第94話

     Implication


 このままじゃいけない。切実に、そう思った。何しろ、実の兄妹でセックスをしている。しかも、妹から積極的にオレを求めて……。

 オレも前の人生では、妹とは決定的に距離を開けられていたので、戸惑うばかりでもあった。これまでオレの側から要因を考えてきたが、妹側から考えてみよう……と思う。

 前の人生では、オレを遠ざけること、尋常でないレベルだった。それはオレが、交通事故によりバケモノじみた顔になったのだから、仕方ないと思っていた。でも、オレは大人になってから、何度か整復手術をうけ、またカツラもかぶってみられる顔にはなった……はずだ。それでも、彼女は両親の葬式で会ったオレを遠ざけ、言葉すらかわそうとせず、遺産相続の話も弁護士を通してきた。

 その徹底ぶりは、確かに幼少期からうけた精神的苦痛……という面もあっただろう。バケモノの妹……との悪評は、弥が上にも彼女をイジメようとする者を活性化させたはずだ。オレはずっとそう考えていた。でも、それだけか?

「待っていた……」

 その言葉の真意は何だろう? この時間軸で、彼女が待っていたこと……? オレを女の子とのセックスに導き、オレがそれに熟達するまで待った? それは少しおかしな話だ。

 もうとっくに、オレはその世界で知られる存在だ。そして、処女だったはずの彼女は、まるでオレより熟達したようでもあった。オレをそこまで成長させる必要もないほどに……。


 年齢的なもの? それなら、中学二年生と小学六年生、微妙にして必要な条件とは思われない。オレはすでに男になっているし、それは聖も同じだ。もうとっくに初潮を迎え、生理用品も買い与えている。

 やはり、オレと四条との関係によって「待っていた」状態から、実行に移す段階へとすすんだ……そう考えた方がよさそうだ。

 三人目だから……? 否、人数がキッカケということはないだろう。四条 真杜という存在が、彼女にとって承服しかねるものだった……。そう考えた方が、より受け入れやすい。

 美潮は亡くなった……。リアは着実に、モデルとして有名になりつつあり、それは高城 楓未も同じだ。

 彼女たちは、いずれオレとは無関係になる? というより、社会的にオレと付き合うことが赦されなくなり、離れていく……? つまりオレと付き合う、セックスをしていても、怖れるに足らない……。

 もし、そうなら見落としていた、大事な視点がある。それは、聖が未来を知っている、時間の流れが分かっているかもしれない、ということだ。

 そして、それを前提にすると、オレだからこそ分かる事実もあった。オレが頭痛により、犯罪を感知できる特殊能力をもつように、彼女もそうした特殊能力をもつのならば、聖もやり直しの人生を歩んでいる……ということだった。


 その日、オレが会いに来たのは、日暮 鳴鈴の暮らすアパートだった。

「やっぱり……来たのね」

 顔をのぞかせた彼女は、そういってため息をつく。

「分かっていたのか?」

「伊丹さんから、泣きながら電話が来たからね」

 そう、彼女も伊丹の引き合いで会っている。つまり、聖によりオレは彼女と引き合わされているし、それは伊丹と同じ立場だった、ということだ。

「キミも、聖から命じられたから、オレに会ったのか?」

「むしろ私の状況を変えようと、引き合わされた……という感じかしら。まだ私の力を必要としていたから」

「人の心を操作する力を、聖が必要とした……?」

「アナタの誤解を一つ解いておくと、私はこのやり直しの人生……、これで三周目なのよ」

 誤解……というか、考えもしていなかった。一度ならず、二度もやり直しの人生を歩むなんて……。

「だから一周目のやり直しの人生を歩む、アナタよりも先輩。でも、私はだからこそ闇深いの……。

 一周目の人生でうけた火傷……。それは人生を悲観させるほど、酷いものだった。それを二周目の人生では、多少は小さくできたけれど、それでも幸せになれなかった。そして三度目の、この人生でもダメ……と思っていた。でも、この人生では整復手術をうけられるほどの怪我だった。だから、また希望をもてた……。

 アナタのように、この二周目でそこまでダメージを減らせるなんてね……。私が前向きになれた、それがもう一つの理由」


「ナゼ、オレたちがこうしてやり直しの人生を……?」

「私もハッキリしたことは分からない。でも、怪我をしたことが影響している可能性はある。人生を狂わすほどの怪我……それを何とかしたい、と後悔する気持ちがそうさせたのかもね」

「キミが以前、オレのことを『監視されている』と言ったね。それは、聖のこと?」

「そう……。私も、聖様の命令に従う一人。そして、聖様から命じられて、一人の男の人の心を壊した。それが、小平という子の父親」

 オレも衝撃のあまり、目を見開いて彼女をみつめる。

「もしかして、父親が家で暴れたのは……?」

「そう、元々、脆いその心を私に壊されたから。でも、私は知らなかった。あの人がアナタに近い女の子の父親だったなんて……」

 どうしてそんなことをした? 考えるまでもない。オレから小平を遠ざけたかったのだろう。

 小平も自分からオレに近づいてきた。聖にコントロールされてオレに会った女の子ではない。そういう相手は、できるだけオレから遠ざけておきたい。むしろ、一年近く泳がせて、オレが小平のことを意識しだしたタイミングで父親を壊す……。絶妙だったのかもしれない。

「聖様は、ずっとアナタを見ているの」

 日暮は聖のことを『様』づけで呼ぶのか……。このとき、初めて気づく。それは彼女が聖の支配下にあることを示す。

「何でオレを……?」

「アナタしかいないからよ」

 日暮はひどく冷たい目で、そういった。


「私は、二周目の人生を聖様と歩んだから、よく分かる。あの人がみているのは、常にアナタ。アナタをどうすれば、自分が考えるよりよい未来になるのか? そう考えているの」

「自分が考える……聖の描く未来って?」

「それは、私にも分からない。でも、多分アナタと愛し合いたいのよ」

「もう、そういう関係になっているよ」

「ううん、ちがう。それは肉体的なだけじゃない。心から……よ」

「オレが聖を愛すればいいのか?」

「そうじゃない、と思う。私はアナタと会ったとき、とてもきれいな心の形をしていると思った。二周目の人生では会ったことないし、この三周目の人生でも、まさか会うことを要請されるとは思っていなかったけれど、初めてみたとき、あまりの美しさにびっくりした。

 きっと聖様は、そんな美しい心をもつアナタと、心から結ばれたいのよ」

 ますます分からない。ただ愛する、ということとは違うのか? 今だって、妹としての愛はもっている。

「キミは、聖の命令を聞くのに、ここまで喋っていいのかい?」

「私がここで、アナタに何を話すか……。それも、聖様はお見通しだもの」

「お見通し? もしかして、聖の力って……」

「時間をコントロールする能力。私はそう思っている。本人はそうと言わないけれど、もしかしたら、私たちがこのやり直しの人生を歩むことさえ、聖様の掌のうちにある、といっていいのかもしれない」






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