第38話 月の声

 マンションに戻ってきた四人はアスターの部屋に集まっていた。

「なあ、アマラ。もう一度月の声を聞いてくれないか?」

アスターがアマラを促す。

「ええ。良いわよ」

アマラはそう言って静かに目を閉じると、月の周波数に意識を合わせた。

「……太古のリズムに合わせるのだ。自然と共に暮らした日々の記憶を取り戻せ」

「やはり、今の文明を終わりにしたがっているんだね」

ブランカはそう呟くと、アスターに向かって訊いた。

「でも、どうすれば良いんだろう?」

「……分からない。仮に俺達が月の声を地球人に伝えたとしても、賛同してくれる人はもう居ないだろうな。例のクーデターで皆鎮圧されたからな」

「そうよね……」

リタがそう言った時、玄関のチャイムが鳴った。


「貴方達! お友達が来たわよ!」

ハルカの声と共に、ナナミとマリンの声が響いた。

「お邪魔します」

「やあ、二人とも、どうしたんだ?」

アスターが二人を部屋に招き入れながら声をかけた。

「別に……何か特別な用がなければ来ちゃいけないかしら?」

マリンがちょっとおどけた表情でアスターに肘鉄を入れる。

「いや、もちろんそんな事はないさ。まあ座ってくれよ」

「ありがとう」

「今日はもう遅いから良いとして、明日も休みな訳だけど、また皆で何処かへ行かない?」

マリンは携帯電話でネットに掲載されたプレイスポットを見せた。

「うん……明日は俺達、ちょっと都合が付かないんだ」

「そうなの?」

ナナミが明らかに残念そうな顔で質問する。

「ああ。ちょっと病院へ行かなきゃならなくてね」

「病院!? 何処か具合でも悪いの?」

「いや、というか、健康診断を受けに行くのさ」

「ふーん。若いのにそんな事気にする必要あるかしら?」

マリンは納得いかなさげである。アスターはどう説明したものか少し考えた。

「政府との約束なんだ。俺達スペースコロニー生まれだろ? 普通の地球人とは体質が違うらしいんだ。だから、定期的に健康診断を受けなきゃならないんだよ」

「そうなの……」

マリンとナナミは顔を見合わせた。

「ま、別にそんなに心配するような事じゃないよ」

ブランカが二人を安心させるためにビッグスマイルを作る。


「なら良いけど」

ナナミがホッと溜め息をついた。

「ところで、俺達ちょっと訳あって砂漠にある異能力研究所に行ってきたんだ」

アスターは思い切って話し始めた。

「異能力研究所!? 何で?」

マリンが思わず叫ぶ。

「うん。ちょっと興味があってね。知り合いにそこの研究所につてがある人がいたんで、頼んだんだ」

「ふーん。で、どうだった訳?」

「月や惑星にはそれぞれ周波数があって、それに乗せて地球へメッセージを送っているんだ。異能者にはそのメッセージを聞く事が出来る奴もいる。例のクーデターを起こした連中は、月の声を聞いてやったんだ」

「月……どんな声?」

ナナミが不思議そうな顔をして訊ねる。

「このままだと地球は滅亡するから、今の文明を止めて、自然に即した生活をするようにっていうメッセージよ」

アマラが答える。

「君らはどう思う? やはり月のメッセージに従うべきだと思うかい?」

アスターが二人に訊いた。

「分からないわ……確かに、地球の自然環境は酷いものだっていうのは分かるわ。でも、私は今の文明生活を楽しんでいるし、それに、それだとゲームセンターもなくなるんでしょ? そんなの嫌だわ。ナナミはどうなの?」

「そうね……私もマリンと同じだわ。確かに自然は大事だけど、今の文明がなくなったらどうやって生きていけば良いのか分からないわ」

アスターは息を大きく吸い込むと、

「そうか……そうだよな」

と溜め息まじりに答えた。


「でも、何だってそんな事にそんなに興味を持つのかしら? 今のままだって十分幸せじゃない?」

マリンがアスターに訊ねる。

「そうだな……ほら、俺達はコロニー生まれだろ? 地球に初めから居た奴等はそれがどんなに幸せな事か分かっていないと思うのさ。どんなに文明が発達したって、結局人は水や空気や農作物やらが無ければ生きていけないだろ? 宇宙に居ると、それを人一倍実感するのさ」

「成る程ね……でも、仮にアスターや異能者達の言う通りだとしても、どうすれば良い訳? 前回のクーデターだって結局失敗したんだし、現在の政府がそんな事を認めるとは思えないわ」

「そうなんだよな……だけど、覚えておいて欲しいんだ。多分異能者達の言っている事が正しいんだって」

「そうね……分かったわ」

「多分人間て変わっていくんだと思うわ」

アマラが呟いた。

「今は普通の人でも、そのうち皆異能力を持つ日が来るのかも知れないわよ。そしたら、きっと良い解決法が見つかるわ」

「皆が異能力を持ったら、もうゲームセンターへ行きたいと思う人も居なくなるかしら?」

マリンがちょっと残念そうな声を出す。

「フフフ。多分な……」

アスターはそう言って笑うと、お茶とお菓子を取りにキッチンへ向かった。

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