第47話

     Meet Again


「私のせいで、ごめんなさい」

 渡ノ瀬 紗季はそういって何度も謝ってくる。オレを襲おうとした半グレが逮捕された、というのは事件として報じられ、彼女もその事実を知ってしまったのだ。

「キミのせいじゃないから。これであの連中も懲りただろう。オレの証言を変えたところで、奴らの罪がなかったことになるわけでも、軽くなるわけでもない。ただ、仕返ししたい、なんていう浅はかな考えで、とろうとした行動がどれだけ大きな代償を伴うか? ということに……」

「どれだけお詫びしても、しきれません。もし謝罪だけじゃ足りない、というなら、私のことを、その……」

 真っ赤な顔でもじもじするけれど、彼女と最初に会ったのが伊丹家であったように、彼女はオレが性的なことを優しく指導してくれる人、ということは十分承知の上だった。

「お兄さんは、そういうことをしないのが普通だろ? そんなお詫びとか、申し訳ないという気持ちなら、尚更だよ」

「でも……」

「もっと前向きに、そういう気持ちになったのなら、その時は相談に乗るけれど。今の気持ちのままなら、きっと後悔するよ」

 彼女も小学校六年生、恐らく興味が湧いてくる年齢だし、今回は未遂に終わった誘拐事件だけれど、前の人生でもし強姦も伴っていたとしたら、時の強制力で体が疼いて仕方ないだろう。でも、彼女はそれを我慢できる、強い忍耐をもっている子だ。だから逆に、そうした時の強制力にまどわされず、強く抗って欲しいと思っていた。それが彼女を真に救うことになる、と思うから……。


 その日、半藤に呼びだされた。元半グレ……否、今でも半グレだけれど、しばらく活動を控えている、ラーメン屋の店主である。

「まさか、奴らを一網打尽にするなんて、驚きだよ」

「偶々ですよ。オレの知り合いが誘拐されそうになった。だから、ああする以外に助ける術がなくて……」

「ま、オレも文句をいうつもりはないよ。別に、あいつらと組んでやっていた仕事とかないし。ただ、やっぱりお前はとんでもない奴だと、改めて感心したって話さ」

「ただの中一ですよ」

「ただの中坊が、半グレのオレと、こうして話なんてできるもんか」

「あれ? 半藤さん、もしかして大物?」

「まさか……。でも、半グレで前科一犯。アウトローに憧れるのでもなく、堂々と対峙できるヤツなんていないって話さ」

 そのとき、ラーメン屋に入ってきた人がいる。

「あ、千夏さん、お帰りなさい」

「あら? 郁君、来ていたのね。ほら、買い出しに行ってきたわよ」

 そこに現れたのは、金髪が少しすすんで、緑のワンポイントが入った、奇抜な髪型をする女性だった。山岸 千夏――。半藤たちの事件にかかわったとき、現場にいた金髪の少女だ。当時はただのトモダチだったらしいが、今では半藤の彼女で、半同棲中であり、このラーメン屋を手伝っている。彼女はオレから脅され、あの場から逃げだしていたので、逮捕されずに済んだ。元々、単なる手伝いだったらしく、半藤のことが好きで近くにいたかった、というのがあの場にいた理由らしい。


 オレが出て行った後で、千夏が「ねぇ、何で彼にこだわるの? 何の得にもならないことに協力したり?」と、半藤に尋ねる。

「オレは得になることしかしないよ」

「でも、中学生と付き合っても、得にならないでしょ?」

「アイツは、いずれ大物になるさ。あのときも、小学生が大人の中に飛び込んできて、女を救おうとしたんだぞ。しかも、まったくビビッてなくて……だ。あのクソ度胸と、頭のよさと、そして何を考えているか分からないところ……。奴は絶対に大きくなる。今は先行投資だ」

「そんなこと言って……。ただ気に入っているだけじゃん」

「勿論、気に食わない奴だったら、いくら将来的に大物になろうとも、無視するだけさ。気に入っているから肩入れするんだよ。オレと話していても、どこか遠くを見ている気がする……。アイツにとっては、オレなんて小さなステップでしかないかもしれんが、それを見るのも楽しみじゃないか? その上で、儲け話をまわしてもらえたら、これほどおいしい話もないだろ? 特に損をする話じゃなし、だから付き合っているのさ」

「やっぱり、翔太は面倒見がいいよね」

「ふん。オレは将来性のある奴が好きなだけだよ」

「私も将来性、ある?」

「なければ、付き合ってねぇよ」

 半藤はニヤッと笑った。


 帰ろうと歩いていると「郁君!」と、急に呼び止められた。

 オレもだいぶ顔が知られてしまったけれど、街中でそう呼び止められるのは、中々に珍しい。しかも下の名呼びだ。珍しいどころか、滅多にいないはずだった。

 ふり返ると、そこにいたのは、上八尾 リア――。

「リア……、どうし……」

 オレはその瞬間に、抱き着かれていた。

「郁君……、会いたかった」

 リアは小学校三年生のころに、転校していった少女であり、それまで仮初の彼氏を演じていた関係だった。

「どうしたの?」

「私、引っ越してからモデルの仕事をしていたんだけど、中学生になって、東京を中心にお仕事をすることになって、引っ越してきたの」

 確か九州に引っ越していたので、とても会うことはできなかったけれど、東京であれば少し遠いけれど、また会うこともできる。それで会いに来た……ということのようだ。

「じゃあ、もうずっとこっちにいるの?」

「うん。お母さんんと一緒に、東京のマンションに暮らしている。私のお仕事のためもあるし、お母さんもこっちで就職したから、もう転校しなくていいの」

 本当にうれしそうに、リアはそういった。

 ただ、その手を自分の頭の上にもっていくと、オレの方にそのまま平行に動かしてきた。オレも中一で百七十だから、決して低い方ではないけれど、彼女の方がまだ数センチは高い。小学生のころから背が高く、白人系の父親の血を継いでいるので、顔立ちもまったく日本人とはちがっているけれど、目鼻立ちがはっきりとした、あのころよりも精悍さを増した顔つきになった。

 そしてそれだけではない。さっき抱き着いてきたときでも、互いの接近を邪魔するように、むしろ押し付けられたそこの柔らかみが、すぐにリアであることを思い出させるように大きな、二つの膨らみがあった。


「モデル?」

「そう。多分、郁君は知らないだろうけど、少女雑誌のモデルで、結構人気があったんだよ。でも、もう中学生になったし、このタッパじゃあ小学生向けのモデルは難しいし、そんなときにティーンズ向けのモデルのお仕事が入ってきて、それで東京で仕事をしないかって。お母さんも乗り気で、一緒に移り住んだの」

 父親が、彼女に性的関心を抱いたこともあって、離婚した母親ともども、母親の実家にもどった。しかし母親にとっても、こっちで暮らしていたように、実家にずっといるつもりもなかったのかもしれない。娘のためでもあり、自分のためでもあったのだろう。

「これから……、しよ♥」

「でも、オレがリアより高くないと、ダメなんだろ?」

「うん。そこは譲れないから。でも、少し近づいてきたし、郁君はこれからもまだまだ伸びるでしょ? 私はもう止まったかもしれないから……」

「じゃあ、しばらくは……」

「前と同じ、仮初の彼氏でいいから……。私もお仕事とか、結構忙しいから中々会えないけれど、時間が空いたときは、絶対……♥」

 そういって、もう一度抱き着いてきた。



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