第37話 研究施設
今日も無事に授業を終えたアスター達は帰りに少し街をぶらつく事にした。大通りに面した本屋を覗いたり、ウィンドウ越しにきらびやかな洋服を眺めたりした。しばらく歩いて行くと、先の方に人だかりが出来ている。スピーカーから大音量で男の声が響いていた。
「何かしら?」
リタが背伸びして人だかりの方に目を凝らした。
「分からないけど、行ってみようか」
ブランカが速足で歩き出す。
男が一人、組み上げられた台の上に立って演説していた。横に彼の仲間と思われる数人がプラカードを持って立っている。
「新しい移住先の惑星が見付からない今、我々に必要なのは都市ではなく農地です! このままではいずれ深刻な食糧難の時代が来るでしょう。我々農民に農地を! 都市開発はもう沢山です!」
男はマイクに向かって叫んでいた。
「だが何処に余った土地がある!」
人だかりの中の一人がやり返した。
「今ある都市を潰してでも、農地を増やすべきです!」
「今更そんな訳に行くか! 経済はどうなる!」
「金だけあっても食料生産が間に合わなければ人類は死滅します!」
やり取りは続いた。アスターには農民の訴えが正しいと思われたが、黙って通り過ぎた。
「地球は大変なんだな」
歩きながらブランカがアスターに話しかける。
「そうだな。そもそも大変だったから、親父達に惑星探査の命が下ったんだろうしな」
「異能者を認めさえすれば、タラゴンでも別に良かったのに」
リタがホウッと溜め息を付く。
「でも俺は――地球人はタラゴンへは来ないほうが良いと思う」
「私もアスターに賛成だわ」
アマラが頷いた。
「また俺の心を読んだな」
「ええ。今のままの地球人がタラゴンへ来たら、あの美しい自然も滅茶苦茶になると思っているのでしょう?」
「うん。彼等のほとんどはタラゴンに適応出来ないさ」
「そうかもね……」
リタがそう言うのと同時にアマラの携帯が鳴った。
「メールだわ。ドクターからよ」
『送られてきた薬を調べてみたよ。どうやら生殖ホルモンに作用する薬の様だ。だが、未知の成分が混ざっていて、私の所の施設ではこれが限界だ。とにかく、飲まない事をお勧めするよ』
アマラはメールを皆に見せた。
「生殖ホルモン?」
ブランカが怪訝な顔をする。
「何か良からぬ事を企んでるな。皆、ドクターの言う通り、薬を飲むのは止めよう」
アスターが皆に念を押した。
「週末また病院へ行かなきゃならないけどどうするの?」
アマラが不安気に訊く。
「ちょっと考えがある。アマラ、俺の言う通りにしてくれ」
「分かったわ。その手でいきましょう」
「まだ何も言ってない」
「心を読んだのよ」
自宅へ戻り、夕食を済ませたアスターにメールが届いた。サライからだ。
『例の研究機関に話をつけたわ。次の週末に見学可能よ。一応、学校の課題で異能力についてのレポートを提出するため、と理由を付けておいたわ。これがアドレスよ』
住所は街から二千キロ離れた砂漠地帯だった。
「長旅だな……まあ飛行機で行けば良いか」
アスターはアルバートのメールアドレスによろしく頼む旨書き送ると、ベッドへ入った。
週末、アスター達四人は砂漠の研究所に居た。入り口の吹き抜けのホールでアルバートが待っていた。
「やあ、遠い所良く来たね。サライから話は聞いてるよ。学校の課題だって?」
アルバートは短い金髪の巻き毛をクシャクシャと手で掻き回すと、両手を広げて歓迎の意を表した。
「ええ、私達レポートを書かなきゃならないんです。今日はよろしくお願いします」
リタがニッコリ微笑んで返した。
「宜しい。では案内しよう。付いて来て」
四人は言われるままにアルバートに付いて行く。施設はかなりの大きさで、一階部分には何かの実験場の様な部屋が並んでいた。
「以前はここで異能者達の協力の元、様々な実験をやっていたんだ」
「実験?」
アマラが訊ねる。
「うん。異能力を発揮している最中の脳波や心電図を計ったり、特定の周波数の光や音波を浴びせて、その影響を観たりしていたのさ」
「今はやっていないんですか?」
「クーデター騒ぎがあったろう? それ以降政府が異能者を収容しちまったのさ。お陰で研究は遅々として進まなくなってしまった。今は過去のデータを元に推論を組み上げたり、動物実験をやったりする位だね……さて、僕の研究室へ着いたよ。入って」
