第294話◆アイツ再び
しまった、肉を先にがっつりと食べてしまった。
つい、好きなものとかメインの皿から食べてしまうんだよね。
だって、一番お腹が空いている時に一番好きなものを食べたくなるし?
一番好きなものを最後まで残しておくのも悪くないのだが、時折それで最後に残していた好物を取られる事がある。
そんな、悲劇を起こしてはならない。
でもやっぱ、最後に一口食べたいし、一切れだけベヒーモドキのタンを残しておこう。
さぁ、次はセファラポッドのマリネ風サラダだな!
フォールカルテ風のビスクも一緒に頂こう。
マリネ風というからには、レモン汁が加えられたビネガーで味付けがされており、フォークを差し込むとエリヤ油のよい香りがした。
食べ応えを感じる程度で食べやすいサイズにカットされたセファラポッドの足、スライスされたタマネギ、そしてツァイ周辺で栽培されている薬草だろうか、野菜感覚でマリネの中に入っている。
そこに小さくカットされた赤いトマトと黄色い柑橘類の実も入り、カラフルな見た目は視覚的にも楽しませてくれる。
爽やかな酸味の中に、柑橘類が入りその甘酸っぱさがアクセントになっている。
辛みのあるタマネギも少し苦みのある薬草も、程よく香辛料代わりになっており、マリネ液とエリヤ油の香りで生の薬草の青臭さも全く気にならない。
サラダの中で最も存在感を放っているブツ切りにされたセファラポッド。
茹でる前は色もあまり良くなくグロテスクな見た目だが、茹で上がったセファラポッドは赤く鮮やかで、切り口の色は綺麗な白、水揚げされたばかりの時のグロさは全くない。
そして言うまでもなく美味い。あっさりとした味に歯ごたえのある食感、マリネの味付けと最高に相性がいい。
サラダで口の中がさっぱりしたので、次はフォールカルテ風ビスク。
ビスク――それは甲殻類をすり潰し丁寧に裏ごしてペースト状にしたものを使った、クリームベースのスープである。
エビやカニの細かい殻まで丁寧にすり潰し、舌触りが悪くならないように何度も裏ごし、甲殻類の旨味を最大限に引き出したスープ。
俺の前に置かれているスープには具は入っていない。赤味の強い橙色のスープの上にパラパラとパセリが散らされているだけのシンプルなものだ。
甲殻類以外の具も、火を通した後に全て裏ごし、具の形をして残していない。
具がゴロゴロと入っていて、具の食べ応えと味を楽しむのもいいが、こうして丁寧に裏ごしされた素材で作られたスープの舌触りと、ペースト状にする事によって引き出された旨味を味わうのもいい。
トマトとクリームの混ざった、赤に近い橙色のスープにスプーンを差し込んでスープを掬えば、スプーンから溢れたスープがドロリと器の中に戻っていく。
スプーンに残っているスープを口に入れると、形はなくとも存在を主張する海の味が口の中を満たした。
とろみの強いスープの中には、形を失った甲殻類や野菜が溶け込んで混ざり合い、複雑な味となっている。
テーブルの上に置かれている、パンが盛られた籠からパンを一つ取り、千切ってスープに浸す。
や、もう、最高。
そしてこのパンがまた、スープに浸す事を前提として焼かれているようで、表面はパリッとしているが、中はもちもちとした弾力があり、ただふわふわと柔らかいだけではなく、スープを含んでも適度に歯ごたえが残っている。その為、スープと一緒にしても口の中でベタ付かないのがパンとスープどちらも美味しく感じる。
ああ、パンを噛めばパンに染み込んだスープが溢れだしてくるのサイコー。
食べるのに必死になって、無言になってしまう。
「サメのヒレって、こんなにあっさりしてるんだ。ベヒーモドキの肉は脂が多くて、ソースに少し辛みがあったせいで、その後のスープで妙にさっぱりとした気分になるね。サメのヒレ以外の具は控えめでシンプルであっさりしたスープだけど、不思議なくらい色んな具が入ってる気分になる。入っているのは野菜じゃなくて薬草の類いだよね? 独特な味だけど、青臭くなくて薬味みたいだから気にならないや」
俺が無言でスープを啜っている横で、アベルはフカヒレスープを口に運んでいる。
アベルの食っているフカヒレスープがものすごく美味そうなんだが……。
白い陶器のスプーンをフカヒレに差し込んで、スープと一緒に掬い上げるとトロリとしたスープがスプーンから零れる。
くっそ、美味そうだな!?
