第5話◆器用貧乏というギフトと勇者という職業と俺のスローなライフの始まり

 実家を出て冒険者になった後に知った事なのだが、俺のステータスにある"勇者"という職業は、複数の武器スキル及び複数の魔法スキルに高い適性がある者に見られる職業らしい。魔法系のスキルに適性があったら"魔法使い"とか、武器系のスキルに適性があったら"戦士"とかってなるそうだ。


ステータス上の"職業"というのは、実際に就いている職の事ではなく、適性のあるスキルに紐づいた天職みたいなもんらしい。

 どうやら珍しくはあるがこの世に"勇者"という職業の者は、複数いるという話だ。


 なんだ、別に俺が特別ってわけでもないじゃん。というかそんな抽象的な職業を、天職いわれても非常に困る。


 つまり"勇者"と言っても、前世の記憶にある物語の登場人物のように、世界を救うために戦うとか、魔王を倒す力があるとか、そんな事は全く関係ないらしい。まぁ、細かい紛争はあれど、基本的に平和な世界だしね。うん、平和最高。


 このステータス上の職業は、他人のスキルやギフトを見れる上位の鑑定スキルでも見れるらしい。

 つまり、上位の鑑定スキルを持つ人に鑑定されてしまうと俺の天職が勇者というのがバレてしまう。

 かっこいい? いや、もう物語の勇者に憧れるような年でもないし、習得してるスキルが平々凡々な物ばかりで逆に恥ずかしい。

 恥ずかしいので今は、職業やスキルを隠蔽する効果のある装備を常時つけて、"戦士"に偽装している。うん、凡人万歳。


 ところで"勇者"には魔法スキルにも高い適性があるなら「なんで俺魔法使えないの?」ってなるのだが、俺は適性はあっても魔力を外部で具現化する魔力回路がないから魔法が使えない。そして魔法が使えないから魔法系のスキルが一切顕現しないのではないかと、以前知り合いの魔法使い様に言われた事がある。

 最高に宝の持ち腐れかな?


 むしろ、生産系のスキルもギフトもあるなら、生産系の職業のほうが天職じゃないかとすら思うが、それ以上に戦闘系のスキルに適性があったんじゃないかと言われた。

 でも俺の戦闘系に恩恵あるギフトって"器用貧乏"だよ?


 俺のこの"器用貧乏"というギフト、とりあえずちょっと試してみればたいていのスキルを習得してしまうので便利と言えば便利。ただし魔法以外。


 魔法はほら、魔力はあっても魔力を魔法に変換して外部に放出する魔法回路がないという体質のせいで使えないし……まぁ、これはまた別の話だし軽いコンプレックスだから、もう窓から投げ捨てよう。


 そうだ、もう勇者とかどうでもいいから、スローライフだよスローライフ!

 今の俺には、勇者とかいう器用貧乏でちょっと便利な天職より、念願のマイホームでスローなライフを送る事の方が重要なんだよ。



 スローなライフを送りながら、己の収集欲を思う存分満たす生活の為の拠点にと、田舎町の郊外の森の中にある家付きの元農場の中古物件を買い取ったわけだが、中古物件だけあって家屋はあちこち傷みが目立つ、それに弱いとはいえ周りの森には魔物や獣もいる。


 そんなわけで、まずは魔物対策と住居の修理をしよう。





「インベントリ・リスト」


 "収納"の中に貯め込みまくっている素材の一覧を表示して、在庫の中から必要な素材を吟味する。冒険者をやりながらひたすら貯め込んだ素材の中には、建築向けの素材も多くある。


 他人の"収納"スキルがどうなってるか知らないけど、無計画に"収納"スキルで回収した物を一覧化できる"検索"スキルは便利すぎる。

 むしろ、こんだけ大量に突っ込んだ物を把握するスキルがもしなかったらと思うと、想像しただけでもうんざりしてくる。

 あってよかった"検索"スキル! ありがとう"エクスプローラー"のギフト!

