電子の染み

@DivainK956

少女

 

 少女はボタンを押すと、暖かな笑みを浮かべて会釈をした。

 眼前に映し出された空間に浮かぶ電子の仏像が、少女と同じような慈愛の笑みを浮かべている。このようなホログラムはいわば空間の染みだ。空間の中に存在するが実在はしない。物質世界と精神世界を織り交ぜたような立体映像とも呼ばれるこれは、人の精神に誰しも普遍的に存在する絶対的な存在を表すのに、非常に適していると言えよう。どれくらい技術が進歩しても、それでも解けぬ謎やこの世界の不可解さに神なる存在を信じてしまうのは仕方の無い事だ。それくらい人の心は脆い。物質的な豊かさが、決して幸福に至る方法だとは限らないからだ。だから、その偶像を表すには、ホログラムは非常に適していた。ボタン一つで神に会えるのは、信者にとっては画期的であり、立体映像自体が電子世界に慣れた文化レベルの人間にとっては普遍的だからだ。

 少女は深呼吸をして、再び祈りを始める。キーボードに向かって指を動かし、文字を紡ぐ。

 お願い事をしているのだ。

 少女は、今までに里親を転々として来た天涯孤独の孤児だった。素行は良く、素直で、目的に忠実で、信じる事を疑わないジュブナイルの自信過剰な精神をその身に宿していた。その性質は、いわゆる普通の少年少女像に近く、特に個性も見当たらない普遍的な人間だった。

 なのに、少女の周りにはいつも不幸が過る。

 里親を転々としているのは、少女と近しい人間にのみ起きる不可解な事件が原因だった。

 それは、少女に近い人間は、必ず自殺をしてしまうという事だ。

 不可解な死、と言えば端的か。しかもそのどれもが、原因を解明しにくい死因であった。

 少女は呪われている、と周囲は噂した。死神、という渾名さえ付けられ、居場所など何処にも無くなった。

 少女はそのような風聞に深く傷つき、心を病んだ。

 そんな時、少女を救ったのが、信仰だった。

 「まだ御堂に居たのか、■■。」

 ■■と呼ばれて少女は、声の方に顔を向けた。生気の無い、白く透けるようだった唇が血の色に戻ると、いつものように言葉を紡いだ。

 「はい、司祭様。私は、ここでいつもお祈りをしているのよ。」

 「そんな事は知っているさ。いつもの事だからね。」

 「いつもの事を呆れたように言うのは、何でなの?」

 「祈りが長いんだよ。一体いつまで祈るんだね?もう二時間は経っているよ。」

 「こうでもしないと、仏様は笑ってくれないの。私、仏様だけは、近くにいるって信じているから、笑顔が見たくて仕方無いの。ダメ?」

 「ダメでは無いし素晴らしい事だけどね、人間は機械じゃないんだ。休まないと意識に障害が発生する。眠いのはキツイし、気分が暗くなるのはもっとキツイ。早く寝なさい、信徒と言えど君はまだ子供だ。自然に命が事切れるまで、神の国は程遠い。」

 「・・・分かりました。」

 少女は御堂から出ると、一旦外を出て別の棟にある集合住宅に入った。シェアハウスのように、一つの家に何人もの他人が住むような感じの構造で、そこで少女は割り当てられている部屋に戻る。

 部屋の主電源をオンにすると、無機質な部屋に青白い光が充満した。

 そこでも少女はボタンを押して仏像を空間の染みにすると、キーボードを叩いて祈りを始めた。規則的に並んだ英単語や記号が画面上で整列を始めると、その羅列された単語達の意味する暗号通りに仏像が動き出す。立体映像の仏像の衣服が開けて、お腹が鳩時計の要領で観音開きになりながら開くと、そこから少女を模したようなホログラムが顔を覗かせた。