黄金と言いたくなるような澄んだスープが揺れるのを見ると、ちょっと味見させてもらいたくなる。
「あげないよ!」
飯の邪魔をされた犬の如く威嚇をされてしまった。
そういえばオーバロのダンジョンで、アベルが楽しそうに仕留めていたサメの大半は冒険者ギルドに売ったが、一部は持って帰って来ているから、乾燥させてフカヒレスープにするかぁ?
「このサメのヒレはオーバロ産でしたかね。オーバロのダンジョンでは、良質のサメ素材が手に入りやすいとかなんとか。サメのヒレ以外の具はこの周辺で栽培している薬草が中心ですね」
アベルが楽しそうにサメを巻き上げていた階層なんて、海の中がサメだらけだったみたいだしな。
サメに困ったらオーバロに行こう。
出てきた料理を食べ終わった頃を見計らって、例のアレが出てきた。
アレ――そう、ドドリンである。
「この匂いは……、でも山で遭った時ほどじゃないね」
ドドリンを使ったデザートを、給仕さんが部屋に持って入って来ると、すぐにドドリンの存在アピールは俺達のところまで届いた。
瞬時にアベルの顔が引き攣る。
しかし、アベルの言う通り、山で遭遇した時に比べ、いくらかまろやかな臭さになっている。
これくらいなら、俺は許容範囲だ。
「ドドリンのヨーグルトスムージーでございます」
この匂いでもにこやかな表情で、ドドリンのスムージーが入ったグラスを運んで来てくれる給仕さん、まさしくプロである。
目の前にドドリンのスムージーの入ったおしゃれなグラスが置かれると、更にドドリンが己の存在をアピールする。
白に近い黄色のスムージーの入ったグラスの縁には、カットレモンが挿され、スムージーの上にはニュン草の若葉が添えられており、見た目は非常に涼やかなドリンクである。
ヨーグルト、レモン、ニュン草とくれば爽やかなはずなのだが、その爽やか三兄弟の香りを押しのけるドドリンの存在感よ……。
いや、三兄弟のおかげでかなりドドリンの匂いは気にならない……わけもなく、香りが混ざって、新しい世界が開けそうである。
それでも、昼間にドドリンの返り果汁を浴びた俺にとって、もはやこの程度のドドリン臭は敵ではなかった。
ふはははは、匂いさえ気にしなければドドリンなんて美味しいだけの果物だ!!
いや、魔物だから果物ではなく肉か!? まぁいい、さっそく頂くとしよう。
「それじゃあ、さっそく……ふっ!?」
ドドリンのスムージーを飲もうとグラスを口に近付けると、思った以上にドドリンの匂いだった。
だがそれを耐えながらスムージーを口に含むと、ヨーグルトとレモンの爽やかさ、それに加えココナッツ系のミルクの甘さがした。
スムージーの冷たい口当たり、ココナッツミルクとヨーグルトの味に負けない濃い甘い味が、舌の上で存在を主張する。
冷たさと爽やかさを超える、濃厚な甘味。良く熟したナシを煮詰めて、前世の甘いバナナやマンゴーを足したような味。
南国のフルーツによくある、濃厚な甘味と爽やかさ――つまり、贅沢なフルーツの味。
……と、油断したところでやって来る、口から鼻に抜けるドドリンの香り。
美味いと臭いの感覚大乱闘で脳が混乱してくる。
前世風に言うと味覚と臭覚のジェットコースターで、脳がバグるという感じだ。
しかしその匂いが気になるのも最初だけだった。不思議なくらいに途中から匂いが気にならなくなり、そうなるとおかわりと言いたくなる味である。
何度も食べていると、この匂いも癖になるのかもしれない。いや、すでに少し癖になってきているかも。
「匂いはアレだけど、氷を使った飲み物かー、く……っ! これ……すごっ、ヨーグルトの味にフルーツの味が負けてない、甘っ!! これは好きかも……んっ! ……っっっっっ最初に食べた人は、何を思ってこれを食べようと思ったの……っ!」
氷菓子大好きなアベルが匂いより好奇心が勝ってグラスに口を付け、一度表情が和らいだ後、表情が完全になくなった。
味と匂いのギャップに、表情が付いていっていないのか? いや、貴族特有のポーカーフェイスで誤魔化そうとして、本当に表情が抜け落ちているのかもしれない。
あー、アベルの目のハイライトが消えそう。
「アベルさん、苦手でしたらあまり無理はされないように」
「大丈夫。味はすごく好みだけど、この匂いは昔の食生活を思い出して、少し混乱しちゃったよ。でも飲んでるうちにあまり気にならなくなるね」
アベルは昔どんな食生活を送っていたんだ!?
