。

 そっちのダンジョンは以前にも行ったことがあるので、オルタ・ポタニコに来るのは今回が初めてというわけではない。


「うひょー、やっぱ山の上だから涼しいなぁ。この季節フルプレートは辛いからこのくらいの気温はいいなぁ」

 今はバケツを被っていないものの、この季節は見ているだけでこちらも汗が出てきそうな気がするカリュオン。

 そのカリュオンの言うように標高の高い場所にあるオルタ・ポタニコの気温は低く、転移魔法で到着するなりひんやりとした空気が頬を撫でた。

「山の上のダンジョンなのに思ったより賑わってるわねぇ」

 転移魔法で降り立ったのは冒険者ギルドのすぐ近く。まだ朝早い時間だというのに、ギルドに出入りする冒険者の姿がチラホラと見え、シルエットが気怠そうにそれを目で追っている。

 シルエットもアベル同様、人の好き嫌いが激しく、人の多い場所を嫌う傾向がある。

 魔法使いってそんな性分なのかなぁ。まぁ、魔法使いがそういう性分だとしても、この二人は変人の部類だと思うけど。


 初めての地もそうでない地も、その地で冒険者として活動をするなら、まず冒険者ギルドを訪れる。

 一度来たことのある町でも周囲を取り巻く状況は日々変わっていくのだ。

「新しいダンジョンは、俺とアベルは来たことはあるが他は初めてだよな? 依頼の受注と申請の類は俺とアベルでやっておくから、昼前までギルドの資料室でダンジョンの情報に目を通しておくんだ」

「えー、俺もそっちぃ? 資料室で本を読んでる方がいいー」

「俺が依頼を選ぶと偏るぞ。初期調査で回っていたお前はあのダンジョンには詳しいだろ? ほら、行くぞ」

 ドリーが不満そうなアベルを引きずるように受付ロビーの方へと連れて行った。

 確かにドリーが依頼を選ぶと、時間効率や分布場所を考えず、単純に報酬の高い大型の魔物の討伐依頼に偏る傾向があるからな。アベル、任せたぞ!!

 依頼や許可が必要なものの手続きをやっておいて貰えるのは非常にありがたい。

 その間に俺達は、食材ダンジョンについての予習と資料集めと、最近の状況の確認をしておくのだ。

 これも、パーティーでは必要な分担作業だ。面倒くさい事務手続きから逃げられてラッキーだなんて、ちょっとしか思っていない。

 ドリー、アベル、ありがとう!!



 冒険者ギルドの資料室では、近隣の魔物の分布やその詳細、採取できるもの、ダンジョンがある場合ならその情報を誰でも無料で閲覧することができる。

 有料にするとお金をケチって下調べなしで危険な場所に踏み込む者が出てくるため、こういった安全に関わる資料は無料で見ることができる。

 もちろん書き写すこともできるし、少し高いけれどお金を払えば魔道具で複写もしてくれる。

 この資料は冒険者ギルドの調査だけではなく、冒険者達が探索後に持ち帰って来た情報も纏められている。

 資料に載っていないような魔物と遭遇したり、植物や鉱物などを見つけたりした時は、ギルドに報告して裏付けが取れると少しだけ報酬が貰える。

 時々この報酬欲しさに自作自演の嘘報告をする奴がいるが、報酬が貰えるのは調査後だし額もそんなに大きくない。調査でバレやすい上に、悪質な嘘だと発覚した場合は罰金やペナルティもあるので、嘘報告をしてまで微妙な額の報酬を貰うメリットはない。