 目の前の画面に映し出される、収納空間の中身の一覧を眺めながら、自分のスキルとギフトに感謝した。




 さて、住居の改修用の資材もたっぷりあることだし、まずは敷地の周りを囲む魔物避けの柵を作ることにしよう。こんな時も"器用貧乏"の恩恵はある。なんとなくで大工作業もそれなりに出来てしまう。


 そしてここで大活躍するのが"クリエイトロード"というギフトである。

 その名の通り物造りに恩恵のあるスキルだ。


 こんないかにも「職人!」って感じのギフトをもってるのにステータス画面の職業が"勇者"って言われてもなぁ。

 


 まぁ、せっかくのギフトなので"クリエイトロード"にはこれからいっぱいお世話になろうと思っている。


 この"クリエイトロード"というギフト、兎にも角にも「物を作る」という事に関してのスキルを次々と習得出来てしまう。

 そしてすぐにスキルが成長する。しかも器用貧乏のギフトのせいで、途中から伸び悩むかと思っていたがそうでもない。


 冒険者稼業の隙間で、必要に応じて作ってたポーションのせいで勝手に成長した薬調合。野営中の自炊でいつの間にか上達してる料理。ちょっと剣研いだり、装備繕ったり、小遣い稼ぎに魔物素材をアクセサリーに加工したりで、いつの間にかそれっぽいスキルが習得されてすくすくと育ってしまっている。

 しかもやっていて楽しいから、やはり冒険者より生産者の方が性に合ってるのではないかと思っている。

 やっぱり勇者なんてなかったんや……なんかの間違いだったんだよ。



 そんな"クリエイトロード"様々のおかげで魔物避けの柵もさくさくと組み上がっていく。

 魔物除けの柵は"収納"のスキルで溜め込んでいたエンシェントトレントの枝を材料にしている。エンシェントトレントは大木の魔物で、樹木とは言えその樹皮は下手な金属より硬いので強度には問題ない。

 エンシェントトレントはそこそこ強い魔物で、その素材にはトレント由来の魔力も豊富に含まれており、弱い魔物はトレントの気配を恐れて近寄ってこないので魔物除けにはぴったりだ。

 柵が組み上がったら念の為、魔物の嫌う香りのする植物から作った塗料を塗って完成。


 元農場だけあってそれなりに広い敷地なので、いっきに全てやるというのは無理なので、毎日できるとこまでこつこつと進める。


 中古物件を購入した為、改修工事をしないといけなくなると予想はしていた。

 その為レンガや材木、粘土などの建築用素材もあらかじめ購入して収納スキルで収めて持ってきていたので材料には困らない。



 しばらくの間働かなくても問題がないくらいの貯蓄はあるし、収納で貯め込んでる物の中には食材もあるので、まずは快適な居住空間を作る事を優先するつもりだ。


 劣化が進んでる家屋の方も、エンシェントトレントの材木やレンガを使いながら修繕と補強を進めた。

 天気の悪い日には、内装や家具を整えた。



 一ヵ月程かけて敷地を囲む柵をあらかた完成させ、家屋の補修も完了した。

 母屋は複数世帯が暮らしていたと思われる大きめな家屋だったが、放置されてからかなりの時間が過ぎて、あちこちボロボロだったところを、貯め込んでいた素材を放出して修理をして快適になった。

 そして、住まいに隣接して建てられてる倉庫、こちらもおおまかな補修が完了した。


 老朽化してた水回りも修理して、水を出せる魔道具を取り付けて、キッチンと風呂トイレ洗面所も使えるようになった。

 前世の記憶があるせいで水回りにはこだわりがあるので、特に力を入れた。


 下水の処理は下水を溜める池を作って、そこで森で捕まえて来たスライムを飼育して、下水を浄水させる事にした。

 臭いに関しても風の魔石を使って空気を浄化出来るようにした。衛生管理ホント重要。


 余談だが、スライムはなんでも食べてしまうので、この世界ではゴミ処理に家庭で小さなスライムを飼育するのはポピュラーだ。

 とは言え、ゴミ処理で過剰に栄養を与えすぎると、巨大化したり、分裂して増殖するし、与えた物によっては危険な性質なものに変化することも多々あるので、そこは気を付けないと大変なことになる。

