異界閃機ブレイバー -Another World Glint Machine BRAVER-
葵零一
序章 始まりの勇気
一節 西暦二一三〇年
力を欲するのが人の心ならば、それを満たすのは強大な力なのだろう。
心を惑わすのが強大な力ならば、それを正すのもきっと人の心だろう。
ここに綴られる物語は、最強の戦闘兵器と優しい少年の軌跡――
………………
その少年は暗闇の中にいた。身動き一つ取ることができず、どれだけの時間が経ったかわからない。
そう、少年は家族でのドライブ中にトンネルの崩壊事故に巻き込まれ、生き埋めになっている。
少年は母と共に、後部座席に座っていた。
少年の母親は、落下する岩盤に圧し潰され、変形するフレームから彼を庇って死んだ。
彼には確認ができなかったが、運転席の父親もすでに生きていないだろう。
彼を包んでいた母親のぬくもりは、もうすでに失われて久しい。
その代わりに、血に塗れる不快感と、生臭い匂いに包まれていた。
光もなく、動くこともできず、空腹を満たすこともできない孤独な世界。
とても、六才の少年に耐えられるようなものではない。
そんな中でも、彼は救いを待ち続けた。何秒、何分も、何時間でも――
だが、彼を救うものは未だ現れない。時間が経つごとに生気が失われ、死の恐怖に心が蝕まれてゆく。
何もかもを諦めようとしたその時であった。
少年の目に光が差しこむ。その先には、二度と見れないと思っていた外の光景と見慣れぬ機械――
そして、そこで彼は目を覚ました。
――――
――西暦二一三〇年 二月二日
十六才の少年、ジョウ・キサラギは体を起こす。
「嫌な夢を見た」と顔を顰めると、窓際においてあったヘッドホンのような物を手に取り、その黒い髪の上から頭につけた。
そして、現在の時刻を知るべくその黒い瞳に時計を映した彼の顔は、絶望的な表情へと変わった。
時計に示されている時刻は、死に物狂いで登校しなければ遅刻してしまうことを意味している。
彼はベッドから飛び出ると、乱暴にハンガーにかけてある制服をとり、速やかに着替えて部屋を出た。
「おはようございます! 行ってきます!」
リビングにいた叔父と叔母に挨拶をし、玄関へと向かい、靴を履く。
慌ただしく動く彼を見守る、壮年の夫婦の会話が彼の背中から聞こえる。
「あらあら、
「ジョー君が寝坊するなんて、久しぶりに見たな」
ジョーが家を出るとそこには一人の少女が立っていた。
まっすぐに伸びる長いセミロングの金髪、そして透き通るような碧い瞳。
彼女の名はサクラ・ホワイト。ジョーの幼馴染である。
不機嫌そうな顔をしているサクラはジョーを指さす。
「――おっそい! 何やってんのよ! アタシ三回ぐらいモーニングコールしたのよ!」
目の前の少女は、向けていた人差し指で自らの耳をつつく。
その指の先には、ジョーがつけている物と似た、ヘッドホン型の機械の耳当て部分がある。
ジョーは彼女には目もくれず、舗装されたアスファルトの上を駆けだした。慌ててサクラも追いかける。
「ねぇ! 聞いてるの、ジョー!」
「うるさいな、それより急がないと遅刻するよ」
「う・る・さ・いぃ~? いったい誰のせいだと思ってんのよっ!」
「はいはい」
サクラは喧しく怒鳴り散らすが、ジョーの顔に反省の色はない。
ジョーは適当な返事を返すと、足取りを早めた。
――――――
ジョー達は何とか遅刻せずに学校へとたどり着いた。ジョーはサクラとは別のクラスであるため途中で別れ、自席へと着き授業を受ける。
そうしていると、午前中の四時限の授業が終わり、昼休みの鐘が鳴った。
ジョーはいつものように昼食を買いに出るべく席を立とうとしたが、財布を持ってきていないことに気が付いた。遅刻寸前であったため、家に置いて来てしまったのだ。
そんな彼に、声がかけられる。クラスメイトの男からだ。
「ジョー、どうした?」
「ヤマシタ君か、頼みがあるんだけど――」
「いいぜ、分けてやるよ。言っとくけど貸しだからな、死ぬまでには返せよ」
ジョーが言い終える前に、この男、ナオヤ・ヤマシタは要求を察したようだ。
ヤマシタは手に持っていた菓子パンの一つをジョーに投げ渡す。
「助かるよ。おっと……」
ジョーは取りこぼしそうになったが、何とかキャッチすることができた。
パンを食べながら、ジョーとヤマシタは会話を続ける。
「そういやジョー、お前の大好きな<マシン・ワーカー>がテロリストによく使われてるらしいな。今朝もニュースでやってたぜ」