 ちなみにただの誤報告の場合は罰金もペナルティもない。

 安全を優先するため、ちょっとした違和感でも念の為と報告することを推奨されている。

 その場合、思い過ごしや誤報であった場合でも怒られることはない。



 その資料室で大きなテーブルを囲んで資料を広げ、椅子に座って資料に目を通している。

「へー、最初の階層から敵のランクはBに近いのね。手応えがあって殲滅のしがいがありそうだわ」

 シルエットが楽しそうに微笑みながら資料をめくっている。

 その姿は優雅なのだが、発言は戦闘狂のそれである。

「高ランクの新しいダンジョンは久しぶりだから楽しみだな。初見でしか味わえないワクワク感はやっぱ最高だよなぁ。しかも今回は敵も手応えがありそうだしー」

 こっちも戦闘狂。

 カリュオンが妙にキラキラして見えるのは、ピカピカの金髪のせいだけではないと思う。

「初見の場所だからあんまり先走らないでほしいものだわ」

 魔法使い組が遠距離攻撃でどんどん敵を倒すので、それに競うように近接組は前に出て敵を殴りに行く。

 その繰り返しで殲滅速度は上がるのだが、一匹倒したらすぐ次の敵に向かい競うように倒せば進軍速度はどんどん上がっていく。

 つまりパーティーが縦長になりやすいし、ヒーラーがかけた身体強化系の補助魔法が切れても、殲滅を優先してそのまま進むことも少なくない。

 そして回復魔法の範囲外へ……。

 王都のダンジョンでリヴィダスにめちゃくちゃ怒られたやつだ。

 勝手を知っているダンジョンならついやってしまう行動だが、初めての場所でも殲滅が速いと前衛が先行しがちになる。

 初見の場所だし敵も強いし、安全のためにも今回は気を付けよう。

 ドリーがいるから先行しすぎはないと思うが、ドリーも何だかんだでテンションが上がってくると我先にと突っ込んでいくタイプなので、リヴィダスの雷がドリーに着弾することはわりとよくある。

 うむ、俺は怒られない……いや、安全を考えた行動をするぞ!!


「グランは何を見ているの?」

「ああ、魔物の他に採取できるものだな。鉱石は魔石くらいで、後は食べられる植物ばかりだな。薬草もあるが、それも料理にも使えるものばっかりだ」

 俺が見ていた資料をシルエットが覗き込んできた。

 魔物の方ももちろん目を通したが、そちらは他のメンバーも熱心に確認しているので俺はほどほどにして、みんながあまり見ていない採取物の資料を見ていた。

「食べられるものばかりっていうのがわかりやすいわね。何か面白そうな薬草はあった?」

 シルエットは魔法使いだが薬調合も得意である。彼女には薬調合について多くを教えてもらい、俺にとっては師匠みたいな存在である。

 魔法に薬調合、まさに魔女というイメージにぴったりである。


「初めて見るんだけどこのプラクスって薬草がちょっと気になってる。甘い薬草って書いてあるから何かに使えないかなって」

 スライムに与えてみたら、砂糖の代わりになるものができないかな?

 ただこのプラクスって薬草、俺の記憶にまったくない。

 薬草の図鑑を借りて来て調べているのだが、名前はあるものの甘い薬草とだけしか書いていない。

「あー、これは海を越えた南の大陸ならダンジョン以外にも生えている植物ね。夏に気温が上がらない場所にしか生えてなくて体力回復系の効果がちょっとあるだけだし、ユーラティアにはあまり入って来てないんじゃないかしら。毒性はまったくなくて甘いからついそのまま口の中に入れたくなっちゃうけど、葉っぱだからちょっと青臭さが気になるのよね」

 さすがシルエット。薬草の事なら本に載っていないような事でも彼女に聞いたらだいたいわかる。

 そして、毒のない甘い葉っぱか……。やっぱ何かに使えそうな気がするな!

 とりあえず、たくさん採って帰って実験だな!!



 資料室で食材ダンジョンについての重要な資料にはだいたい目を通し、その他の細かい情報もさらりと見ておいた。

 ダンジョンに入れるのはBランク以上、五階層目まではBランクでも立ち入ることができるが、そこから先はAランク以上。

 俺が目を付けているプラクスという薬草があるのは三階層目、思ったより浅い階層だ。

 三階層目は高原のような場所らしく、山羊や羊のような生き物と高原性の植物が多いエリアらしい。

 このダンジョン全体的に草食の魔物が多く、その中で羊はいたる階層にいるようだ。

 羊か……羊の毛、刈り取って帰りたいなぁ。大人しく刈らせてくれるやつならいいなぁ。


 現在立ち入れるのは十五階層まで。

 ここがアベルの言っていた海を越える手段がないエリアで、入り口付近にある海岸を除いてはほぼ海という事だ。

 海洋性の大型の魔物が棲息する大海原ということで、下の階層で魔物が溢れたとしてもこの海を越えることは不可能であるため、下の階層に入れなくてもスタンピードの心配はないらしい。

 大きな海かー、何がいるのかなぁ。

 クラーケンやセファラポッド、シーサーペントは当然のようにいるよなぁ……うわー、バハムートもいるのかー、そりゃ海越えが無理なのもわかるな!


 バハムートは海に棲む牛の頭をした巨大魚で、Sランクの魔物だ。

 ユーラティアでは手に入りにくい、超高級素材である。

 一度でいいから食べてみたいなぁ。

 うっかりバハムートが手に入らないかなぁ……、海洋性のSランクはさすがにこのゴリラ達でも無理だよなぁ。


 なんて資料に目を通しながら夢を膨らませているうちにドリーとアベルが戻ってきて、昼前まで資料室で予習して、その後町で昼飯を済ませダンジョンへと出発した。




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