 まぁ、一般家庭程度の下水や廃棄物程度の量なら、そういう問題はあまりはない。むしろ、ゴミが足りないと逃げ出すこともあるくらいだ。


 ちなみに、家庭ゴミや汚物を食べすぎて大きくなったスライムは、スライムの体を構成しているスライムゼリーを回収して、乾燥させて粉末にすれば肥料になる。

 スライムという生き物、体内にある魔石が核になっているので、その魔石を壊したり取り出したりしなければ死なないので、スライムゼリー採り放題で、なんとなくお得な生き物だ。

 もちろん俺の"収納"の中にも、いろんな種類のスライムゼリーが詰め込まれてる。


 そして、今世の生活で欠かせないのが、前世ではまったく馴染みがなかったが、今世ではあちこちで見かける"魔石"と呼ばれる石。

 これは魔力が濃縮され固形化した結晶の総称で、鉱石や宝石のような形状をしており、魔術の触媒や魔道具の動力、武器や防具、装飾品などの素材として使われる事が多い。魔石にはさまざまな属性があり、その属性に応じた使い方がされている。

 前世の記憶にある"電池"みたいな物だ。


 魔石は、魔力を帯びた生物こと魔物の体内で生成される事が多く、強力な魔物ほど大きな魔石を持っている。

 尚、人間は魔力が多くても、体内で魔石が生成される事は極稀だ。逆に体内で魔石が生成されてしまうと、血液や魔力の循環に支障をきたし、生命に危機のある病気として扱われる。

 魔石は魔物以外にも、鉱石に交じって採れる物や、魔力を蓄積できる鉱物に人為的に魔力を注入して作る事も出来る。


 魔石は魔道具の動力源として欠かす事が出来ず、魔石に含まれる魔力を利用して、魔力を持たない者でも使用できる魔道具は、人々の生活に深く浸透している。

 かく言う俺も魔法が使えないので、魔石を利用した魔道具には大変お世話になっている。




 そんなわけで、スライムやら魔石やらを駆使して水回りが完成したら、キッチン周りにも力を入れて、使いやすいように改装した。

 元々あった窯を撤去して、"断熱"の効果を付与したレンガと炎の魔石を使って、前世の記憶にある"クッキングヒーター"を参考にしたコンロを作った。

 一人暮らしだからそんな大がかりな物ではなくていいのだが、せっかくなので鍋を三つ同時に使えるようにして、足元にはオーブンを付けておいた。


 収納スキルがあるとは言え、食品を保存の為だけではなく、冷やすのにも使うので、低温を維持できる保存庫もほしい。ついでに氷も作りたいので、これも前世の記憶にある"冷蔵庫"を思い出しながら氷の魔石を使って、冷蔵と冷凍に区切った食料保存庫をキッチンに作った。


 キッチンを整え終わって、まだレンガも余っているので、思いつきで、屋外にピザ窯を兼ねた燻製用の窯も作ってしまった。

 前世では庭のない集合住宅に住んでいたので、前世の俺はピザ窯とか燻製窯とかある庭は、ちょっと憧れだったんだよね。

 周りに人が住んでないし、近所迷惑を考えず庭でモクモクと煙出しても許される。ソーセージとかベーコンとか作りたいよね? あー生ハム! 生ハムの原木とか憧れるわ~。



 前世はずっと独身だったので、けっこう料理していた記憶があるし、冒険者をしていると野営の時には簡単な料理をするので、料理をすること自体には慣れている。

 ハマるとのめり込む性格なのと、前世で暮らしていた国の食文化レベルが高かったせいで、食事にはそれなりにこだわりがある。

 だってわざわざ金払ってまずい物食べたくないし、どうせ自分で作るなら、できるだけ美味しい物作った方がいいじゃん?