「そうみたいだね。そんなことには向いてないはずなのに……」
ヤマシタが世間話を切り出すと、ジョーは悲しそうに応える。
「まぁ、そこら辺の理由はサクラちゃんのほうが詳しいかもな」
「いくらサクラでもそんなこと知らないと思うよ」
「サクラちゃんと言えば、あの娘も相当変わってるよな。何でお前みたいなのと付き合っているのか……」
ジョーの心情を察してか強引に話題を切り替えたヤマシタは、心底不思議だとばかりに腕を組み、唸った。
「いや、付き合ってないから。僕にだって彼女くらい選ぶ権利はあるよ」
「そういう話じゃねーんだけどな。何でお前みたいなエセ優等生とお友達なんかやってんのかっつー話だ」
「う、うるさいな、誰がエセ優等生だよ!」
ジョーは一瞬たじろいだが、すぐにムキになって声を荒げた。
余談だが、ジョーの学業の成績はそんなに悪くはない程度である。
「まぁ、それは置いとくとしてだ。何でサクラちゃんはお前にあんなにかまってくれるんだろうなー?」
「え? それなりに長い知り合いだからじゃないかな?」
「いや、そこがおかしいんだよなぁ……」
ヤマシタは顎に指を当て、考え込えこむような仕草をとる。
「だってあの娘、月に支社があるぐらいの大企業の社長令嬢に当たるわけだろ? お前とはどう考えても釣り合わないだろ」
「失礼なこと言うね」
「事実だしな。だってのに、何でサクラちゃんはお前と友達なんかやってるんだろうな? あの娘の親も別にヤな顔してないんだろ?」
ジョーは不思議そうに首を傾げながら答えた。
そのようなことを考えたことのない彼に、思いあたることなどあまりない。
「……さぁ? 家が隣だからとかじゃないかな。でも、考えてみればあまり友達がいるようには見えないね」
「それはお前もだけどな」
「うるさいな……僕のほうは深い理由はないよ」
「だろうな、ハハハ」
二人が他愛もない話を続けていると、昼休みの終了を知らせる鐘が鳴り、ヤマシタは自分の席に戻る。
そして午後の授業も終えると、学生たちは帰り支度を始めた。
――こうして、ジョーの最後の学校生活は終わったのだ。
――――――
ホワイト重工が製造する多目的作業重機<マシン・ワーカー>。
車体から腕のように生えたアームユニットを付け替えることにより、様々な状況に対応する新世代重機である。
今でこそ広く認知され、どの国でも使われている機械だが、そのデビューは衝撃的なものであった。
二つの腕を持ったその車は、それらを巧みに操り、崩落したトンネルから瞬く間に生存者の救出を達成。絶望視されていた状況からの人命救助を行ったことで、従来の作業重機との格の違いを見せつけたのだ。
この時救出された少年が生きていたのは、実は運によるところが大きい。
母親が盾となったことで圧死せず、崩れた岩盤が空気が通るように積み重なったことで窒息死を免れ、さらに近隣住民の通報が早かったために状況が悪化しなかったのである。
決してマシン・ワーカーの働きのみによるものではない。むしろ、従来の作業重機と比べても、あまり効率は変わらなかっただろう。
だが、このときマシン・ワーカーに乗っていた人物の名は、ジョシュア・ホワイト。新興企業であるホワイト重工の社長を務める人物であった。
未知の乗り物を製造元の社長自らが操縦し、その働きを示したことによる奇跡の救出劇。
それは、様々な偶然が重なった結果であったことを人々に感じさせず、新製品の格好のデモンストレーションとなってしまったのだ。
少年がその機械に過度の憧れを抱くのも、無理はないほどに……
――――――
一人で校門を出たジョーの耳に音が響く。ジョーが頭に付けている端末<ヘッドギア>から発せられている音だ。
ヘッドギアは現在では一般に広く普及しているデバイスである。これは十年程前に発表された、マシン・ワーカーの操縦用機器が原形となっている。
機能性に目を付けた関係各社が一般向けモデルを販売し始めた結果、当時のマシン・ワーカー人気もあり、急激に広まったのだ。
西暦二一三〇年の社会では、「持っていない者は時代遅れだ」と言われてしまう程浸透していた。
――それであっても、常日頃から着用しているのは、極一部の変わり者だけだが。
そのような機械から何故音がなっているのかと言うと、ヘッドギアの<テレフォン>機能によるものである。
ジョーは右耳に手を当て、側面の物理ボタンでヘッドギアを操作する。左耳の耳当て部からマイクが展開し、彼の口元へ延びる。
