紅葉の橋

kara

第1話 雨

 ザアザアと雨が降り続く中、山に入っていなくなってしまった子どもを探し回った。ふと、木の後ろに人影を見たような気がした。


「◯◯!」

 名前を呼びかけて近づこうとする。が、歩みを止め、ゆっくりと後ずさる。

 人だと思ったそれはさらに大きくなり、その姿を現した。


「……っ」

 恐怖で身がすくむ。背中に木があたって、それ以上退がれない。

 は、静かにこちらを見つめていた。


 大きな熊が、私と対峙たいじしていた。


 ──どの位見つめ合っていただろう。やがて、どこからか赤ん坊の鳴き声のようなものが聞こえてくる。

 視界に、小さな影が飛びこんできた。それは、熊にじゃれつきながらぴいぴいと鳴いている。どうやら彼女の子供らしい。三匹は互いに寄り添うと、どこかへ去っていった。


「……っ」


 私は彼らが視界から消えて足音が聞こえなくなるまで身動き一つできなかったが、やがてずるずると座りこんでしまった。


 ***


 フラフラになりながらどうにか歩いている。気は急くのに、体が思うように進まない。

 足元の木の根が露わになっていて、そこを通ったらうっかり足を滑らせた。

「……!」

 気がついた時にはバランスを崩し、急な斜面を転がり落ちていた。

 必死に手をのばし、偶然つかんだ木の枝にしがみつく。深呼吸をし、もう片方の腕ものばしてそれをつかんだ。体勢を整えようとするが、枝は無常にも根元からすっぽりと抜け、またすべり落ちていく。途中木々に引っかかりながら下の獣道まで落下した。


 ──身体中が枝や泥で汚れている。いろんな所を打って、息ができない。ざあざあと雨が降っている。少し気を失っていたかもしれない。全身びしょ濡れで体が冷たくなっている。

(◯◯、大丈夫かしら。この雨の中を一人ぼっちで動けなくなって泣いているかもしれない)

「このままだと…」

 そう思いながら、私はまた気が遠くなっていった。


 了

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紅葉の橋 kara @sorakara1

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