第19話 ライオン
今日はアリッサとニライが水やり当番だった。畑では野菜の芽がスクスクと伸びていた。このままいけば順調に収穫を迎えそうである。一通り水やりをして畑を見回し、安心したアリッサは、少し冒険してみる事を思い付いた。
「私、今日はバギーでサバンナを見に行こうと思うわ」
「そうですか? 大丈夫ですかね?」
「大丈夫よ」
「分かりました。一応船長に言っておきますよ」
「ええ。頼むわ」
アリッサは格納庫に収容してあったバギーに乗り込んでエンジンをかけると、勢い良く走り出した。特に行き先を決めていた訳では無かった。そもそも決めようが無かった。この広い大平原を気ままに探索してみようと思ったのである。何処に居ても良く晴れた日のドライブというのは気分の良いものだ。ましてや、大自然の中を突っ走るというのは格別だった。アリッサは鼻歌を歌いながら禿鷲の群を掻き分け、インパラが通り過ぎるのを眺めやって、どんどん進んでいった。
船から十キロほど離れた所で、木に群を成して留まっているインコを発見した。数十羽は居るであろうか? 明るいライムグリーンの羽根が美しい。アリッサはインコを驚かさないように、少し離れた所にバギーを停め、静かに忍び足で木に近付いた。インコはアリッサの姿を見ても逃げなかった。しばらくの間アリッサは我を忘れてインコに見入っていた。何とかしてあれを捕まえて、手乗りインコに出来ないものだろうか? 可愛らしいインコを手懐けることが出来れば、素敵なペットになるに違いなかった。アリッサは、インコの方から自分へ近付いてくれるよう、辛抱強く待った。
三十分もそうしていただろうか。一羽のインコがアリッサに興味を示した。高い枝からアリッサの頭のすぐ上の枝まで降りてきて、アリッサの様子を窺う。つぶらな瞳が愛らしかった。
「大丈夫よ、何も怖い事しないわ」
アリッサは心の中でインコに話しかけた。そんなアリッサの心の声が聞こえたのか、インコは少しずつアリッサに近付いて来た。もう少し、もう少しで手が届く――と、その時である。背後の草むらがガサガサと揺れた。何かしら?
アリッサは振り向いて凍り付いた。雌ライオンだ! 咄嗟にアリッサはバギーを見た。ここからは距離がある。走って戻ろうとしても、その前に殺られる――。腰に手を
「どうかライオンが木に登れませんように!」
アリッサは藁にもすがる思いで祈った。こんな所でライオンに食われて死ぬなど御免である。
ライオンはゆっくりと木に近付くと、前肢を幹にかけた。鋭い爪が幹にめり込む。ライオンは一歩登り、また一歩登った。
「神様!」
アリッサは心の中で叫んだ。だが、三歩目に前肢をかけた時、ライオンは自重を支えきれずに下へ落ちた。ホッと溜め息をつくアリッサ。どうやらこれ以上は登ってこれない様だった。
だがライオンは諦めない。木の下に座り込み、ジッとアリッサを見つめる。明らかに獲物を狙う目だった。ハアハアという熱い獣の息遣いが、木の上からでも聞こえる。アリッサの額にじっとりと粘っこい汗が伝った。根比べだ。金色に輝くライオンの鋭い眼光がアリッサを射抜く。アリッサは生きた心地がしなかった。日が暮れるまでこのままだったらどうしよう? そう思ったその時、アリッサはズボンのポケットに携帯無線機を忍ばせてあったのを思い出した。
「そうだったわ」
船長の言いつけを忠実に守っていた事に感謝しながら無線機を手に取った。
ポラリス号の中で無線機の受信音が鳴り響いた。ミゲルが無線機を取る。
「ああ、船長! サバンナでライオンに見つかって――今木の上に逃げています。でも諦めてくれないの」
「分かった。すぐに迎えに行く。無線の発信場所を特定するから、何か喋っていてくれ。タイガ、代われ」
「アリッサ、どうした?」
「ライオンに襲われそうなの。木の上にいるわ」
ミゲルは場所を特定した。
「場所は分かった。バギーで行く」
「いや、俺が行きます!」
タイガは荒っぽく無線をミゲルに渡すと、アリッサの位置をモニターで確認してプリントアウトし、格納庫へ向かって走り出した。廊下を走るタイガにミゲルから無線が入る。
「一人じゃ危険だ!」
「大丈夫です。レーザー銃がある!」
タイガはバギーに飛び乗ると、まるでロケットが発射する様に外へ飛び出した。
「あの馬鹿! 外は危険だって言ったのに!」
タイガは鼻息も荒くハンドルを操作しながらサバンナを走った。ここが遮蔽物の少ない平原だから良いものの、そうでなかったら確実に事故るであろう。もうもうと土埃を巻き上げながらサバンナを猛スピードで突き抜けると、アリッサの居る木が見えてきた。下にライオンが臥せているのが目に入る。タイガはそのままスピードを落とさずに、ライオン目がけて突っ込んだ。バギーに気が付いたライオンは慌てて逃げ出す。後からタイガがレーザー銃を撃ち込んだが、当たらなかった。しばらくライオンを追いやると、タイガは木まで戻ってきた。
「大丈夫か?」
「ええ。有り難う、助かったわ」
「レーザー銃を忘れるなんて馬鹿が!」
「……そうね」
「何だ、やけにしおらしいな」
「別に……降りるわ」
アリッサは滑り落ちないように注意しながら木を降りた。
「船長じゃ無かったのね」
「それは……! いや、船長は忙しかったからな」
「そう」
アリッサはタイガが必死に自分を助けようとバギーを飛ばしている様を想像してニンマリ笑った。なるほどねえ。船長は忙しかった訳ね? だったらそもそも最初に無線に出なかったと思うけど。
「何だよ、何か言いたい事でもあるのか?」
「別に。さあ、帰りましょうか」
「おう。次からはレーザー銃忘れるなよ」
「分かったわ」
二人はそれぞれのバギーに乗って帰路に着いた。
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