第30話 ゲームセンター
「ここがゲームセンター?」
ブランカは周囲を見回して言った。コンクリートの大きなボックス型の建物にポップでカラフルな看板が付いている。『ハッピーアース』と書いてあった。
「そうよ。ゲームセンターは初めてかしら? 入るわよ」
休日用の派手なワンピースを着たマリンが皆を促した。
中へ入ると、広いフロアに各種ゲーム機が設置されていた。『デザート・トラベル』と書かれたゲーム機の前でアスターは呟いた。
「砂漠の旅?」
「これはね、バーチャルにサハラ砂漠を旅するゲームよ。席に座って」
黄色いカプセル型の奥の席にナナミが座る。コインを入れてスタートボタンを押すと、サハラ砂漠のホログラムが現れた。砂漠の中をカプセルが進むかのようにホログラムが動いていく。紺碧の空に黄褐色の砂が何処までも続いていた。途中で薔薇の形をした砂の塊があった。
「あれは何かしら?」
リタがナナミに聞いた。
「あれは『砂漠の薔薇』よ。ゲットすると得点になるわ」
そう言うと、砂漠の薔薇を手で
「これ、得点が貯まるとどうなるんだい?」
ブランカがマリンに訊ねた。
「五百ポイントで景品と交換出来るわ」
マリンは後ろの交換所を指差した。交換所の棚にはぬいぐるみやら玩具やら沢山の景品が並べられていた。ホログラムはサボテンを映し出した。
「あれも取れるのかい?」
ブランカが手を伸ばす。
「ええ。あれもアイテムよ」
ナナミが答えた。ブランカがサボテンに触れると、サボテンは消え、ポイントが加算された。カエルやらトカゲやら、次々とアイテムが現れ、六人はその度に手を伸ばしてアイテムをゲットしていった。中々面白いが、どうせなら本物の砂漠へ行った方が更に楽しいだろうになあ、とアスターは思ったが、誰でも好きな時に砂漠へ行ける訳では無いのだから、と思い直してゲームに集中した。得点が三千ポイントになり、アスターは交換所へ向かった。
「三千ポイントですね。ゲーム機と交換できますよ」
係の女性が棚からゲーム機を取り出す。皆で得点を獲得したのに、ゲーム機を独り占めする訳にはいかない。
「でも、俺達六人居るんで、一人ずつにもらえる方が良いです」
「分かりました。それでしたら、ぬいぐるみになります」
アスター達は各々亀やら、キリンやらの大きなぬいぐるみを手に入れた。
「中々面白かったわよね」
アマラがホクホク顔で言う。
「ああ、俺達ゲームセンターって初めてだったけど、意外と面白いものだな」
アスターは亀のぬいぐるみをグルグル振り回しながら答えた。
「今日は楽しかったわね。また学校でね」
マリンとナナミはそう言うと、タクシーに乗って帰って行った。アスター達は歩いて帰る事にした。空は既に夕暮れ時の朱色に染まり、街にはネオンが点灯し始めている。色とりどりのネオンサインの合間を縫いながら、四人は大通りを歩いた。途中、横路に目をやると、一人の男が踞っているのが見えた。薄汚れたグレーのTシャツに、ボロボロのカーキ色のカーゴパンツを履いている。
「どうしたんだろう? 大丈夫ですか?」
ブランカが男に声をかけた。男は垢だらけの顔を上げると、虚ろな目を大きく見開いて、
「どうもしないさ。見ての通り、俺はホームレスでね」
と笑った。
「ホームレス? って何ですか?」
リタが訊ねる。
「何だい。そんなことも知らんとは余程良いところの出かね? ホームレスってのは、仕事と家を失った身の事さね」
「それは……。お気の毒に」
アマラが慰めた。
「何、この街にはホームレスなんざ珍しくも無いさね。俺だけじゃない。他にも沢山居るさ」
男はそう言うと、黄色い歯を見せて笑う。
「でも、どうしてそんなに沢山ホームレスが居るんです?」
「どうしてって……。資本主義社会の弊害さね。どんなに頑張ったってうだつが上がらず、あっさり会社に首を切られて新しい仕事にもあぶれる奴なんざ、ごまんと居るよ。単純労働はロボットで十分だし、一度家を失ってホームレスになったら、そこから這い上がるのは無理だね」
「そうですか……。俺達に出来る事ありますか?」
アスターが訊いた。
「まあ、金だよね。だけど、見たところ学生さんだろうから、それは無理かな。一番良いのは何か仕事をくれる事なんだがなあ?」
「はあ……。あの、俺達……」
「フフ。良いのさ。あんたらに出来る事は何もないさ」
男は悲しそうな笑顔でそう言って溜め息をついた。
「アスター」
アマラがアスターの腕を引っ張って耳打ちする。
「どうした?」
「この人、胃に腫瘍があるわ。取ってあげて」
アマラはそう言うと、アスターに透視した胃の映像を送った。アスターは男の胃にびっしり出来ていたポリープを全て取り除いた。
「じゃあ、おじさん。俺達これで失礼します。これ、少ないけど何かの足しにして下さい」
アスターは小銭を男に渡すと、裏路地から表通りへ出た。この世界には色々な不幸がある様だ。文明社会というのは、幸福と不幸が入り混じった複雑な世界なのだな。
「地球の不幸……」
アスターはそう呟くと、歩き出した。心なしか大通りの風景がくぐもって見えた。
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