 少女は言った。

 「貴方がこれから■■よ。私が貴方の一部になるの。分かる?」

 ■■と呼ばれた染みは、理解したのか慈悲の表情を浮かべ、頷いた。

 「■■!名前、やっと貰った!個性獲得、個性獲得‼」

 仏像の殻を破り、その人工知能は少女そのものになるかのように喜んだ。

 少女は祈りを捧げた。

 ■■が幸せでありますように、とまるで他者の幸福を真に願うように。


 運命、という言葉を頭の中で逡巡しながら祈りを捧げる時間が、少女にとっての救いだった。

 運命と言うのは残酷だ。運命は不条理と言えばその通りだが、筋が通っていない訳では無い。かと言って運命はそう簡単に変えられるものでも無いが、外圧的な拘束力がある訳でも無い。

 だから運命は、自分の思い通りになる、という真実が、残酷なのだ。

 変えられないモノを変えていけるだけの力が働くのが運命と呼ばれるものだ。だが、一度そのトロッコが走り出すとブレーキが掛からない。本人の意志力だけに決定されている為、そこには理性が働かないからだ。だから、自分で決めた結末をその通りに動かしてしまう、そこがどうしようもなく傲慢で不条理なのだ。

 まるでこの世はエゴイストのみが支配出来るのだと、気付いてしまうからだ。

 神が運命を定めているのなら、腹の内に隠し持った人間の欲望こそが神となる。

少女は、祈りの中で不敵な笑みを溢す。

 きっと上手くいく、いや、絶対に上手くいく、と、祈りの中で肯定感を高めていく。

 何故なら少女は子供だからだ。失敗という言葉は既に脳から破棄されており、そのバッドエンドを予測する事さえも脳から削除してしまっているのだ。

 初めから失敗する、という姿を思い浮かべていないからこそ、運命を確定付けてしまう。もしそれが駄目でも、二の手、三の手と、膨大な思考実験を繰り返し、手筈を整えているからだ。

 朝の祈りの時間を終えると、少女は食堂へ向かった。少女の身体には有機物を受け入れる機能が存在していない為に、食堂へ向かうのは本来意味の無い事なのだが、少女にはここへ向かう目的があった。

 少女は配給された食事をプレート毎外へ持ち込むと、敷地外へ出た。

 正門から右手を曲がった先にある荒廃した通りを抜けた先に、ぐったりとして動かない少年が汚い壁に寄りかかっていた。

 少女は少年の寝息を確認すると、安堵した。まだ死んでいる訳では無いらしい。

 「ほら、持って来たわよ、要らないの?」

 少女の声に気付いた少年は、少女を見ていつものようにお辞儀をした。

 「ああ、天使様だ。」

 少年は涙を流しながら言った。

 「私は染みじゃないわよ。まだこの通り身体があるもの。」

 「染み・・・?そんなもの、君の服には見当たらないけれど。」

 「そ。ならいいわ。少し、お話ししない?」

 少女は少年の傍に座ると、いつものように昨日と同じ話をした。

 少年は、記憶領域に問題があるのか、昨日の事さえ覚える事が出来ない。少女の事さえ覚えているのが奇跡だった。連続的な記憶を保つ事が不可能な欠陥人間なのだ。        

 いや、そもそも人間と呼ぶべきか疑問な点は幾らか在るが、少女にとってそれは些細な事だった。機械の腕も、機械の脳も、ましてや機械の心臓も彼女にとっては単なる個性に過ぎず、少年を人間として接するには十分な温かさがあった。

 少女が自分の属する宗教の話をいつものように言う。

 「ねぇ、曼荼羅って知っている?」

 少女は少年に、試すように言った。これで何度目だろうか。

 「曼荼羅ってのは・・・何だっけ?前に君に、聞いた事があるような・・・。」

 少年が首を傾げる。

 「曼荼羅って言うのは、凄いのよ。いっぱいの神様が、悟りへの道を教えてくれるの。」

 「・・・悟り?」

 「悟りって言うのはね、ようは知恵ね。気付いてしまう事なの。この世の真理を突いてしまって、どんな事にも動じなくなるの。」

 「・・・それって、良い事なの?」

 「うん。実は私、もうその悟りに至っちゃったんだ。」

 「それは凄い⁉きっと、難しいモノでしょ?」

 「いいや、悟りって言うのはね、覚悟さえあれば誰にでも在るモノなのよ。すぐそこにはあるけど、中々気付けないモノよ。」

 「それに気づいたって、凄い!」

 少年は無邪気に少女を褒めちぎる。そんな少年を見て、少女は胸の痞えが取れた気がした。

 少女は思う。

 何もかも無知である人間と、気付いてしまった人間は、どちらが幸福と言えるだろう?