貴族のおぼっちゃんが冒険者になったのだから、駆け出しの頃はアベルも苦労していたのかもしれない。
一方リリーさんは、ホクホクとした顔でスムージーを飲んでいる。
さすが、地元民。自力でドドリンを狩りに行くだけの事はある。強い。
「このドドリンってやつ、味自体は暖かい地域独特の強い甘味で好みなのに、この匂いが……いや、思ったよりいける? あ、いける。でも後で匂いそう?」
アベルもブツブツとつぶやきながら味と匂いの落差に葛藤していたようだが、結局スムージーを綺麗に飲んでいた。
匂いがどうにかできたら……いや、匂いも含めてドドリンの魅力なのか!?
「やはり、ドドリンは初めての方ですと、スムージーでも匂いの抵抗がありますよね。では、匂いの気にならないドドリンのデザートをご用意いたしましょうか?」
「え? そんなのあるの? 匂いがないなら、何も考えないで延々と食べられちゃうよ」
「俺もそれは気になるから、ぜひ頂きたい」
匂いがなくて、この味わいなら最高じゃないか!!
「では、少々お待ちください」
リリーさんが、給仕さんに合図をすると、給仕さんがその匂いの気にならないドドリンのデザートの用意に行った。
しばらくして戻って来た給仕さんが持って来たのは、ガラスの器に盛られた淡い黄色のプリン。
今度はスムージーの時のように、給仕さんが部屋に入ってくるなり、ドドリンの匂いが漂ってくるなんて事はなかった。
「プリンじゃないか! しかも、これは全然匂いがしない」
プリン大好きアベルが、ドドリンのプリンが出てくるなり、日頃の三倍以上のキラキラと輝いた表情になった。
出てきたプリンは、横に添えられている他のカットフルーツの香りがするだけで、ドドリン独特の香りはしない。
「これは、ドドリンを一度乾燥させた後、粉末にしたものを使ったプリンですね。こちらは以前に収穫したドドリンを使っております。匂いはほぼなくなりますが、新鮮なものに比べて甘味の質は変わりますね」
なるほど、乾燥させれば匂いは気にならなくなるのか。
ドライフルーツにしたら、匂いを気にせず食べられるという事か。
フルーツ? 魔物だからモンスター? ドライモンスター?
「これ、すごくいい。ただただ果物の甘さが強いだけのプリンだ。でも、確かにさっきとは質の違う甘さだね。味だけだとどっちも捨てがたいけど、匂いが気にならない事を考えると、こっちの方が気軽に食べられて万人受けする味だね」
俺もプリンはアベルとほぼ同じ感想である。
すごく厚みのある甘さ。ドドリンの甘さが一度乾燥させる事により濃縮された感じだ。その代わりフレッシュさは、先ほどのスムージーの方が強かった。
匂いを全く気にしなくていい為、食べやすくて無条件に美味しい。
しかし、先ほどのスムージーがもう一度欲しくなるのは何故だ!?
「ふふふ、匂いが少ないものから少しずつ慣らしていかれるのがよろしいですね。今日お手伝い頂いた分のドドリンは、後でお包みしてお渡ししますね」
「お、おう。ぜひ分けて貰おうかな」
持って帰って色々挑戦してみようかな。この甘さはラトや三姉妹達にも食べさせてやりたい。
「そうだねー、留守番してくれているラトにお土産にしようかー」
アベルの笑顔が何だか邪悪な気がする。
「それでは、最後にそのままのドドリンも召し上がってみられますか?」
リリーさんの笑顔が、アベルより更に邪悪な笑顔に見えた気がする。
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