「もしもし、キサラギです」
『もしもし、ジョー君か? 僕だ、ジョシュアだ』
耳元から聞こえる渋い声。その声の主はジョーの命の恩人であり、サクラの父親、ジョシュア・ホワイトその人であった。
「ジョシュアさんでしたか。どうかしたんですか?」
『ああ、頼みがあるんだが、今日サクラを連れて会社の方に来てくれないか? なるべく早くだ』
ジョシュアは妙に早口で要件をジョーに伝える。
「わかりました。サクラを見つけ次第すぐに行きます」
『頼んだぞ。――ああ、そうだ。来週で良ければ都合をつけるから、またマシン・ワーカーの練習をしよう。では、またな』
不思議なことに余裕の無さそうな声であった。
しかし、ジョシュアの最後の言葉に喜んでいたジョーは、そんな些細なことなど気にすることができなかった。
「ええ、是非お願いします! では!」
通話を切ったジョーは来た道を引き返し、サクラのクラスへと向かう。
教室へと着くと、きょろきょろと視線を動かしながら入るジョー。
彼の目当ての人物はいた。――というよりも、他には誰もいなかった。
その彼女は、なぜか手に箒を持ち、掃除をしている。
「また押し付けられたんだね」
「頼まれたのよ。――で、何の用?」
サクラに問いかけられ、ジョーは本題を思い出す。
「おっと、そうだった。ジョシュアさんが会社のほうに来てほしいってさ。なるべく早くって言ってたよ」
「そうなの。なら、パパのほうには掃除があるから行けないって言っておくわ」
予想だにしなかった返答を受けたジョーは驚くが、彼としては来てくれないと困るのである。
「連れてきてほしい」と頼まれているのだ。身勝手なことだが、ジョーはジョシュアの印象を悪くしたくなかった。
サクラに来てもらえるよう、ジョーは提案をする。
「別にきれいだからやらなくていいじゃないか。一日掃除しない程度なら、誰も気が付かないよ」
「行きたくないのよ」
ジョーは怪訝な顔をする。
彼の知る限り、親子の仲は悪くないはずであった。
「何で?」
「言いたくないわ。特にアンタにはね」
きっと親子喧嘩か何かだろうと考えたジョーは、一人で行くことを決意した。
「わかった。じゃあジョシュアさんに伝えておくよ」
ジョーが教室から出ようとした、その時――
「……待って、やっぱアタシも行く」
「どうしたのさ急に?」
「行かなきゃパパが怒るでしょ」
ジョーは訝しげにサクラを見つめる。
「そうかな?」
「アンタのためでもあるのよ。パパの気分一つで将来を潰されたら、たまらないじゃない」
「ジョシュアさんがそんなことするとは思えないけどなぁ」
ジョーの知るジョシュア・ホワイトはそんなことをする人物ではない。しかし、彼もジョシュアの全てを知っているわけではない。
実の娘であるサクラは、自分の知らない父親としての一面しか知らないのだろうと、ジョーは勝手に思っていた。
――――
夕暮れの下を歩く二人。空を飛び交うカラスが喧しく鳴き、大詰めとなった工事の音がけたたましく響いていた。
しかしながら、その男女の間に会話は無く、周りの音だけが彼らの静寂を邪魔している。
そうして歩いていると、工事現場で稼働しているマシン・ワーカーを発見したジョーが、ようやく口を開いた。
「百年前からあんまり文明は進歩してないらしいけど、マシン・ワーカーは今世紀でも最大の発明じゃないかな?」
「……車に腕を付けただけじゃない。過大評価よ」
突然降られた話題に、サクラは至極興味なさげに答えた。
「手がついてるのもそうだけど、それの制御を簡単に行えるのもそうさ。現にあれで命を救われた人だっているんだし、後は足でもつければ完璧じゃない?」
「……あはははは! 手足を持った人間が、自分と同じ形の機械を操縦するの? 昔のアニメじゃあるまいし、バカみたいっ!」
「え……ははは……」
ジョーの冗談はサクラには好評のようだ。
しかしながら、彼の顔は引きつっている。もしかすると、割と本気で言っていたのかもしれない。
「ジョシュアさんと何があったのか知らないけど、あれを作った人なんだよ。知らないうちに死んでた僕の父親よりは、ずっと偉大な人だと思う。だから――」
「ジョー……前々から言いたかったんだけど、アンタはパパを誤解してるわ」
ジョーの言葉を遮り、サクラは神妙な面持ちで告げる。
「そうかな?」
「そうよ。詳しく言う気はないけど、あれで結構いろんなとこから恨み買ってんのよ」