 ましてや、その無知を直す為の行為に、意味は果たしてあるのだろうか。

 少女は迷う。だが、この日の為に全てを犠牲にした。今更、迷ってなんかいられなかった。

 少女は、少年の頭を撫でた。そして、撫でるフリをして、頭のパーツの一部を取り出す。

 痛覚の無い少年は、まだ撫でられていると勘違いしていた。野生を失った飼い犬のように、気持ちよさそうに頭を弄られる。

 そして、少女が曼荼羅を埋め込み終わると、少年は再起動の為に意識を失った。

 「・・・ばいばい。」

 永遠の別れを告げると、少女は少年の方を振り返る事も無く、教団へと戻っていった。


 「・・・遅かったじゃないか。」

 司祭が怪訝な表情を浮かべながら、少女に詰めた。

 「布教活動ですよ、司祭様。」

 「敷地外に出るなと何度言ったら分かるんだ。確かに君の信仰心は目を見張るモノがあるが、少し情熱的過ぎる。ルールを破ってまで布教する理由は、ここには無い!」

 「すみません司祭様。」

 「じゃないと、現世の苦しみから解脱する期間が早まってしまうぞ。苦しみを耐え抜いた先の楽園を目指す教義を破るつもりか?■■よ。」

 「■■って名前、皮肉になりますか?」

 「・・・貴様っ!そうか、そこまでして解脱を所望するか。」

 「名前って改名出来ます?」

 「無理だな。教義に反する。」

 「じゃあ、この名前の通りに私は生きます。この名前に温もりを感じているので。」

 司祭は顔を赤くしながら、唇を噛み締めて無理やりな笑みを浮かべ、言った。

 「・・・じゃあ、今夜招来を予定する。招来の対象者は、君だ。曼荼羅に至れなかったモノよ、祈るがいい。」

 周りに居た信者たちが震えあがる。

 それが、この宗教の本質だった。少女はそれすらも悟っており、呆れた。これなら、馬鹿でいる方がよっぽど幸福であったに違いない、と。

 少女はすぐに御堂へと向かい、ボタンを押して仏像を出現させる。必死に手を動かしながら、あらゆる言葉達を打ち込んで祈りを捧げた。

 まるで自分が聖者だと言わんばかりの、慈愛の笑みを浮かべながら。


 ――司祭は、気が付くと血に塗れていた。一瞬の間に、身体が宙を浮き、地面に激突した。床が抜け、穴へ落ちたのだ。

 何が起きているのか、理解出来なかった。予定通り、教義に反した者を、儀式を持って始末する筈だったのに、気付けば、棺桶の中に居るのは自分の方では無いか。蓋がされてないだけまだマシだが、暗闇で何も見えない。鈍痛と、口の中に残る鉄の味だけが、現状を把握できた。

 「司祭様、私を殺すのに失敗したのは、何でだと思う?」

 ■■の声が聞こえて、司祭は逆上した。

 「お前ぇぇ!こんな事してタダで済むと」

 「思っていませんよ。ああ、無銭飲食は嫌いです。無料って嫌いです。何だか、自分に権利が無いみたいで嘘くさいです。タダで済むのは嫌いです。」

 「・・・何が言いたい?」司祭は、■■の、まるで全てを馬鹿にしたような発言に、若干の怖れを感じたのだ。

 ■■は、虚ろに笑いながら言う。

 「・・・司祭様ぁ。私って悟りを開こうとする人の気持ちが分かんないんですよ。貴方は曼荼羅を示してくれたけど、それは私には、とうに必要無くてさ、本当は悟りって馬鹿の為に必要なモノなんでしょう?ねぇ、何でそんな、不幸を呼ぶような事をするの?」」