 この世界は物流が、前世の記憶にある世界より未発達で、都市部といえど近隣で入手できる食材以外は割高だ。調味料や香辛料の類も種類は少なく、質もあまりよくないわりに、庶民からしたらいいお値段である。

 その為、平民の間の料理はあっさりした薄味で、単調な料理が多い。健康には良さそうだけどちょっと物足りないんだよね。


 塩はまぁまぁな価格だが、砂糖は高い。どちらも一般的に出回ってる物は品質が低く、色もあまりよくない。胡椒なんて他の国から輸入してるせいで、めちゃくちゃ高い。

 その為、冒険者の頃に調味料欲しさに各地を駆け回って、ごっそりと集めて収納の中に保存してある。


 塩は海へ行った折に"分解"のスキルで大量に作ってやった。

 分解のスキルで不純物やにがりを分離して、真っ白の塩が大量に出来たので、これで一儲けできるかと思ったら、当時の仲間に「市場をぶち壊す気か!?」と言われた。

 確かにこの世界の文化レベルに合わない物を作り出したかもしれないと、そっと収納にしまって身内で楽しむことにした。


 砂糖は市場で売ってる質の低い砂糖を購入して、"分解"のスキルで不純物を取り除いて使ったり、砂糖を蓄える性質を持つ植物を探し出しては、砂糖に加工してちまちまと溜めている。

 ちなみに砂糖よりハチミツの方が安価なので、この世界の甘味は砂糖よりハチミツを利用した物が多い。

 大型の蜜蜂の魔物が存在するので、その駆除で大量のハチミツが手に入るのと、その蜜蜂の魔物の養蜂技術も確立されて養蜂場もあるので、ハチミツは比較的お手頃価格なのだ。

 胡椒はどうしようもないので、生産国まで行って金で買った。胡椒のない料理に耐えられる気がしないので、こればかりは致し方ない。



 白い塩や砂糖を作るのに大活躍な"分解"というスキル、最初のうちはただ組み立てた物をバラすだけのスキルかと思っていたのだが、スキルが上がるにつれより細かく精密に分解できるようになってきた。

 スキルが上がると、命の無い物なら構成している物質単位に分解することすらできるようになった。

 しかし、どうやらこの構成している物質単位というのが、自分の想像力に基づく為、自分の持っている知識の範囲でしか分解できないようだ。

 そりゃ、含まれてる物質知らないと、分解してそれだけ取り出すって無理だもんね。


 そしてこの"分解"に対をなすのが"合成"というスキルで、複数の物を魔力を使って合体させることが出来る。しかしこのスキルは魔力の消費が大きいうえに、魔力操作が難しくスキルが足りないと失敗も多いので、スキルを使わず混ぜれる物はスキルを使わないでやった方が楽である。


 錬金術に近いスキルなのかなって思った事もあるけど、平民の俺はその手の学校なんて通ったことないし、錬金術師に遭遇する機会もほとんどなかったので、その辺の事はよくわからないまま、フィーリングでこのスキルを使っている。

 フィーリングで使ってもすごく便利なスキルな事はよくわかる。




 そんなわけで、前世の記憶と生産系のギフトのおかげで、生活空間はなんとかそれっぽい形にはなった。後は使いながら不便なところを直していけばいいだろう。

 貯めていた素材を結構使ったけど、それなりに快適な居住空間が出来上がったので満足だ。素材を貯めるのも楽しいけど、必要な時にドーンと使うのもまた楽しいのだ。


 改修の終わった我が家を見てニヨニヨとする。





 さて、住む場所は整った、次は広い敷地もとい農場部分だ。


 整備して耕作を始めたいところだが、敷地の中まで森が浸食してる場所もあり、たまに草を毟ってはいたがまだまだ荒れており、ここら辺を農地として使うには農具も用意して整えないといけない。


 砂糖を産出するための作物は早めに植えておきたい。胡椒も欲しいところだが収穫まで年単位で時間かかる上に、農民初心者には難しそうなイメージもある。

 以前胡椒農家を訪れた時に、挿し木用のツルを真っ白な塩と交換でこっそり分けて貰った物が、収納の中に保存されているので、耕作スキルが上がったら胡椒も育てるつもりだ。


 こうして考えるとスローライフって意外とやること多くて忙しいな!!




 それと、そろそろ一度町に買い出しに行きたいし、こっち来てから冒険者ギルドに顔も出してないし、先に町を見て来てもいいかもしれないな。


 そういえば、ここに越して来てからほとんど家に籠って、修理と改装に明け暮れてたから、全く人に会ってないし会話もしてない。これはスローライフではなくただの引き籠りライフなのでは?



 職人目指すなら商業ギルドにも登録して取引先探さないといけないしな。そろそろ引きこもり無職生活から脱出しよう。

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