第46話
Escape
オレはその日、逃げていた。恐らくそれは、渡ノ瀬家の一件が影響しているものと思われた。何しろ、オレは渡ノ瀬 紗季を誘拐して、身代金をせしめようとしていた連中に、横やりを入れたのだ。
彼女がアジトとされる場所に運びこまれそうなところで、時間稼ぎのために彼らの前にでた。つまり顔を憶えられていた。
そして、このタイミングでオレが追いかけ回されているのは、警察の捜査が終了して、公判がひらかれる前に、彼らの一部が拘置所からでてきているからだ。重大事件であっても、判決が確定するまでは身柄を拘束できない。
お礼参りは重大な犯罪で、公判の心象も悪くするけれど、彼らにとってはそれ以上に恨み骨髄の相手。元が暴力行為も厭わない連中であり、オレを一発ぶん殴ろう、ということらしい。
家に戻ることもできないし、知り合いのところに逃げ込むのも、厄介ごとに巻きこむようで躊躇われる中、一人の少女と出会った。
「あら? まさか、本当に会うなんて……」
そこにいたのは羽沢 葵だった。隣街に暮らす彼女は、伊丹家で何度かエッチをした相手であり、今日は髪をべったりと固めてまとめ、コートのような丈の長い服を羽織っていた。
「ごめん、今はそれどころじゃないんだ。人から逃げていて……」
「逃げる? 身を隠す、ということですの?」
「そうなんだけど……」
「なら、ウチにいらっしゃいませ。大丈夫、ウチは周りと隔絶されておりますから」
羽沢の家は、高層マンションの最上階にあった。セキュリティーもしっかりとした高級マンションで、確かに、ここにいると誰も接近できないだろう。
どうやら羽沢はバレエを習っていて、今日はオレの街にきて、ちがう教室との合同練習だったそうだ。
髪もしっかりとまとめ、薄手のコートの下もバレエ衣装であり、オレと会うかもしれない……と思っていたら、そうなったとのことだ。
「お金持ち?」
「違いますけれど、お母様が高いところが好きなんですの」
それだけではあるまい。それなりの財がないと、ここには住めないはずだ。
「どうぞ、こちらへ」
そのフロアは貸し切りのように降りるのはオレたちだけなので、そのまま家の中へといざなってくれる。
マンションなのに天井が高く、最上階の利を生かしていて、それだけでも価値の違いがうかがえた。シャンデリアが下がり、アンティークなのか、調度品も凝ったものが並び、何だか場違いなところに来てしまった印象だ。
「あら、お客様?」
そのとき、声がした方をむくと、また驚いた。まだ十代だろう。羽沢 葵の姉だと思われる女性が立っていて、驚いたのは全裸だったことだ。しかも、部外者のオレがいても、隠そうともしない。
ただ、羽沢も男の子っぽい体で、筋肉質のたくましいところがあるけれど、彼女はそれに輪をかけてたくましかった。高校生か、大学生なので、胸は出ているけれど、それは筋肉の上にのったでっぱり、という感じで、股間もブーメランパンツを穿いていたら、それこそ違和感もない。ボディビルダーの肉体美、という感じだ。
「私のご友人ですわ。今から私の部屋に参りますので」
「そう。ゆっくりしていってね」
そういうと、さっそうと歩き去っていく。
「お姉さん?」
「長女ですわ。家ではいつも裸なので……」
咎める風もなく、そう言ってしまう羽沢もまた、変わり者……。
羽沢がシャワーを浴びている間、彼女の部屋で待たされる。広くはないけれど、それは天蓋つきのお姫様ベッドがどん、と置かれているためで、言葉遣いからも、通っている学校からもお嬢様だと思っていたけれど、実際にそれを体験し、本気でびっくりしていた。
「お待たせしました」
ガウンを巻いただけの姿で、羽沢は部屋にもどってくる。裸は見慣れているので、別に顔を赤らめるところでもないけれど、そうした姿もまた、奔放なこの家の姿として意識された。
「お父さんは何をしているんだい?」
「聞かない方がよろしくてよ。大体、ひかれてしまいますから」
「じゃあ、お母さんは?」
「お母様も、仕事をされていますので、昼間はでかけておりますわ」
「共働きか……。うちもそうだけど、えらい違いだな。キミはバレエをやっているんだね。だから筋肉質だったんだ」
「そうですわね。でも、私はバレエを辞めたくて、アナタに会いに行ったのですわ」
「どういうこと?」
「バレエは女性的な肉体を、あまりよいこととしておりません。女性らしくなれば、バレエを辞められる……。女性らしくなりたい、美しくなりたい、そう思っていたのですわ」
「辞めたい?」
「そう思っていた、という話です。お母様は一度はじめたことは貫徹しなさいという方針ですので、小学生が終わるまではつづけるよう、おっしゃいます。五年生のあのときは辞めたくて仕方なかったのに、今はもうそうは思っておりません。むしろ、後半年近くになったことで、惜しむ気持ちすら湧いていますわ」
だから、他の教室との合同練習にも出向いたのだろう。
「お姉さんもバレエを?」
「小学生のときだけ。今のあの体は、女子七人制ラグビーの強化選手として、鍛え上げているのです。姉も女性らしい体つきになり、バレエを辞めました」
羽沢の家系は、女子でも筋肉のつき易い体質なのかもしれない。そして目をつけられ、強化選手をしているのだろう。ただ、今の姿をみても女性らしい体? というのが納得しにくいけれど……。
髪についた油を落とすため、お風呂に入ったのであり、そうして会話しながら髪を乾かし終えた羽沢は、ガウンのままオレに近づくと、ゆっくりと足の上にまたがってきた。
「おいおい、ここでヤル気か?」
「自分の部屋ではイヤですわ。それに、声も漏れてしまいますもの。でも、いつものところを優しく愛撫していただくぐらいなら……」
そう、彼女は内腿の辺りが特に敏感なのだ。
後ろ向きですわってきて、背中をこちらに預けてくる。オレも優しく手をつかって、内股をさすってあげる。ガウンの下は全裸なので、オレに跨り、下半身だけはだけるのは、中々にエロティックだ。彼女は声が漏れるのを恐れ、口を手で覆っているけれど、全身を細かく身震いさせる。
彼女も、最初に会ったときに比べると、少しは胸も大きくなったけれど、一般的な少女の成長という枠から、そう大きく差がついた印象はない。
それでも、お風呂上りのすべすべとした体は、女性らしさを増して、少しずつ大人らしくなっている……と感じた。
オレが羽沢と別れてエレベータを下りていくと、ちょっとした騒動になっていた。それは、恐らくオレを追いかけてきた半グレの連中が、マンションに侵入しようとして逮捕されたところだった。しかも、オレがマンションに入っていたことも確認され、証人への圧力ともとられる動きであり、余計に罪を重くする、という結末になりそうだった。
そのマンションに、素早く警察が駆け付けた理由――。それは、そこに暮らすのが警察官僚の一家だから。つまり、羽沢の父親は警察官僚であり、しかもかなりえらい人だったのだ。
彼女はオートロックのマンションだから安心していたわけでない。
まさかの結末に、オレも思わず笑ってしまう。父親に会ったわけではないけれど、きっとあの姉妹は、父親似なのだろう。大胆で、まっすぐなその姿勢と、姉妹そろって筋肉質なその体に、そう思わずにはいられなかった。
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