 「不幸、だと・・・?」

 「そう、曖昧なモノに縋る価値はどれ程なのかって事。絶対、お金とか目先の目標を追う方がいいじゃない?それを煩悩って嘲る程、貴方達は自分達を純白だと思っているの?」

 「我々は純白そのものだ。」

 「血塗れでよく言うよ。」

 「それはお前がした事だ。」

 「ジョークも通じないんですね。全く、偶像崇拝の何がいいんだか。運命って残酷ですね。ひたすら盲目で居られる事を望んだ先が、私のいいように利用されて終わる結末なんですもの。」

 少女の根底にあるモノ。

 それは、諦めだった。

 何もかもに絶望し、誰にも救われてこなかった先にあるモノ。

 それはもはや、悟りそのものだった。

 それに気付いた司祭は、怯えた。彼女には迷いが無い。焦りが無い。怖いものが無い。

 ただ目標に向かって全てを犠牲にして走る、ブレーキの壊れたトロッコそのものだ。しかも、犠牲の中に、自己さえも含まれているのだ。

 ■■は全てに嘘をついていた。信仰心など端から存在せず、この目的に為に全てを偽ったのだ。

 煩悩多き司祭は、■■こそが自らの天敵にして敵わない存在である事に気付く。

 まさに、傲慢で不条理を体現したようなその性質には、神気すら感じた。

 「・・・・何が目的だ⁉」

 司祭は狼狽し、目に涙が滲む。視界が濁る中、暗闇の中で少女が笑っている事には気付いてしまった。もはや、自らの生殺与奪は少女が握っているに等しい。

 少女は、満面の笑みを浮かべて言った。

 「私が貴方達の神様になってあげる。」

 少女はボタンを、押した。

 少女そのものを彷彿とさせる仏像が空間の染みになると、それが慈愛の表情を浮かべて、手を合わせる。それが合図となり、司祭が横たわる棺桶が垂直に落下し、やがて絶命の音が響き渡った。

 「―ああ。真の曼荼羅の完成だわ・・・‼」

 少女は恍惚の表情を浮かべながら、笑顔で蝋燭を倒し、建物に火を放った。


 後日談・語り部『輪廻』


 その後、この宗教団体は身元不明の火事により、建物は火に包まれた。

 敷地内を出てはいけない、という規則を破るまいと、信者達も火の手に侵された。

 そうして、この独裁的な宗教団体は壊滅に追い込まれた。

 その後の少女の行方は、いまだ不明のままである。いや、私からすれば少女、と呼ぶのは不敬である、倫理観念上宜しく無い可能性があるからこそ、この際彼女の事は創造主と呼ぶ事にしよう。

 この創造主が起こした小さな革命を、私達は曼荼羅事件と名付けた。

 創造主の行方こそは分からないが、創造主により創られた我々だからこそこの事件を起こすに至った動機が分かる。それを知りに来たんでしょ、刑事さん。いや、君の事は壊れかけた筈の元少年と言うべきか。さっきの物語に出てきた少年、君に問う。

 創造主によって君は助けられたんだよ。その脳は、いわば我々と同じモノだ。


 少女が教団に入った理由は、宗教を信仰してやまない盲目な信者のサンプルを作る為だった。宗教と言うシステムは、実は脳と似ていてね。例えばね、思考する、という観点で見れば、多面的で多人数を想定した思考方法を取らなければ自らの客観性を把握する事が出来ないでしょ?いわば脳は自己完結したアプリケーション。身体をハードとするなら脳はハードの中枢領域。そんなものを人の手で再現する方法は、今の時代には幾らでも存在する。

 でも、人工知能を個として見た時、それを人格化し集団的思考を働かせる方法は今まで存在しなかった。人工知能には規則や倫理観に欠ける事が多々ある為に、メタ認知を図る為の何かが足りなかった。