二階のアルバートの研究室へ通された四人は一通り部屋を見て回った。壁に背を向けて配置されたデスクの上には資料の山が出来ている。壁には一面本棚が設置されており、分厚いファイルケースが並んでいた。アルバートは椅子に座った。
「まあ、その辺の椅子に座って。それで、どんな事が聞きたいのかな?」
四人は椅子に座ると、アスターが話し始めた。
「異能力と月について聞きたいんです。俺が思うに、異能力っていうのは月の影響を受けているのじゃないかと……」
「ほう……! どうしてそう思うんだい?」
アルバートはデスクに身を乗り出した。
「それは……」
アスターは口ごもった。まさかタラゴン生まれだと言う訳にもいかない。
「ただの感です。地球には月に纏わる不思議な伝説が幾つもあると聞くし」
「ふむ……中々良い所に目を着けたね。サライが薦めるだけの事はあるな。ちょっとこれを見てみたまえ」
アルバートはデスクのコンピューターの画面をアスター達の方へ向けた。
「太陽や水星、金星などの天体は皆、固有の周波数を持っている。例えば地球だが、地球の一年は三百六十五日だ。それを秒に換算すると、三千百五十三万六千秒になる。音は換算した秒数に一回生じるので、一から割る。一回÷地球の一年の秒数。これが地球の一年の周波数だ。この周波数ではあまりにも低くて、人間の耳では聞くことができないので、二倍・三倍と倍音にして可聴周波数に合わせていくんだ。それが百三十六・一ヘルツとなり、地球の一年の周波数となる。他の惑星も同じように求めた周波数がこれだ。月も固有の周波数を持っている。二百十・四二ヘルツだ。これらの周波数は生物に影響を与えているんだ。今までの研究で、月の周波数が異能力と深い関係にあることが分かっている。異能者が月の周波数を浴びると、脳波がシータ波になるんだ。異能力を発揮している時は脳波がシータ波になっている事が確認されている。常人でも脳波が僅かに月の周波数から影響を受けているんだが、異能者はその受ける影響が絶大なんだ」
「異能者が産まれるのも月の影響ですか?」
「恐らくね……。遺伝子に何らかの影響を与えるんだろう。これは僕の個人的な考えだが……天体も意識の様なものをそれぞれが持っているのさ。月には月の意識体とでも呼べる様な物があって、その意識を周波数に乗せて地球へ送っているんだよ。異能者の中には月の声を聞く事が出来る者達も居た。月の意識に感応出来るんだな」
「じゃあ……」
アマラがアルバートの顔を覗き込む。
「あのクーデターを起こそうとした異能者達は、月のメッセージを聞いてやったのかしら?」
「そうかも知れないね」
「……どんなメッセージだったんです?」
「ある者が聞いた声は『地球を取り戻せ』という物だったよ」
アスターは街でデモをしていた農民達を思い出した。異能者達だけでなく、一般人にも月はメッセージを送り続けているのかも知れない。ただ聞く耳を持つ人が少ないだけで……。
「今日は有り難うございました」
アスターはそう言うとアルバートの手を握った。
「いや、大した事はしていないさ。役に立てたかな?」
「ええ、お陰で良いレポートが書けそうです」
「そうか。それは良かった。入り口まで送るよ。帰りのタクシーを呼ばなきゃな」
アルバートはそう言って頭を掻くと、タクシーを呼んだ。
施設前の広場でタクシーを待ちながら、アスターは月の声を聞いてみようと耳を澄ませた。昼間の砂漠の抜けるような青空には月など浮かんでいなかったが。
「アマラなら聞こえるんじゃないか? 月の声が」
アマラは静かに呼吸を整える。最初はさざ波のような音だった。それに意識を集中していくと、何かの思念体の様な物を掴んだ。やがてさざ波は声に変わった。
「ええ、聞こえるわ」
「何て言ってるんだ?」
「私は年老いた……地球も年老いた……今は黄昏時だ……再び生まれ変わるのだ。地球に自然を取り戻せ」
「やはり、異能者達は月のメッセージに従ったんだな。誰かが月の声に感応して、他の皆にもメッセージを送って、それに皆が感応したんだ」
「私達もここの月に従うべきかしら?」
リタが呟いた。
「そうかもな。だが何が出来る?」
「そうよね……」
そのまま沈黙した四人の前に飛行場行きのタクシーが到着した。
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