第20話 自殺
二ヶ月が経過した。畑ではホウレン草やトマトが収穫の時期を迎えていた。毎日十分な日照があるため、生育は早い様だった。
「皆、今日はホウレン草とトマトとキュウリの収穫をしよう。外へ出てくれ」
ミゲルはそう言うと、ナイフを持って外へ出た。
朝の日の光を浴びて、農作物が畑一面に
「また農作業ですか……」
ニライがうんざりした声で呟いた。
「ニライ、生きるためには収穫が必要だろう? お前だって毎日新鮮な野菜が食べたいだろう?」
ミゲルが諭すように言う。
「ええ。それはそうなんですけど、僕はそもそも航海士なんですよ。野良仕事向きじゃないんです」
「仕方ないだろう。とにかく始めよう。良く実っているやつだけ
七人はそれぞれ収穫を始めた。朝だというのにジリジリと暑い日差しが顔を焼く。
「この調子だと、二年後には真っ黒に日焼けして、昔のアフリカの原住民みたいになるわね」
サライは冗談とも本気ともつかない様子でこぼした。
「あら、健康的で良いかもよ?」
アリッサが笑う。ニライはにこりともせずに黙々とキュウリを
「僕はもう、地球に帰りたいですよ。あの麗しの文明社会に」
「あら、ポラリス号があるだけましよ。そうでなかったら、今頃掘っ立て小屋か木の上に家でも作って住んでいるわ」
「ホホ。木の上の家は何だか憧れますね。子供の頃何かの本で読みましたよ」
マムルが会話に加わった。ニライは額の汗をタオルで拭うと、弱々しく笑う。
「皆、どうしてそんなに元気なんです? 地球へ帰れないかも知れないのに」
「二年半の辛抱よ」
「具合が悪いなら、後で医務室へいらっしゃい」
「そういう事じゃ無いんです! 皆、こんな野蛮な暮らしで平気なんですか!?」
そうとも。そもそも皆、最先端技術を駆使して宇宙探査をするために選ばれたクルーではないか。こんな原始的な生活に馴染める訳が無いのだ。
「慣れるしかないわ」
「そうですね。選択の余地はありませんからな」
七人は収穫し終わった野菜を冷蔵庫へしまった。調理可能な食材が急に倍増して、ハルカは喜んだ。この調子で定期的に野菜を育てる事が出来れば、食料の心配はしなくて済む。安定した食料供給と水さえあれば、二年半は無事に過ごせるであろう。
その後もミゲルとタイガは時々狩りに行き、獲物を獲ってきた。二人は狩りに生き甲斐を見出した。タイガは段々と、ミゲルの言ったロマンとやらが理解出来るようになっていた。ムサシは毎回嬉々として獲物を追いかけた。ムサシにとっては、これぞ本領発揮といったところである。畑は恵まれた太陽の光を浴びて、農作物は速いサイクルで次々に育ち、食料を供給し続けた。日々の暮らしに追われる中、二年半はあっという間に過ぎていった。
「今日で地球時間で丸二年半だな」
ミゲルがポラリス号の電子カレンダーを見て呟いた。最初はどうなる事かと思ったが、何とか二年半乗りきった。
「迎えは来るんでしょうか?」
ニライが明らかにジリジリしながら訊ねる。
「分からんな。しばらく待ってみよう」
「来てくれなきゃ困ります。僕は……僕はもう耐えられませんよ、こんな生活」
ニライの顔には焦りが張り付いていた。ニライにとってはこんな自給自足の原始的な生活を送り続ける事に耐えるのは、もう限界だった。
「あら、二年経っても慣れないのね」
アリッサがからかうように言う。
「そりゃあそうです! 僕は君達とは違うんですよ! サバイバルなんてもう嫌です!」
バン!
ニライはテーブルを強く叩くと叫んだ。
「落ち着け、ニライ。まだ二年半経ったばかりだ。多少の誤差はあるさ」
タイガがなだめる様に言った。
「そうだな。誤差を含めてもう半年は様子を見るんだな」
ミゲルは電子カレンダーを見つめた。
「……半年待てば良いんですね?」
ニライは念を押すと、肩を落として自室へ戻って行った。
半年が過ぎた。それでも迎えは来なかった。
「来ませんね」
食堂でハルカが溜め息をつく。
「そうだな。こりゃあ見捨てられたかな? まあ、生きていくだけなら……」
「大変です船長! すぐ来てください!」
アリッサが食堂に駆け込んできた。
「どうした?」
「ニライが銃を持って自室で……」
「すぐ行く!」
ミゲルが駆け付けた時、ニライは自室でレーザー銃をこめかみに突き付けていた。
「早まるな、ニライ」
「僕は……僕はもう耐えられません。二年半待てば迎えが来るって言われて待って、来なくて、また半年待って来なくて……! 嘘つき! 僕はこんな所でずっと生きていくなんて嫌です!」
「ニライ!」
ミゲルの静止は間に合わなかった。レーザーの鋭い光がニライの頭蓋骨を貫通した。ニライはその場に崩れ落ちた。
「ニライ……クソッ! 何て事だ!」
「船長……」
アリッサが恐る恐る部屋を覗き込む。
「ドクターを読んでくれ」
「……はい」
マムルはニライの死亡を確認した。
「自殺ですか……」
マムルがニライの目を閉じてやりながら呟く。
「うん。ニライにはここの環境は厳しすぎたようだ」
「まあ、迎えも来ませんしね」
「そうだな」
「これはいよいよ、タラゴンに骨を埋める覚悟をした方が良いのかも知れませんね」
「……明日、ニライの葬式と埋葬をしよう。アリッサ、皆にもそう言っておいてくれ」
そう告げるとミゲルは船長室へ篭った。ニライはタラゴンに耐えられなかった。彼の性格を考えればもっともかも知れなかった。ダイナミックなタラゴンで生きていくには、彼は繊細過ぎたのだ。地球の文明生活に慣れ親しんできた身にすれば、当然の事かも知れなかった。だが俺は? ミゲルは最早地球へ帰りたいとは思っていなかった。自分には地球での生活より、この野性味溢れるタラゴンでの暮らしの方が合っている。だが船長という立場ゆえ、機会があればクルーを無事に地球へ帰す責任がある。それだけだった。
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