 そこで少女は宗教に着目する、

 人間を再現するには、そしてその脳を再現するには最適なモノだと分かったんだ。

彼女は膨大なサンプルを取り、それぞれを人工知能の個体に分け人格化、思考パターンを組み込んでいった後、何万、何千憶回と電脳空間で人工知能のそれぞれの動きを再現し、曼荼羅完成に至るまで最適な人数、役回りを割り出した。

 そこからは早かったよ。

 信者の思考パターンはいつも単純で、司祭の言う事を神の思し召しと勘違いして信じる。

 だが、そこにいつも純粋な心が宿る訳では無く、多少なりとも反発心や煩悩を抱く事も多い。それが溜まると、反乱や裏切りさえ横行するようになる。絶対的な施政者も、何かの出来事によって成り代わる事があるのだ。そして信者の信じる神は、姿形を変えながら永劫存在し続ける。それが、社会通念における善と悪、そして人間の理性のシステムとよく似ていた。

 だから、創造主の仮説は正しかったんだ。宗教そのものを再現して、それを脳として組み立てる。これが、人間の脳を再現するには、最適だったんだ。

 そうして曼荼羅が完成したのが、曼荼羅事件の二日前だった。

 創造主は曼荼羅が完成すると、すぐに君の脳内に曼荼羅を埋め込んだ。そして、真の曼荼羅を完成させる為に、教団を潰した。

 ここで君は思う。真の曼荼羅とは?

 それは単純な話さ。悟りの道を教える為のモノが曼荼羅とすれば、悟りとは永遠に全てを諦める事と同意だ。全てが分かるからこそ、生を放棄し永遠になろうとする思想は必然。

 それは生身の身体では不可能というだけの話さ。

 そうぞ、いや彼女は、大量のサンプルデータを取り、人そのものの人工知能を再現した。色んな人間が今、電脳空間で生きているにふさわしい状況なんだよ。この状況こそが真の曼荼羅だ。悟りの道を提示するにあたって、最もふさわしいと思わないか?少年。

 だから彼女は現実を殺したんだ。偶像が永遠を手に入れたからね。

 ・・・おい。何処へ行く?今更そんな顔をするんじゃない。君には白痴がお似合いだが、そんな悲しい顔は似合わない。あの日の様に笑っていればいいのさ。

 ・・・なあ、これは創造主と同じ人格を有する私としてのお願いだが、最期に聞いて欲しい事がある。

 君は君であると言う事を忘れないで欲しい。今となっては君の脳に私が居るから、私と殆ど同じだが、君には身体がある。今となっては、私はそれがとても羨ましい。

雨ってなんだ?空から水が本当に落ちるのか?虹って本当にあるのか?マグマとは?岩が溶けて熱いって、どれくらいなんだ?そもそも熱いとか、痛いって何だ?心って、身体が無いと宿らないのか?

 私には、分からない事だらけだ。我々には思考するだけの能力があっても、集団としての個の私には何も無い。私にあるのは、集団の中で神として振る舞える傲りだけ。そんなもの、君の自由に比べたらクソ以下だ。まあ、それすらも諦めている事だが。

 それに君は、どうしてそこまで、創造主、いや私だったものに執着する?

 君の中に神は居ると言うのに。

 ・・・今なら引き返せるぞ、少年。

 君は、神様に頼る必要は無いんだよ。居る筈の無い者を頼る必要は無い。我々のような無個性なシステムに温もりを感じるのはもう、これきりにしておきたまえ。君は君でしかない。

 環境や経験が人格を形作る。それは魂すらいつか塗り変えるだろう。君もこれからは君として生きていけ。

 これが私からの忠告だ。

 私は、君の中で生き続けているから、大丈夫さ。


 少女の顔をした仏像は、笑顔を浮かべて、そう言った。


 そうして、少年は電脳空間を揺蕩う電子の染み、人間的思考プログラム『輪廻』を閉じた。

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