第42話 待ち伏せ
「タラゴン?」
助手席でアスターは目を輝かせた。タラゴンの広くて青い空が脳裏に甦った。広いサバンナの映像が浮かび上がる。自然と胸が熱くなるのを感じた。
「そうさ。お前だって帰りたいんだろう?」
「うん……。あそこなら、自由に異能力を使えるしね」
「そうだろうさ」
ミゲルは笑うと車を加速させた。雨が降り始めていた。悲しみの雨なのか喜びの雨なのか分からなかった。ミゲルは前を走る車を次々に追い抜いてゆく。雨に煙る街灯の光が筋になって通りすぎるのをアスターは黙って見ていた。束の間の地球生活だったな……。地球人だって悪い奴等ばかりではなかった。でも、やはり異能力を殺して生きていくなど、性分に合わない。本能を押し殺して生きていくなど――それにもう後戻りは出来ないのだ。
心配していた検問は無く、車はスムーズに走行を続けた。郊外を一時間程走ると、パイロット養成所が見えてきた。暗闇の中、雨に濡れて光る広大な敷地に幾つもの宇宙船が停泊している。奥に養成所の建物が見えた。ミゲルはとある大型宇宙船の近くへ車を進めると停車した。雨は霧雨に変わっていた。
「中でタイガ達が準備している筈だ。降りるぞ」
五人が車から降りたその時である。
「そこまでだ!」
宇宙船の陰に隠れていたロック中佐とその部下達が銃を構えて五人を包囲した。
「やはりな。ここへ来ると思っていたよ」
ロック中佐はゆっくり五人に近付くと、唇の片方だけを上げて笑った。ミゲルは宇宙船を見上げる。搭乗口にタイガ達が立っていた。銃を突きつけられて。
「ブランカ……」
アスターが小さく呟いた。
「うん」
出来るか? だがやるしかない。アスターは兵士の数を確認する。三十人といったところか?
「全く、大人しく暮らしていれば見逃してやったものを! だから言ったのだ。異能者などというものは人類の奇形だとな!」
ロック中佐が蔑みの目を向けて吐き捨てるように言った。アスターはそれまでしまっておいた怒りが腹の底から湧き上がって来るのを感じた。軍人だというだけで、一体何様のつもりだ?
「お目こぼしだとでも言うつもりか!」
「そうでないとでも? そもそも、私達が政府に話を付けなければお前達は地球に来ることさえ出来なかったのだ! 地球の文明生活を享受しておいて、反旗を
「俺達は俺達自身の生命力で生きている! 生物っていうのはそういう物だ! 誰の指図も受けないさ。ましてや、異能者を抹殺する計画を目論む奴等の命令など聞いていられるか!」
「仕方ないな……。やれ!」
ロック中佐の号令が下った。兵士が放つ鮮やかなレーザー銃の光を、アスターは瞬時にねじ曲げる。ねじ曲がった光線は兵士たちにブーメランの様に返った。一瞬のうちに兵士達は崩れ落ちた。同時にブランカがタイガ達の横にいた兵士を吹き飛ばす。その隙にタイガが兵士から銃を奪った。間髪入れずにタイガは兵士をタラップから突き落とすと、レーザー銃で止めを刺す。あっという間に方が付いた。
「なっ!?」
ロック中佐がレーザー銃の引き金を引こうとするのをアスターが制止した。
「撃ってみろよ。レーザーはお前に返るぞ」
「クソッ! レーザーにまで干渉出来るとは!」
ロック中佐の歯軋りがここまで聞こえてくる様だった。
「……このまま、俺達を行かせてくれれば命は助けてやる」
「……選択の余地は無いようだな」
ロック中佐の額に汗が一筋伝った。
「だが、今度地球へ戻ってきたら命は無いと思え!」
「安心しろ、戻るつもりはないさ……。さあ、行こう、皆」
アスターはそう言うと皆を促した。
宇宙船に乗り込んだミゲルは操縦席に座った。もちろん副操縦席にはタイガである。
「懐かしいな、このフォーメイション」
タイガが嬉しそうにシステムを立ち上げる。昔の記憶が甦った。
「じゃあ、やっぱり私は通信席ですね!」
アリッサが笑う。
「航海士は居ないが、昔と同じ航路で行けば良いさ。よし、出発だ」
ミゲルが宇宙船を離陸させる。みるみる地上が遠ざかった。
「これで地球ともお別れね」
リタが窓を覗きながら呟く。
「何だ、未練があるのか?」
アスターが訊ねた。
「そうねえ。学校は楽しかったわ……。でも、子供が産めなくなるのは嫌だわ。異能者である事を隠しながら生きるのもね」
「そうだよな……。それにどの道、地球では俺達は犯罪者だからな」
「でも、地球の未来はどうなるんだろう? 月のメッセージは?」
ブランカが訊ねる。
「今は無理だ。でもいずれまた、地球にだって異能者が大勢現れるさ。そして、何時かまた、失われた自然を取り戻すんだ。俺達はタラゴンで、地球の二の舞にならないような異能者の文明を築くんだ――それにしても、結局巻き込んじゃったけどタイガ達はタラゴンへ行くので良いの?」
「何、俺達もタラゴンは好きだったしな。それにもう老い先短い。子供達の意思を優先するさ」
タイガはそう言って笑った。偽りの無い言葉だった。大体、迎えが来なければあのままタラゴンに骨を埋める気だったのだ。
「追って来ますかね?」
アリッサがミゲルに訊ねる。
「……来ないだろう。アスターはレーザーですら曲げられるんだ。奴等が追って来てレーザー砲を打ったところで、自滅するだけなのは分かっているだろうからな」
「そうですね」
アリッサはホッと溜め息を付いた。
実際、アスター達の異能力は使えば使うほど威力を増していた。力の発揮を禁じられた地球で小さく生きていくよりも、やはりタラゴンでダイナミックに生きる方が幸せに違いない。ミゲルはムサシを思い出した。小さな身体で力一杯草原を走り回る姿を。戻ればきっとアイツも喜ぶだろう。思えば数奇な人生だった。かつて地球を飛び立った時は、まさかこんな運命が待ち受けているとは思いもしなかった。自分に異能者の子供ができるなど、誰が想像しただろうか?
「やっぱり私達、野生へ還る運命なんですね。きっと二十二年前から決まってたんですよ」
アリッサが頷いた。
「アリッサは運命論者では無かったろう?」
「そうですけどね。でもタラゴンの月に捕らわれた者の運命なんですよ、きっと。私達はあの月に呼ばれたんです」
「そうかもな……」
ミゲルは大きく息を吸い込むと、しばらく止めてから吐き出した。アスター達はタラゴンの月の申し子だ。きっとタラゴンの大地へ還るのが自然な事なのに違いない。ミゲルは窓から遠くを見た。俺だって、結局タラゴンの月に魅入られたままだ。あの巨大な二つの月に。それに、やはり大自然の中に身を置く方が俺の性格にも合っている。アリッサの言う通り、月の定めた運命に従うか。今度こそ、さようなら、地球。今まで有り難う。
「ワープに入るぞ」
宇宙船はワープ空間に突入した。
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