第10話 海賊
二ヶ月が経った。皆はすっかりムサシの存在に慣れ、ムサシはポラリス号のアイドル的立ち位置に収まっていた。
「船長、そろそろ最後のワープフィールドを抜けますね」
タイガが操縦パネルを確認しながら言った。
「そうだな、タイガ。ワープフィールドを抜けたら通常航行でタラゴンまで直行する。そのつもりでいてくれ」
「了解です」
ポラリス号は最後のワープフィールドを抜けた。ミゲルはマワール星系目指して航行システムを通常航行にセットし直す。
「よし、タラゴンまで一気に行くぞ」
マワール星系は恒星マワールを中心に十一の惑星が軌道周回する恒星系である。候補に上がっているタラゴンはマワールから四番目の惑星だった。一番端の惑星、ヤルガーの軌道圏内に差しかかった時、レーダーは不審な影を捉えた。
「高速で接近する物体あり! 戦闘宇宙船です!」
タイガが叫んだ。
「アリッサ、識別信号を送れ」
「国際識別信号に反応ありません。海賊船です!」
「加速しろ! 振り切るんだ!」
ポラリス号は一気に加速した。背後からレーザー砲の光がポラリス号の脇を
「後部レーザー砲発射!」
ポラリス号の後部からレーザー砲が火を吹いた。だが手応えは無かった。ミゲルは船を上下左右に振ってレーザー砲をかわそうと努める。
シュパッ!
レーザー砲がポラリス号の側面に当たった。衝撃で船体が震える。警報がけたたましく鳴り響いた。
「何処をやられた!?」
「左のエンジンです! 出力低下!」
ポラリス号は被弾したエンジンを抱えながら宇宙空間を突き進んだ。前方にタラゴンが迫っている。地球のように青と緑と茶色の星だった。大気圏があるのが確認できる。
「減速! タラゴンに不時着する! タイガ、翼を出せ」
「了解!」
ポラリス号は収納してあった飛行用の翼を出した。
「大気圏突入角度に注意しろ」
「突入角度調整完了。行けます!」
「よし、突入開始!」
ポラリス号はタラゴンの大気圏に突入した。大気との摩擦熱で船外が高温に曝される。だがポラリス号はワープ時の高温にも耐えられる様に作られた船である。燃えてしまう事は無い。ポラリス号はぐんぐん高度を下げていった。
「高度一万メートル、滑空に入る。不時着できそうな場所を探せ」
ポラリス号は高度を下げながら不時着地を探した。広大な海の上をしばらく飛ぶと、大きな大陸が現れた。
「前方に広い平地が見えます」
「よし、あそこに着陸しよう。車輪を出せ」
赤褐色の大地に草が生い茂っているのが見えた。
「何とか着きましたね」
タイガが額を拭った。
「そうだな。連中諦めてくれると良いんだがな」
「しばらく様子を見ましょう」
「うん。その間に大気の状態を調べよう。博士を呼んでくれ」
サライは呼ばれるまでもなく、操舵室に現れた。
「大気の成分をチェックするわ。モニターを見せて頂戴」
サライはセンサーから送られたデータが表示されているモニターを食い入るように見つめた。
「窒素七十七パーセント、酸素二十二・三パーセント、アルゴン0・三パーセント、二酸化炭素0・二パーセント……地球とほぼ同じ構成だわ! 奇跡だわ!」
サライは興奮して飛び上がった。
「気圧はどうだ?」
「一・0四気圧よ」
「なら、宇宙服無しで外に出れるな」
「ええ。問題ないわ」
「だが、海賊が諦めたと確認するまでは危険だ。一日様子を見よう。タイガ、エンジン停止。やり過ごそう。万が一白兵戦になった時の為にレーザー銃は準備しておけよ」
ミゲルは船内放送を入れた。
「皆、何とかタラゴンに到着した。タラゴンの大気は地球とほぼ同じだ。宇宙服無しで大丈夫だが、海賊が諦めるまで、一日様子を見る。船外へ出ることは禁じる」
「タイガ、左のエンジンだがな」
「はい。酷くやられたようです。ヤナーギクは居ないし、このままではここから離脱出来ません。仮に出来たとしても片肺では地球まで戻れませんよ。」
「うん……海賊に位置を知られたくないからSOSも出せんしな」
「はい」
「仕方ない。長期戦を覚悟しよう。元々惑星は一年かけて調査する予定だったのだし。飛べないとはいえ、ライフラインはポラリス号の設備で何とかなるしな」
「ですね」
「皆さん、ご苦労様でした。コーヒーはいかがですか?」
マムルが操舵室へやって来た。
「有り難う、ドクター。どうやら長期戦を覚悟しなくちゃならんようだよ」
「ホホ。仕方ありませんねえ。どうです、航海も一段落した事ですし、皆さん健康診断を受けてみては?」
「そうだな」
「では、コーヒーを飲んだら順番に医務室へいらして下さい」
一同は順番に健康診断を受けた。ミゲルは一番最後だった。ミゲルの疲労度が一番高かったが、皆概ね健康だった。
「ホホ。まあ、タラゴンに着て、どうせここから動けないのですから、船長も養生する事ですな。はい、ご褒美の飴玉ですよ」
マムルは笑いながら飴玉をミゲルに渡した。
「俺は子供か!?」
「健康診断が終わったら、皆にあげてますよ」
「何味だ?」
「ミント味です」
「ふーん」
ミゲルは飴玉を頬張った。
「ドクターは健康診断しないのか? 俺が診てやろうか?」
「ホホ。お医者さんごっこですか? 私は自分で診ましたよ。少し血糖値が高いですが、まあ健康ですよ」
その日は皆交代制で仮眠を取った。海賊を警戒しての事である。いい加減退屈してきたアリッサが欠伸をしながらミゲルに訊ねた。
「ここが地球型の惑星なら、海賊の根城になっていてもおかしくないとは思いませんか?」
「そうだな。俺もそう思ったんだが……」
「が?」
「基地を作るとなるとかなり大変な作業になるからな。建築資材なんかも大量に調達してこなきゃならん。大体海賊なんかやる奴等は基本的に面倒くさがりだ。地道に自分達で物を作るより、すぐに他人を襲って奪う事を考える様な連中だ。そんな奴等がこんな辺境に大規模な基地を作れるとも思えん」
「そうかも知れませんね……」
アリッサは窓から星を眺めた。月と星の瞬き意外にこれと言って目立った物は無かった。静かなものである。一同は一晩中見張ったが、結局海賊は諦めたのか現れる事は無かった。
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