ジョーにはジョシュアが恨まれるようなことをしているようには見えていない。
だが、当人にとっては普通のことであっても、知らないところで良く思われていないこともあるだろう。そのように、彼は考えた。
「競合他社とか?」
「そんなスケールの話じゃないわ。知ってるでしょ、テロに使われてるの」
「またその話か」とうんざりするジョー。それでもサクラは話を続ける。
「普通の車より頑丈で、戦車よりは安い。それでいて、少し調整すれば武器を取り付けることもできるから、便利な自走砲として使える。もちろん、腕を付け替えることで、本来の用途である多目的な作業車としても使える――」
「……何が言いたいのかわからないよ」
ジョーはわけがわからないとばかりに吐き捨てる。その声からは、苛立ちがにじみ出ていた。
しかし、サクラは感情任せに言い放つ。
「わからないの!? そういう風に作られてるのよ、あれは! その挙句にパパは敵を作り続けているのよ……!」
「ハッ、バカバカしい、それだったら大人しく武器商人やったほうが儲かるよ」
サクラの叫びを一蹴するように嘲笑うジョー。
主張を聞き入れてもらえなかった彼女は硬く拳を握り、悔しそうにジョーを睨む。
「……多分、今日わかるんじゃないかしら。アタシの言ってること、ホントだって」
「そうだと信じたいね」
「……バカ」
すでに二人の目の前には、ホワイト重工の本社ビルがあった。彼らとその建物を挟む道路を渡れば、到着する。
「……ほら、さっさといくわよ」
「わかってるよ。――っ!」
信号が青になり、ジョーとサクラが横断歩道を渡っていたその時であった――
ジョーの目は凄まじい速度で迫るトラックを捉えた。信号待ちをしていた先頭の車が、突然急加速したのだ。
視覚情報は電気信号となって脳へと伝わり、こちらに向かって突っ込んできていることをジョーは知覚する。
もう、すぐ目の前まで来ていた。
『このままでは死ぬ』
理解した瞬間、ジョーの体のありとあらゆる力が抜けてゆき、心臓が縮こまるような感覚が襲う。
それは、幼い日に彼が散々触れた感情。
――そう、恐怖であった。
この短い間に、ジョーは死を覚悟したのかもしれない。しかし、彼は今、一人ではない。
サクラがいるのだ。彼の恩人の娘であり、彼にとって大切な友人。
彼女を救わねばならないという使命感のみが、恐れに支配された彼に最後の力を与えた。
世界がスローに感じる――
自らの動きさえも、コマ送りをした映像のようにはっきり視覚し、どことなく客観的にすら思えてしまう。
それでいながらも心はクリアで、余計な感覚をすべてシャットアウトさせたように落ち着いている。
ジョーはその空間の中でも、他の物体よりも速く移動できた。
手をサクラの背中に回し、ただ、ひたすらに、身を前へ前へと押し出し、逃がすように突き飛ばす。
安堵した刹那、使命は終わったとばかりに、感じていた時間の流れは早くなり、それに伴って思考速度も元に戻り始める。
「きゃっ!」
突然凄まじい力で押されたサクラはバランスを崩し、短い悲鳴をあげる。
トラックは寸前で方向を逸らそうとしたのだろうか。スリップして車体を逸らしてしまっている。
しかし、そのようなことはすでにジョーにとっては関係ない。
体勢を崩した彼を襲ったのは、高速で突進してくる大質量の鉄の塊による一撃。
そして、その衝撃によって飛ばされ、追い撃ちのようにアスファルトとガードレールに叩きつけられる。
肉は圧し潰され、骨は砕かれ、内臓はかき混ぜられる。先ほどまでは何ともなかった部分が、異常に折れ曲がり、弾け散ったことによる、強烈な違和感と嫌悪感。
その鋭く、鈍く、気持ちの悪い痛みを一身に受けたジョー。しかし、奇跡的に意識は残っていた。
彼は目に流れ込んでくる血にかまわず、壊れた人形のように首を動かして辺りを見る。
トラックは彼らの目指していたビルに激突し、その身をうずめていたが、彼にそんなものを見る程の余裕はない。
探しているものはただ一つ――
薄れゆく意識の中、地面にはっきりと描かれた鮮やかな紅いラインを目でたどると、その先にそれはあった。
……転倒し、腹の部分を背中から轢かれてしまったサクラの姿――
それを見たジョーは、遂に意識を保てなくなり、その生涯を終えた。
序章 始まりの勇気 ‐了‐
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