第69話

     Kiss Me, Kate!


「運命ねぇ……。やっぱり、キミへの憧憬があったんじゃないの?」

 オレはラーメン屋に来ていた。半グレの半藤 翔太が営むラーメン店であり、オレはとある事件で彼と関わり、半殺しにされて以来、こうして交流をつづけている。

 今答えたのは山岸 千夏。半藤の彼女であり、今日は金髪に毛先だけピンクに染めるなど、比較的普通の髪色をしている。彼女はこの店を手伝っており、同じ女性として相談に来たのだ。

「いいねぇ、相変わらずモテモテで。英雄君は」

 半藤はそう言いながら、目の前にラーメンを置く。ちゃんとお金を払っており、こんなところで貸しはつくらない。今は暇な時間帯なので、山岸もカウンター席で隣にすわっていた。

「英雄……。そんな評判はかなり昔ですし、それでモテた例は……」

 バレンタインデーで多くのチョコをもらった、多くの女の子から告白された、などという話は皆無だ。

「でも、昔から知っていた……というのなら、昔とった杵柄じゃない?」

 山岸のその使い方は合っているのだろうか……?

「杵柄っていっても、オレが『英雄』と呼ばれたとき、彼女は小学一年生だ」

「ピカピカの一年生を、めろめろにしたか……。このプレイボーイめ」

「半藤さん……、今日はやけに絡みますねぇ。千夏さんとケンカしました?」

「してねぇよ。していたら、もっと荒れている」

「ゲームで十連敗して、三万円をとられたから悔しがっているの」

 山岸がくすくす笑いながらそういうと、半藤も悔しそうに「いつの間にか練習してやがって……。オレも上達してやる!」

「半藤さんはラーメンの練習をして下さい。最近、麺が柔らか過ぎですよ」

「クッソ! 今度バリカタのを食わしてやる!」


「でも、運命とまで言うのだから、何かあるのではないかしら? 女はね、滅多にそういうことは言わないものよ」

「そうなんですか?」

「だって、外れていたら嫌じゃない。相手に『そんなの知らねぇ』とか言われたら、立ち直れないわよ」

 それは男も同じだ。ただ男の方がドジ、カン違い野郎ということで済むケースが多い。しかし、四条の思いこみはそれとも違う……?

「大体、オレたちが怪しい誘いをうけたら、裏をとるもんだ。それを主導する奴らが誰か? どういう繋がりがあるか? 本当に儲かる商売か……? 切り捨てられる可能性もあるし、上りをもっていかれたら、それこそ無駄骨だからな」

「出し子……、とかは嫌だと?」

「当たり前だ。あんな理不尽なこと、よほど金に困らなきゃやるもんじゃない。一番高いリスクを負わされ、うけとるのははした金、割に合わないよ。掛け子も同じ。あんな商売は上にいないと何の面白みも、旨みもない。相手が怪しいと思ったら、裏をとれ」

「女の裏を疑うなんて、アンタたちも悪い男ねぇ」

 山岸の言葉に、半藤もニヤッと笑う。

「ま、どうせ可愛い子だろ? 面倒くさいなら一回食ってポイ、でいいじゃねぇか」

「そんなダークヒーローになるつもりはないですよ……」

 ただ裏をとる……という話には納得した。ただ運命のままに、身を委ねようとしたその裏は、想像していたのと違うものだった。


 オレはその日、神社を訪ねた。荘厳……というほど立派でなくとも、周りを森に囲まれ、拝殿と本殿を備えた、この辺りでは有名な神社である。

 彼女と会えない可能性を考えつつ、参道を歩いていると、巫女の姿をした彼女が掃き掃除をしているのに出会った。

「やあ……」

 そう声をかけると、一瞬ビクッとした様子で、すぐにオレと気づいて唖然とした表情を浮かべる。

「少し、話ができるかな?」有無をいわさずそう尋ねると、彼女はやや怯えつつも頷いてみせた。そこで、神社の裏手の静かな場所にいって、そこで二人並んですわって話をする。

「いい神社だね。オレも初めて来たけれど、パワースポットなのかな?」

 彼女は小さく首を横にふる。それは謙遜なのか、それとも否定なのか、よく分からなかった。

「キミがいった『運命』について、あれからよく考えた。それで分かったんだ。キミは……、梅木  美潮の従妹だったんだね」

 うつむき加減だった彼女が、驚きのあまりぴくんと反応する。

 オレはあれから、知り合いの警察官に連絡をして詰問した。被害者がオレのことを訪ねてきたけれど、どうなっているんだ……と。

 それで少し、彼女の家族関係などを聞いて、その事実を知った。美潮の母親と、四条の母親が姉妹だ、と……。

「小さいころ、よくここで一緒に遊びました。……いいえ、遊んでもらいました。お姉ちゃんと、妹の美波ちゃんと……」


「オレのことを知っていた……というのも?」

「美潮お姉ちゃんから、打ち明けられたんです。病気になって……、私は会わせてもらえませんでした。多分、私がショックをうけるだろう、と両親も気遣ったのでしょう。そこでSNSで連絡をとると、お姉ちゃんは『幸せ』というのです。死に臨もうとするのに……。

 私が理解できずにいると、教えてくれました。アナタとのこと……」

 多分、美潮としても、少しでも自分たちのことを周りの人に知っておいてもらいたかったのかもしれない。自分が生きた証……。 そうしたものを残したかった。実妹の美波はまだ幼過ぎ、ちょうど四つ下の彼女にオレたちのことを伝えたのかもしれない。

「自分のことを助けてくれた英雄――。幸せをくれる恋人――。私はそんなこと、信じられませんでした。ただのお姉ちゃんの妄想じゃないかって……。だってそんな、恋愛ドラマのような出会いって……。

 でも、それが私にも訪れた。事件のとき、私は絶望していました。恐怖で体も動かなかった。どうしていいかも分からず、泣くことすらできない……。そのとき、窓ガラス越しにみたのは、お姉ちゃんから送ってもらった、写真の男の人……。私は心が軽くなり、大丈夫だと思うことができました。

 むしろ、この事象すべてが夢……、そんなことまで考えたほどです」

 四条が病室に来ることなく、オレが葬式にでなかったことで、出会う機会がなかった。「それで、事件が初対面になったのか……」

「いいえ。今日を含めると、これで四度目です」

「……え?」

「初めて会ったのは、春休みです。美波ちゃんは出ていきましたけど、私は陰に隠れていたので……」

 美波と会った、あの墓参りのときか……。確かに、小学生の女の子が一人で墓参りは変だと思ったのだ。

「その人が、私のピンチのときも現れてくれた……。私を救ってくれた。だから私もお姉ちゃんみたいに……。でも、私は巫女。男性と経験する穢れを背負っていいのだろうか……? そんな葛藤があって……」

 それもまた運命――。運命と思えるような人と出会っても、自分の家のことを考えると、その一歩が踏みこめなかった……。

 オレもそっと、彼女の肩を抱き寄せ、驚いて半開きの唇を、オレの唇でふさぐ。彼女は体を固くしたまま、それを受け入れている。

「オレも美潮と関係したのは一度だけだよ。オレたちは、こうしてキスをすることが愛情表現だった。それで十分、幸せだったんだよ……。体を無理に重ねる必要なんてない。だから、キミともキスをしよう。まだ恋人はムリだけれど、そこから始めようと思うんだ」

 真っ赤な顔で、小さく頷く四条に、オレも美潮の面影をみていた。

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