もう一つの綺麗な世界『ファブラ-fabula-』 設定集

東風ふかば

『ファブラ』創世神話Ⅰ



ここは地球。

人々の欲望と騒乱とが絶えないこの世界の端っこに

一組の男女がいた。


その男は詩人。まだこの世に出てきていない物書きである。

「この世界ってどこまで続いてると思う?」


その女は画家。まだこの世に出てきていない絵描きである。

「知ってる?地球って丸いのよ。」

「水平線の先には、新たな水平線が続いてるのよ」


「で、いつになったら地平線が見えるんだい?」

「知らないわ。」


「この船の食糧ももう尽きたよ。」

「燃料もあと一日。」


「ねえ、餓死するのと、このペーパーナイフで自殺するの、どちらがいい?」

「海に身を投げるって手もあるわ。」


「このまま、何も残さずにこの世を去るのか...」


「こういうのはどう?

 最期に私達で共同作品を作るの。

 私が絵をかき、あなたが文を書くの。」


「誰にも見られないよ。」


「いいのよ。よく考えてみて。

 私たちが死んでもこの船はどこまでも流れてゆくわ。

 この船はいわばノアの箱舟よ。

 私たちが描いた世界をもしかしたら何年後かに誰かが見つけるかもしれない。」


「ははは、それは相当ロマンチックな作品だな。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・























女は描く。


果てのない海を


どこまでも透き通るような海を


希望を込めた島を


その島いっぱいに陣取るような大きな木を


世界樹とまごうような大きな大きな木を


その力強い堂々たる幹を


永遠の若草色の葉を


つける実はこの世の何よりも神々しい黄金色


夜空に浮かぶは白銀の星


空と海を分かつほのかな線を


何かを予感させる燃えるような赤き水平線


舳先につる下がるランプの黄色い炎


一日で最も暗い夜明け前の深い青









男は書く。


一日の始まりを


自らの希望を


愛の始まりを


最期の瞬間を。


黒き墨と白き墨とを流麗に操って


絵に加わる濃淡の墨は


その絵を完成形へと運んだ。






しかし、名も無き二人の今世最高の傑作が世に出ることはその後もなかったと言う。


諸行無常

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